僕は登山が趣味である。
山を登頂したあとは必ず行うことがある。
「ヤッホー」
そう山彦である。
せっかく高い山に登ったのだから、これをしないのはマナー違反であろう。
しかしその日はおかしかった。
山彦が帰ってこないのである。
「ヤッホー」
もう一度、大声を出してみる
やはり山彦が帰ってこない。
信じられないことだった。
確かに場所によっては帰ってこないこともある。
しかしここはヤッホーポイント百選に選ばれた場所だ。
少しの間思案する。
山彦の調子が悪かったのかもしれない。
もう一度すれば、きっと返してくれるはず。
そう思って息を大きく吸った時、突然肩を掴まれる
驚いて後ろを振り向く。
そこにはガタイのいい中年の男性がいた。
「止めな、坊主。無駄だよ」
その男性は諭すように言う。
「あなたは?」
「俺か?俺はこの山の管理人だ」
男性の方に向き直る。
「何かあったんですか?」
「ああ、ヤマビコ様の喉が潰れたんだ」
男性の発言に耳を疑う
「待ってください。神様が返すというのはおとぎ話です」
「カモフラージュというやつだ。信じられないのは分かるが、実際に山彦は帰ってこないだろう?」
ありえない話なのだが、実際そうなっている。
もしかして本当の話なんだろうか。
「続けるぞ。最近ヤッホーポイント百選に選ばれただろ。それで人が増えたんだが、ヤマビコ様は律儀な方でな。たくさんの山彦を返して、声が枯れるまで返し続けてドクターストップ、というわけだ」
「そんな。僕らは無理をさせていたんですか?」
「ヤマビコ様も、人が増えて喜んでいたんだがな。まあ、何事もほどほどが一番というやつだ」
僕は男性に別れを言い、下山していた。
冷静になってみると自分は騙されたんじゃないかと思い始めた。
だが彼が騙す理由と、山彦が帰ってこない理由が分からなかった。
色々考えていると、前の方から老人が歩いてきた。
足取りがしっかりしていて、山登りの経験の多さを物語っている。
「こんにちは」
挨拶をすると、老人の方も笑顔で手を上げて応える。
そうしてすれ違った瞬間。
「ヤッホー、ヤッホー」
かすれた声が聞こえた。
驚いて振り向くと、さっきの老人はどこにもいなかった。
なるほど、律儀な神様である。
10/22/2023, 8:32:25 AM