ひどく気が重い。
なぜなら、今から世界で一番愛している彼女が遠くに行ってしまうからだ。
「電車出るからもう行くね」
向こうに行こうとする彼女の手を取る。
「離れたくない」
「でも、仕方のないことなの」
彼女は呆れたように笑う。
「君を一人にするのは不安なんだ」
「大丈夫よ。みんないい人だから」
今度は僕を諭すように笑う。
「でも君にさみしい思いをさせるわけには‥」
「ハイハイ、分かったから。じゃあもう電車出るから」
そう言って、簡単に僕の手を振り解き、さっさと駅の改札口に向かっていってしまった。
そっけない。彼女は僕に未練はないのだろうか。
やはり、もう一度話合うべきでは?
考え事をしていると、彼女が踵を返して戻ってくるのに気がついた。
何事かとかと思っていると、
「ごめん忘れてた」
そう言って、僕のほっぺたにキスをする。
「行ってきますのちゅー。晩ごはん期待してるからね」
「よう、久しぶり」
雨宿りをしていると声をかけられた。
そして声の主の顔を見た瞬間、深いため息がででる。
「この雨、お前の仕業か」
「いい雨だろ」
「悪い雨だよ。おかげでずぶ濡れだ」
僕の反応に、奴は面白そうに笑う。
何を隠そう、こいつはとんでもない雨男である。
イベントのたびに雨を降らすやつで、天気予報より正確な男と呼ばれた。
あまりの雨男っぷりに、国際機関からスカウトされた。
今では雨の降らない地域に趣き、雨を降らすため世界中を回っている。
「重大な使命はどうしたのさ」
「あー、頑張ったかいあって、水に困ってるとこがなくなってね。必要とされるのは当分先だな」
半分は本当である。でも、
「‥スランプって聞いたぞ」
「知ってたのか。最初らへんは歓迎パーティしてくれるの楽しかったんだけどな。流石にずっとやってると飽きちゃって」
「お前、ひどいやつだな。飽きたって」
「仕方ないだろ。流石に毎日パーティやれば日常だよ」
「パーティ飽きたって言ってみてぇ」
二人で笑い合う。
「いつ帰ってきたの」
「昨日だ」
「嘘つけ。先週に歓迎パーティやったの知ってるんだからな」
一ヶ月くらい雨が降らず、水が足りなくなるかもっていうんで、こいつが呼ばれたのだ。
降らなかったけど。
おや?
「そういえば、この雨なんだ」
「あー、なんというか。久しぶりに友達と会って嬉しかっというか、テンション上がったというか」
「お前、会わない内に恥ずかしいこと言えるようになったのか」
こっちが恥ずかしい。
「お、俺もう帰るわ。恥ずかしすぎる」
と言って雨に濡れながら帰っていく。
「またな。次の歓迎会みんなで押し掛けるから覚悟しとけ」
と言うと、あいつは手を上げて返事をして、そのまま行ってしまった。
自分は、濡れたくないのでそのまま雨宿りする。
と考えていると、急に晴れてきた。
昔から足が早いやつだった。
あの様子だと、そのままあちこちに雨を降らせるのだろう
通り雨みたいなやつだ。
そう思いつつ、水たまりだらけの道に足を踏み出した。
「探せ、今日のテーマは秋だ」
ここは脳内会議所。今かつてないほどに怒号が飛び交っていた。
「いくら出不精部屋の一人暮らしでも、秋らしいものの一つくらいあるはずだ。部屋中を探せ」
秋🍁というテーマは意味が広すぎる。なにかきっかけを探すために部屋を捜索を開始した。
いつまでたっても何も出てくる気配がない。
「こちらアルファ。ありません」
「コチラベータ、同じく見つからない」
「ガンマだ。だめだ。ないぞ。この部屋の主は秋の気配を感じていないのか?」
部下たちが弱音を吐く。
「泣き言は任務を終えてからにするんだな。探せ。見つかるまで帰れんぞ」
挫けそうになる部下に発破をかけるが、正直自分も諦めそうになる。
「調子はどうかね」
声の方へ振り向く。司令官だ。
「は、部下も頑張っていますが進捗はよくありません」
「ふむ、仕方あるまい。今回はダジャレでも良いものとする。多少強引でも良い」
「ありがとうございます。聞こえたなお前ら。ダジャレでもよいとのことだ。気合い入れろ」
「「「ラジャー」」」
部下たちは捜索を再開する。
しばらくしても部下からの報告はない。
無理か。撤退の言葉が頭をよぎる。だめだ、弱気になってはいけない。
「ありました」
沈みかけた思考が、部下の声によって引き戻される。
「よくやったアルファ。ものは何だ」
「洗面所の鏡に映る自分です」
「なに、なぜそれが秋になる?オチをつけてみろ」
「毎朝見る自分の姿は、もう飽き(秋)がきました」
送迎の車に乗るときはいつも窓の外を見ている。
遠くを見て、車酔いにならないようにするため
ではなく、ビルからビルへ飛び移っていく忍者たちを目で追うためである。
これが結構面白い。
彼らは車に付かず離れずついてくる。
忍者たちの正体、それは自分のボディガードたちだ
学校生活を心配した親バカの父親に無理やりつけられた奴らなのだが、どうやら本物の忍者らしい。
つまりフィジカルエリートなのだが、一人どんくさいやつがいるのだ。
そいつの観察が最近の趣味である。
例えばよく足を踏み外しそうになったりして、ハラハラする。
流石に本当に落ちたときは、肝を冷やした。
仲間に助けてもらって無事で安堵したのを覚えている。
違うビルに飛び移って、どんどん離れていく様子には思わず笑った。
隣のビルが思ったより遠くて怖気づくが、仲間の応援で飛べたときは、感動で涙したものだ。
ボディガードなんて、と思っていたがなかなか楽しめている。
やはり思い込みは良くない。
そんな忍者を観察していると、学校に到着した。
どうやら今回、ミスは特になく無事に着いたようだ。
喜ばしいことなのだが、物足りなくも思う。
まあこんな日もあるか、と思っていると、あの忍者が近づいてくる。
何事と思っていると、お弁当を忘れていますよと言う。
礼を言うと、彼は身につけていた風呂敷を開けて中身を広げ、少し考えたあとこちらを見た。
「申し訳ありません。お弁当持ってくるの忘れました」
私の中身は形がないな、と思うことがある。
もちろん比喩。
何をするにしても、続かないのだ。
信念のようなものを掲げても、簡単に変わってしまう。
新年の抱負も達成したことは皆無。
何かを極めたことなんてない。
何もかも中途半端。
漫画の主人公のようになれなかった。
若い頃はそれで悩んだ。
でも最近はそうでもない。
私の中身はよく変わる。
それが私。
そう思えるようになった。
つまり臨機応変ということ。
そう思えばすべてが楽しい。
やりたいことをやり、やりたくないことはやらない。
なんか信念みたいだ。
もしかしなくても、多分これは続かないんだろう。
でもそれでいい。
私はそのときもやりたいことをやっている