ページをめくる
いろんなことが一段落した
そうして久方ぶりに帰って来た我が家に足を踏み入れ顔をしかめる
無造作に置かれた薬
あちこちに落ちている鉱石
部屋の片隅に積まれている保存食
そして散乱した本
「掃除するか」
度を越した散らかりっぷりに思わず声が漏れた
そうして格闘すること半日とちょっと
どうにかこうにか発掘できたソファに座りひと息つく
掃除は苦手だ人を生け捕りにするほうがよほど簡単だ
でもやってよかったこともある
床に落ちていた懐かしい5冊の手帳
一番表紙がボロボロの古い手帳のページをめくる
最初のページには今借りている名前の綴り
とりあえずこれは書けるようになればなんとかなると言われて始まった旅路
最初は日記とも呼べないメモがページのあちこちに走り書きされている
文字を書く練習がてらに記録をつけるといいと酒場の店主にいわれたが何分手帳の使い方も分かっておらず本当に思いつくままに文字が踊っている
しかも文字の形も綴りも滅茶苦茶だ
でもなんて書いてあるかはわかる
自分が何を残したかったのか覚えている
ページを進めるにつれ飛び回っていた文字が整列し文章になってゆく
沢山の生き物に出会った
見たことないものもたくさんあった
知らない食べ物も色も香りもたくさん
嬉しかったことも楽しかったことも
悲しかったことも苦しかったことも
文字の練習だったはずのそれはすっかり習慣となり今でも手帳には旅路の記録を残している
この間の大事件についてもつらつらと書いた
こうして見比べると字はあまり上手くなっていない
こればかりは武器の扱いと違って
すんなりとはいかないのだ
まあいい
これからも手帳は増えていく
そのうち字も綺麗に書けるようになるはずだ
たぶん
【紀行録】
夏の忘れものを探しに
斜めに貼られたポスター
広場に落ちているボール
青く輝くガラス玉
街外れの洋館
夕陽に照らされた時計塔
友達と食べたアイス
知らない街に散りばめられた思い出
ちゃんと抱えて届けに行くよ
【夏休みの終わり】
ふたり
知り合いはたくさんいる
世界中どころか時間も空間も超えた先にもいる
仲間もたくさんいる
背中どころか命を預けられるほどの仲間が
でも友達はふたりだけ
吹雪の先で暖かな居場所をくれた人
護ってもらったのに護れなかった
宇宙の果てで共に力の限り遊び回った人
唯一、護らなくてもいいと思った生き物
知り合いも仲間もこの先増えていくだろう
でもこの先もずっと友達はふたり
心はもう満たされてしまった
他は必要ないのです
【とも】
ここにある
貴方ってば本当に
やることなすこと滅茶苦茶で
派手でとんでもないことばかり
おまけに自分の気持ちすらわからないまま
衝動的に行動するもんだから
やった後で後悔したり凹んだり
好きなものも嫌いなものも
やりたいこともやりたくないことも
自分のことなのに何もわかってないの
どうかと思うんだよ
他人の願いばかり抱え込んで
他人の求めることばかり叶えて
手に入らないものばかり追いかけて
そんなことしてるから自分の心すら見失うんだ
貴方の心は俺のところにあるから
諦めてずっと俺の傍にいたらいいよ
いい加減観念して認めたらいいのに
俺のことが好きだって
【年貢の納め時】
素足のままで
走る
走る
走る
後ろを振り返る余裕もない
ただ夜の道を駆け抜ける
服はボロボロで動きにくい
それでも立ち止まるわけにはいかない
一夜限りの魔法使いの慈悲
見たこともない物で溢れ
美しく着飾った人々がひしめく
泡沫の夢
夢は覚めるもの
だけどもこの姿をあの人には見られたくない
だからひたすら走り続ける
靴は片方脱げてしまった
素足で石や枝を踏んだ
切れてしまったのか足の裏が痛い
それでも止まるわけにはいかない
どうか
どうか
私を見つけないで
貴方には綺麗な私だけを覚えていて欲しいの
【灰かぶり姫の祈り】