あなたに届けたい
この願いが叶ったとき
私たちはどこにいるのだろうか
世界はゆっくりと滅びにむかっている
争いは絶えず
国も人も疲弊しきった
やり直せるほどの余力はもうどこにもない
未来なんてものはこの先には存在しない
だからやり直すのだ
時間を巻き戻して
あの人が死ななくていいように
何が間違ったのかわからない
何処からやり直せばいいのかもわからない
でもあの人が生きていたならば
世界はこんなことにはならなかったはずだ
だから助けよう
私たちはちっぽけで世界なんて救えないけれど
あの人だけなら救うことができるはずだ
私たちの英雄を
いや少し違う
世界が救われたら嬉しいが
でもそんなのあの人の気が向いたらでいい
ただ生きていて欲しいだけだ
死体すら残らなかったあの人に
私たちの御先祖様を祖国を救ってくれた英雄に
届けたい思いがある
ありがとう
貴方がいなければ私たちは当の昔に絶望して
世界はとっくの昔に終わっていたでしょう
でも貴方の旅路は私たちに希望をくれた
だからそうこれはお礼なのです
そして願いなのです
貴方のいる未来が私たちに繋がらないのならば
こんなにも喜ばしいことはない
例え自分が産まれてこなくなったとしても
それでも貴方の生きる未来が見たい
だからどうかこの願いが貴方に届きますように
【漆黒前夜】
I LOVE
フワフワとした頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた
たまらない
もうこの子のためならば死んだってかまわない
いやでも死んだらこの子の傍にいられなくなる
それはダメだ
考えことをしていたせいで手が少し止まっていたようだ
咎めるように上目遣いでこちらをみてくる
世界で一番愛おしい
本当に
「可愛いなあ」
デレデレと顔を緩ませ膝の上にいる子猫を撫でている師匠をみる
修行のときどころか日常生活でも滅多に笑わないのにあの子に対しては微笑みどころではなく顔面全てを緩ませて威厳も何もあったものではない
先ほどまで弟子をボコボコにシバいていたとは思えない手付きで優しく頭を撫でている
愛おしいと全身で表現している
(いいなぁ)
師匠はいつだって自分には厳しい
でもそれは嫌いだからとかではないということは知っている
だから別に修行が嫌な訳ではない
でもあんな風に惜しみ無く愛を注がれている姿は猫といえど羨ましい
頭を撫でてもらったことなんて記憶には一度もない
いや猫みたいに撫でて欲しいわけでもないが
愛されるというのはどんな気持ちなのだろう
いつだってみてることしかできない愛というものを
知ることができる日はくるのだろうか
【愛】
街へ
ベッドの上で目を覚ます
窓の外は少しだけ明るい
どうやら寝坊せずに済んだようだ
置きあがりベッドから降りる
床が氷のように冷たい
暖かな布団のなかに戻りたくなる誘惑に耐えながらキッチンへと向かう
寝室よりも一段と寒い
冷蔵庫を開け中を覗く
卵はあと3つ使いきってしまおう
ハムものせて
昨日の晩御飯の残りのスープとサラダをつけよう
パンは昨日買ってきたばかりだから十分にある
あの人はパンとコーヒーだけでいいとはいうが
用意さえしてしまえば食べてくれる
さてさっさと用意してあの人を起こしにいかないと
どうせ昨日も夜遅くまで作業してただろうから
ほっといたら昼過ぎまで寝ているだろう
それはダメだ
だって街に行こうと誘ってきたのはあの人なんだから
起きたら行こうかと言ってたが
起こすなとは言われていない
忙しいあの人が一日中一緒にいてくれるというのなら朝から出掛けたい
俺の可愛らしい我が儘をあの人はグチグチいいながらも聞いてくれるだろう
さあ、一日が始まる
今日はあの人と街へ一緒に出掛ける日だ
絶対にいい日になる
【おでかけ】
優しさ
「ごめん」
「なんで貴方が謝るのさ」
なにもしてないのにとボロボロの姿で倒れているシアンが笑う
自分は無力だ
目の前の4つ下の幼馴染は服の下の見えない部分なに打撲傷やら切り傷やら火傷やらがある
村の人間にやられたのだ
シアンに魔力がない役立たずだから
だから何をしてもいいのだと人々はいう
そんなわけないのに
「そんな顔しないでよ」
このくらい平気なんだからと彼はゆっくりと身体を起こした
今日は一段と酷いようだ
持ってきた包帯と薬の準備を始める
これでも自分は村一番いや国一番の魔術師だから治癒魔法でそんな傷すぐに消せるのに
それができないのを歯がゆく思う
自分が彼に治癒魔法を使えばそれを理由にまた彼を傷つけるのだと
村の人は僕にはとても優しい
困っていることはないかといつだって手を差しのべてくれる
自分がすごい魔術師だから
でも差し出してくれるその手はシアンを傷つけることしかしない
自分とシアンの違いなんて魔力だけなのに
道具を作るのも足が早いのも狩りが上手いのもシアンのほうなのに
それでも村の人たちはシアンを蔑む
魔力がないから
「そんな顔立ちしないでってば
ちゃんとわかってるよ
貴方があの人たちに何も言わないでいてくれているの」
初めの頃はシアンへの暴力を止めてくれとお願いしたのだ
わかりましたと村の人達はそういって僕にわからないようにシアンを罵り服で見えない場所に傷をつけた
気がついたときはシアンは前よりもボロボロになっていた
「“トキワ様に気に掛けてもらえるなんて気にくわない”だの“あの方の心を痛めるな”だのホントに人間って勝手だよね」
その身体中に殴られ蹴られた状態で原因を作ったのはお前らじゃんねとシアンは笑う
自分は笑えなかった
あまりにもみていられず治癒魔法かけたときは貴方がそんな事なさる必要ないといわれた
”あんなもの“を気に掛けるなんてなんてお優しいのだと涙を流して感動された
そして次の日にはシアンは前の日よりもぼろぼろになっていた
何故自分にくれる優しさは彼には向けられないのだろう
自分が手を差しのべた分だけシアンが傷つけられる
できることといったらこっそりと魔法を使わずに手当てするだけ
なんて歯がゆいいっそ魔法で
なんて考えているとシアンがこちらをじっと見ていた
「何もしないでよね」
「…わかっている」
釘を刺された
本当に止めさせたかったら村の人達を魔法で止めてしまえばいい
自分に勝てる人間はこの村にいないのだから
でもそれをシアンは許さない
「貴方も難儀だね、俺なんてほっとけばいいのに」
「嫌だ」
そんな事してたまるか
シアンがどう思っていようと自分にとってシアンがいなければこの世界で息をするのも難しくなるくらには大切な理解者だ
だから助けたい守りたい傷つかないでほしい
でも自分は何もできない
本当に厭になる
「早く村をでよう」
「もうちょっと待ってよ」
まだ山を越えるだけの身体も道具も足りてないしと呑気に笑うシアンの柔らかい頬を引っ張ってやった
世界はこんなにもシアンに優しくない
【10歳の少年から見た世界】
ミッドナイト
「こんばんは」
「…こんばんは」
午前0時24分
雪もちらつき髪も凍るような寒さの中で
今日もお隣さんが煙草を吸っていた
「寒くないんですか?」
「寒いですよ」
まあ、当たり前だろう
モコモコのセーターを着こんでコートを羽織っていても貫通するくらいには外は冷えている
「手足が凍りそう」
「中に入ったらいかがでしょう」
「でてきたばかりなのに」
すこしばかり拗ねた口調で返す
お隣さんはあきれたように煙を吐いた
「そもそもなんででてきたんですか、
寒いとわかりきっているのに」
「寝れないからしょうがないでしょう」
「またですか」
「そちらこそ、こんな寒いのによく外で煙草なんて吸えますね」
吐く息が白い
手足も冷えてきた
それでも部屋にはまだ戻る気が起きない
「好きなので」
プカプカと煙を浮かべながら
お隣さんは空を見上げた
私もつられて空を見た
空は雲に覆われて星どころか月も見えない
雪がチラチラと舞い落ちる
駐車場が真っ白だ
「私も好きです」
空も雪も寒さもこの時間も
「物好きなことで」
「そちらこそ」
【夜の雑談】