#子供のように
いつまでも無邪気でいられたらよかったのに。
子供のままではいられない。
皆、時が経てば大人に成り下がる。
両親に守ってもらうことも
祖父母からお年玉を貰うことも
放課後に友達と遊ぶこともなくなる。
弱みを隠し、強さを纏って
そこら辺にいる蟻のように
いつ潰されてもおかしくない世界で
僕らは生きなければならない。
ただ日が昇るまでは
夜が終わるまでは
僕はまた子供に戻ろう。
好きなゲームをしたり
お気に入りの漫画を読んだり
社会から外れた場所にある
僕の唯一の居場所にいる時だけは
子供のように無邪気でいたいのだ。
#放課後
オレンジ色に染まる教室に彼はいた。
最初は窓越しにグラウンドでも
見ているのかと思ったが、
机に頭を伏せている。
眠っているのだろうか。
音を立てないようにゆっくりと近づいても
彼はピクリともしない。
そっと彼の体を揺すってみても
低い声が不機嫌そうに唸るだけで
目は固く閉ざされたままである。
「ねえ、起きて」
「んー、ねむい」
やっと起きたかと思えば
まだ動く気はないらしい。
「置いて行くよ」
「せっかく待っててやったのに」
「頼んでないし」
私はソフトテニス部でこいつは帰宅部。
さっさと帰ればいいのに
わざわざ律儀に放課後まで私を待っている。
「可愛い奴め。本当にそう思ってるなら
わざわざ僕を起こしに来ないでしょ」
彼はにやっといたずらに笑う。
「もういい、さよならばいばい」
図星を付かれ早口で別れを告げ
さっさと教室を去ろうとすると
その後ろで慌てた足音が聞こえてくる。
冗談だって、と焦りながら謝る彼を想像しながら
足軽に下駄箱へ向かった。
#カーテン
カーテンの隙間から漏れる朝の声に起こされ
今日がまた始まるという絶望に苛まれるのも
今となってはルーティンだ。
瞼の上に光を遮るように腕をのせ
少しばかり抵抗してみる。
扉の奥から階段を上る軽快な足音に
気が付いた時には
彼女がいつものように
僕の部屋に無断入室したあとだった。
バッとカーテンを開けた彼女が
起きたばかりの太陽の光を凝縮したような
眩しい微笑みを浮かべ
「おはよう、朝だよ。今日も一日頑張ろ!!」
と明るく言うものだから
僕もこのまま寝ているわけには行かない。
起きた直後の絶望は彼女の微笑みに浄化された。
慌ただしく学校へ行く準備をして
ゆっくりと彼女と歩く道。
朝を好きになるには十分すぎる理由だった。
# 涙の理由
彼女は泣き虫だ。
嬉しいときも泣く。
悲しいときも泣く。
幸せなときも泣く。
苦しいときも泣く。
何故泣くのかと
彼女の頬を流れる涙を拭う僕が問えば
自分の感情に素直でいたいからと微笑んだ。
そしてまた一滴
透明な彼女の想いが頬を伝った。
#ココロオドル
幼い頃は何事にも心が踊って
世界が輝いて見えたものだけれど
歳が上がると共に彩度は徐々に低下して
今となっては鮮明だった世界の輪郭が
全く見えなくなってしまった。
けれどそれは私の瞳が曇ってしまったからではなく
私の瞳が肥えたからだ。
自我が成長し
綺麗なものを綺麗だと
汚いものを汚いと
認識できるようになった。
幼き私は知らなかったのだ。
世界の全てが輝いていては
目を痛めてしまう。
だからこそ
輝きを持たないモノが存在し
輝きを持つモノと中和している。
そう考えてみれば
霞んだ世界の輪郭さえも美しく感じる。
なあ、君も心踊るだろう?