今日もその店へ寄る為に自宅の最寄り駅よりひとつ手前で電車を降り、真樹夫は黄昏に染まり始めた美しい街の景色を楽しみながらゆっくりと歩いて行く
その店の名は『たそがれ』
昭和の時代に流行した昔ながらの喫茶店で、外観も店に通う客層も、名前の由来はそこからだと思わせるように皆まさにたそがれている
もちろん、真樹夫自身もその一人だ
元々の店の名の由来は、その店から眺める黄昏時の美しさに感動したオーナーが名付けたらしいのだが、その名に吸い寄せられるかの様に黄昏世代の客は足が向いてしまうようだ
入り口のドアを開けるとカランカランと客が来たことを知らせるドアベルが鳴り、「いらっしゃいませ」というマスターの渋い声が迎えてくれる
すでに先客は数人チラホラと来ているが、誰一人として視線を向ける人はいない
それが暗黙のルールなのか、興味が無いのかは分からなが、それくらいそれぞれが自分の時間を楽しんでいるのだろう
真樹夫が『たそがれ』に通うようになって5年ほどが経つ
おそらくそのずっと前から通っているのだろうと思われる常連さんや、比較的新顔の客と様々だが、その誰もが顔は知っているという感じだ
ただ、その誰のとも言葉を交わしたことはない
誰かと連れ立って来るという雰囲気の店でもないし、それぞれがのんびりとコーヒーを楽しんでいる
それぞれに背負う人生の荷を、そこでは一瞬下ろして、一息ついている…そんな形容が似合う空間なのだ
真樹夫はそんな客たちに密かにあだ名をつけている
1番の古株のような常連のその紳士は、歳の頃は70手前といったところか…
週に2度ほど真樹夫は訪れるが、その紳士は必ずカウンターの1番端に座り、おそらくマイカップと思われる大きめのマグカップでゆっくりとコーヒーを楽しんでいる
言葉を発することは殆ど無いが、時折話しかけるマスターの声に穏やかな微笑みを返している「まったりさん」
営業の途中の時間調整にこの店を利用していると思われる「せかせかくん」
常にパソコンで忙しなく何かを打ち込み、時計をチラチラ気にしながらコーヒーになかなか口をつけない
せっかくのマスターの美味しいコーヒーが勿体ないと真樹夫は気になって仕方がない
そんなに派手に広げなくても良いだろうと思うほど、新聞を両手いっぱいに広げてパサパサと捲りながらコーヒーをズズッと啜る「新聞さん」
静かな店内にはオーナーのセンスの良さを感じさせる素敵なジャズが心地良い音量でリズムを刻んでいるというのに、その「新聞さん」の立てるパサパサという音と、大袈裟な咳払いに残念な思いをしているのは真樹夫だけではないだろう
それから、「和歌子さん」
もちろん本当の名前を知っているわけではない
真樹夫が昔好きたった女優さんに、その女性がどことなく雰囲気が似ていることから勝手に呼んでいる
彼女には毎回会う訳ではないけれど、いつもスーパーで買い物してきた重そうな荷物を持って入って来る
着ているものも雰囲気も、会社帰りではなく家庭の主婦なのだろう
目が回るような忙し時間の中でほっとひと息ついて飲むコーヒーが、彼女にこれから夕飯の支度に向かうパワーを与えている、そんな感じだ
彼女からどことなく漂う雰囲気に何故がシンパシーを感じて、真樹夫はこの店に来ると彼女の姿を探すようになった
それでも、話しかけたことも無いし、話しかけようと思ったことも無い
ここに来れば彼女も来ているかも知れない、それで十分だし、その距離感が良いのだ
もしかしたら、皆それぞれに複雑なものや重いもの、人には言えないものを抱えて生きているのかも知れない
一度言葉を交わせばその一端を覗き見してしまうこともある
そんなものはここでは必要無いし、むしろそういうのもから逃れてここに来ているのだ
妻からのLINEが届いた
「今夜は貴方の好きなエビフライ揚げるわ 会社から寄り道せず帰ってきて」
そろそろタイムオーバーだ
ここへ度々寄っていることを妻は知らない
ここは仕事で戦う戦士から家庭で務める夫役に交代するための楽屋的存在だ
妻に打ち明けることはおそらくしないだろう
「あいつの好きな駅前の店のシュークリームでも買って帰るか」
人生のたそがれ時を迎えた男の隠れ家『たそがれ』を真樹夫はあとにした
『たそがれ』
喧騒の
ガラスを隔てた
こちら側
行き交う人の
口パク眺め
『静寂に包まれた部屋』
「思い起こすと、あれがあの人との最後になってしまった…」
ということが、人生には時として起こる
特に最近の世の中では
朝の「いってらっしゃい!」
が、最期の言葉になってしまうこともある
もちろん、毎回「これが最後かも…」と思いながら過ごしていくのは簡単なことではないけれど、
そういう心づもりが必要な時代に生きていることは確かだ
久しぶりに会う友人との別れ際や、
帰省時の両親との挨拶や、
その後久しく会わないだろう人との別れ際には、しっかりと心を込めて
「また会おうね」を伝えたいとあらためて思う
もちろん、夫や妻を送り出す時の「いってらっしゃい!」も笑顔で、
喧嘩中でもその時ばかりは一時休戦して、心を込めて送り出すという『別れ際』を心掛けたいと思う
『別れ際に』
「あ〜、この匂い落ち着く〜」
と、詩織は本屋に来る度同じ事を思いながら、鼻からいっぱいにその独特な匂いを吸い込む
いつも立ち寄りたいと思いながら、一度足を踏み入れると時間が経つのも忘れて読み耽ってしまうから、仕事中は本屋の前は足早に通り過ぎることにしていた
その日はたまたま詩織イチオシの本屋の近くで営業の仕事があり、終了後は直帰の許可を貰っていたので、時間を気にせずその至福の時を味わえるのだ
本屋は突然降り出した通り雨を凌ごうと、入り口には雨宿り目的の人があちこちこから集まって来ていた
「あ!あった、あった! ようやく見つけた!」
以前からずっと読んでみたいと思っていたその文庫本は、何軒か回った本屋では見つけることが出来ず半ば諦めていた
電子版で読めば良いのだが、詩織はお気に入りの本は「紙」で読む派なのだ
深呼吸をして、その本に手を伸ばした瞬間、その本が詩織の頭の上から伸びてきた手に引き抜かれて行った
(ちょっと、ちょっと 何!?)
と慌てて振り向くと、そこには彫りの深い美しい顔をした青年が立っていた
「あ!ごめんなさい! 僕ずっとこの本を探してて、ようやく見つけたから思わず取っちゃいました」
と、その青年は詩織にその本を差し出した
「そうなんですよね、私もようやく見つけて小躍りしそうでした」
と、出来る限りの笑顔で詩織は答えた
もし、憮然としたオッサンだったらすかさず突っかかっていたはずだ
「どうぞ、どうぞ 残念だけど、ここにあることが分かったからまた来ますから それとも、ジャンケンでもします?」
と爽やかな笑顔で譲ってくれると言いながら、ジャンケンと言い出すその青年の茶目っ気に詩織は心が躍った
「いえいえ、どうぞ 私は他にも読んでみたい本もあるし」
と、詩織は本の行き先よりその青年との会話をもう少し楽しみたい気持ちの方が強くなっていた
「でもそれじゃあ、ずっと譲ってもらったことが気になっちゃって本に集中出来なくなりそうだし…」
と苦笑いする青年にすかさず
「それも折り込み済みです」
とイタズラっぽい笑顔を返した
そろそろ雨が上がりそうだ、と言う声があちこちから聞こえ、静寂の本屋にザワザワとした空気が流れる
詩織が外の様子を見て戻ってくると、さっきの本が抜かれたところに紙切れが挟まっていた
ノートの切れ端のようなその紙切れには
「ありがとう!」
と一言書かれていた
(へぇ、なかなか粋なことをやるじゃない)
と詩織はその紙切れを丁寧に畳んで手帳に挟んだ
通り雨のような、一瞬の恋だった
『通り雨』
我が家のキッチの大きな窓からは、お隣の庭の季節の移ろいを借景で楽しむことが出来る
季節ごとに変わる色彩や風景は、これ以上写実的には描けない本物の命たちの息遣いを感じられる最高の美術館だ
春には目に鮮やかな緑が際立ち、そこへ集う鳥たちの賑やかなおしゃべりはマチスのコラージュを連想させる
夏には少し生い茂った緑が、その下に懸命に生きようと咲き誇る鮮紅色の花たちを労るように時として影となりその成長を見守っている
夏の遠慮の無い眩しい光を浴びた緑や花たちはまるで、カシニョールの午後の窓に寛ぐ女たちを連想させる
雨の季節には、その激しい雨がまるで定規で引いたような直線を描きながら落ちてくる様は、さながら広重の雨の中を逃げ惑う町民たちがその窓に重なる
秋の柿の葉たちが色付き出す頃には、夏の暑さを避けて現れなかった鳥たちも再び集いはじめ、実りの時期が近いことを嬉しそうに噂しあっている
美しい裸体に絡まる枯れ葉や秋の恵みを連想してミュシャの世界をそこに投影する
冬には窓を開けるまで気づかなかった夜のうちに音もなく降り積もった雪の降りなす銀世界に、感嘆の声をあげつつ、そこはまるで玉堂の水墨画の世界へと一変する
私にとってのこのキッチンの窓は、私だけのための贅沢な美術館である
今朝もまた昨日とは少し違う画を見せてくれている
柿の実の色付きが待ち遠しい
『窓から見える景色』