「嫌だよ〜!こんなの格好悪いよ!
皆が持ってるみたいなアンパンマンとかのがいいよ〜!」
と、息子の智哉は尚美のお手製のトートバッグを払い除けた
手先の器用な尚美は、智哉が誕生した頃から身に付ける物はほとんど手作りをしてきた
材料費や手間を考えたら買った方が断然安上がりだ
それでも尚美は自分の母親がそうしてくれたように、我が子にはなるべく手作りの物を持たせたいと思っていたのだ
智哉もついこの間までは大人しく尚美の作った物を文句も言わずに着たり使ったりしていたのに、ここのところの自我の芽生えで自分の気持を主張するようになってきていた
「ママが作ったのなんて嫌だよ…
お店屋さんで売ってるのがいいの!皆と同じのがいいの!」
と泣きじゃくりながら、尚美の作ったトートバッグを投げたり足で蹴ったりした
そんな智哉をなだめながら尚美はそのトートバッグを拾い上げ、智哉を膝の上に座らせた
「そうね智ちゃん、お店屋さんで売っているバッグはとっても素敵よね!
でもね、ママの作ったこのバッグは、ママが世界一大好きな智ちゃんのためだけに一生懸命作った世界にひとつだけのバッグなのよ 世界中のお店を探したってどこにも売ってないんだから!誰も持っていないのよ!」
「ボクだけ…?どこにも売ってないの?ボクしか持って無いの?」
「そうよ、智ちゃんだけ特別よ」
「ボクだけ特別?スゴいね!」
「そうよ、ひとつしか無いのだから大切に使ってね 」
「分かった!大切に使う!」
そんな昔の智哉とのやり取りを、尚美は断捨離をしながら懐かしく思い出した
智哉が大学入学と共に自宅を出てからすでに10年が経つ
智哉の部屋は当時彼が出てからほとんど手つかずにそのままにしてある
「勝手に処分してくれていいよ」と言われてはいるが、どこかでこのままにしておきたい気持ちも未だ捨てきれずにいた
ようやく重い腰を上げ少しずつ処分していこうとクローゼットを開けると、「宝物」と張り紙のついたプラスティックケースが出て来た
中からは当時智哉が夢中で集めていたカードゲームやフィギュアが次々に現れた
そのどれもが懐かしく、智哉の幼い頃の顔が目に浮かんだ
その箱の1番下には、丁寧に畳まれたあのトートバッグが入っていた
その他にも尚美がその後も作り続けたアイテムがすべて納められていた
物の価値の分かる子に、物を大切にする子に育って欲しいという思いは、どうやらしっかりと智哉に伝わっていたようで、尚美は温かな涙が次から次へと溢れ出た
「捨てられるわけないじゃない…」
大切なものには大切な思い出が沢山詰まっているのだ
「この箱の中には世界でひとつだけのものだらけだもの…」
尚美はその蓋を丁寧に閉め、元のケースがあった場所にふたたび納めた
智哉がまたその子供たちに、この思いを伝えていってくれることを願いながら…
『世界にひとつだけ』
「胸の鼓動」このお題を見て、胸がドックン!とした
ちょうと先日夫とそんな話をしていたからだ
韓流ドラマを見ながら、見目麗しい推しの俳優が画面いっぱいに映し出されると
「胸がキュンキュンする〜」
と悶える私に夫が冷ややかに言い放った
「それを我々世代は胸のトキメキではなく『動悸』と言うんだ」
な、なんて事を!
と思いながらも、思い当たり過ぎて笑ってしまった
そんな、切ないお題に私の胸は動悸、いや、ドクドクと鼓動したのであります
『胸の鼓動』
「いよいよ、貴方にはこの宣告をする時が来たようです」
と、向こう側に着席している判事と思しき二人のうちのひとりが、そう告げた
こちら側にいる私はどうやらその宣告とやらを受ける立場のようだ
「正直申し上げますと、貴方はこちらのグループでは些かその流れから外れておられるようで、貴方の使われている言語もこちらでは理解する人も少なくなりました
そろそろ、この上のグループへの移籍をご検討されたらいかがでしょうか?
」
要するに、ここでは年齢的にもう厳しいと言いたいらしい
「あちらのグループでは、きっと気の合うお仲間も沢山お出来になるでしょう
ご自分が時代遅れだと感じることも無いはずです」
失礼な!いつ私が時代遅れだと感じたというのか?
私はまだまだ気持ちだけはバリバリ現役のつもりだし、恋のひとつくらいまだまだ楽しみたいと思っているというのに…
実際に恋愛を楽しむことは無いとしても、「人生を知り尽くした大人達の濃厚な恋愛小説」くらいは書きたい気満々だと言うのに、シニアのグループへ移籍しろと?
ここのグループでは、もうお払い箱だと?
そんな憤りの気持ちで反論しよう、という場面で目が覚めた
何とも後味の悪い夢を見たものだ…
日頃潜在的に心のうちにあった思いが、昨夜のお題をいただいてその思いが夢として形になったのだろうか…
そんな時を告げるための夢だったのだろうか…
それとも
そんな思いを跳ね返すくらい情熱的な物語を書く時が来ていることを告げる夢だったのか…
『時を告げる』
宇宙の営みから見たら我々人間の一生なんて、
ほんの"一瞬のきらめき"でしかないのだろう
そんな一瞬のきらめきが、地球という名の球体の上で寄せ集まり、ひしめき合ってキラキラと、まるでミラーボールのようにクルクルと回転しているのだろうか…
瑠璃色の偽りの被り物を剥がしてみれば、そこに現れるのは
悪臭を放ちながら自らを傷つけるようにしてその終焉を待ち望んでいる醜い鉛のような塊なのだろうか
はたまた、産まれたてのように無防備にすら見える若芽が生い茂り、清らかな水を豊富にたたえた美しい命きらめく球なのだろうか
我々人類のかりそめのきらめきは
一体あとどのくらい、その地球上で輝くことを許されるのだろう
『きらめき』
昨日投稿した『心の灯火』を、せっかくだからとスクショしてLINEで夫に送った
突然の私からの思わぬ「愛の告白」に、不覚にも涙してしまった…と返信が来た
普段は仕事中は私からのLINEなど開けることなど殆ど無い夫が、たまたま開けたLINEの思わぬ内容に涙してしまい狼狽する様子を想像して、私も笑い泣きをしてしまった
お互い涙腺が弱くなったものだ…
多くの部下を従え、今の時代には逆行するかのようにその存在感で部下たちを震え上がらせている夫も、良く見ればそれなりに年齢を重ねて来たことを感じさせる
向き合って食事をする夫をまじまじと見る
以前は寝癖を整えるのにも苦労するほど勢いのあった毛量も、最近はサッとひと撫ですれば言うことを聞くほど大人しいものになり、わざとらしいほど黒ぐろとした漆黒の髪にも白いものが目立つ様になってきた
一瞬寄せる眉間のシワも、そのあとが残るほど深さを増してきている
そのどれもが、私達二人が過ごしてきた時の流れを物語っているのだ
そう思うと、勢いを失い白髪の混じった髪も、眉間のシワさえも、味わい深く愛しささえ感じてしまうのだ
そんな些細なことでも、ひとつひとつ丁寧に拾い上げていくこと…
もしかしたら、こんな毎日を「幸せ」と言うのかも知れない
『些細なことでも』