フィロ

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7/17/2024, 12:45:02 PM

尚美は最近奇妙な夢をみるようになった

その夢の中では何故か自分はいつも中年の男性になっている
ただ、夢の内容は決して不快なものではなく、むしろ幸せに溢れた夢だ

その男性は家族にも仕事仲間にも恵まれ日々を丁寧に生きている人物のようで
もちろん、その夢に出てく人物を尚美自身は全く知らないし、景色も訪れた記憶の無い所ばかりが登場する
まるで、全く別人の人生を垣間見ているような不思議な夢なのだ

そんな夢を度々見るようになった


そして今朝はとうとうこの夢が何を意味するかを示すような決定的な夢を見たのだ

今までは、尚美自身がその夢の中ではその中年の男性であったはずが、今朝の夢ではその男性が尚美自身に゙語りかけたのだ

「私の人生は順風満帆なとても素晴らしいものでした
まだまだこれからやりたいことも沢山ありました
愛する妻や子供達と楽しい思い出を沢山沢山作って生きていくはずでした

だから、どうか私の分まで、その命が尽きるまで毎日を丁寧に゙幸せに生きてください   お願い致します」
と懇願したのだ 


尚美には思い当たることがあった
それはまだ尚美が結婚前の学生時代のことだ

尚美は生まれつき心臓に重い病いを抱えていて、移植をしなければ長くは生きられないと言われていた
その移植の手術をその頃受けている
ドナーの素性は明かされていないが、交通事故に遭った中年男性だったということだけは教えて貰うことが出来た


臓器にはその人の生前の記憶が残る事があるらしい
その記憶が新たな体で蘇ることが有るということも聞いたことがある

尚美は今自分の体の中で鼓動を打っている心臓自身が覚えている記憶が私の体を借りて生き続けていることを、まさに実感したのだ
不思議と怖いとか、気持ちが悪いという感情は一切生まれなかった
むしろ、この記憶も含めて一緒に生きていける喜びが湧き上がって来るのを感じ、この心臓が私に新しい命を宿らせてくれたことに改めて感謝した

この心臓が持つ遠い日の記憶と共に日々を大切に生きることをその夢が決意させてくれたのだ


手術当時「佐伯尚美」だった私が、「木村尚美」になって15年
この心臓との付き合いももうすぐ20年になる
まだまだしっかり働いてもらわないと…

尚美は早速定期検診の予約を入れた




『遠い日の記憶』


7/15/2024, 10:44:44 PM

「終わりにしよう」


世界中のほとんどの人が、あなたに向けてこの言葉を送っています

どうか、この言葉があなたに届きますように、プーチン




『終わりにしよう』

7/15/2024, 6:24:13 AM

「では、そういう事で、今年も皆さん手を取り合って良い祭りにしましょう!」
と自治会長の村元が会の締めくくりをしようとすると、後ろの方の席から声がした

「知らない人と手を取り合うとか無理なんですけどぉ」

村元は一瞬自分の耳を疑った
手を取り合うって、別に手を繋ぐということではなくて…と慌てて訂正しようとしたタイミングで、婦人会会長を努める山崎さんの甲高い声が、その時が止まった様な空気を動かした

「皆さん、朝早くからご苦労様でしたねぇ  おにぎり握ってきたから、さぁ、食べて!食べて!  沢山あるから遠慮しないで…ほら、ほら!」
と後ろの方に固まって座っていた若い女性達の前に山盛りにおにぎりが乗ったお盆を差し出した

ひとりひとり渋々手を出し、その手に持ったおにぎりをどうしたものかとチラチラお互いに顔を見合わせていると、その中のひとりがまた声をあげた

「私、他人が握ったおにぎりとかマジ無理なんですけどぉ
これ食べるの強制ですか?」

お盆を差し出した山崎さんも目をパチクリしながら、その表情はみるみるうちに引きつっていった

「いや、いや、こりゃ参ったな…」
と、その場の空気をどう繕うか次の言葉に迷ってしまった


(これが最近良く言われているジェネレーションギャップとか言うやつか…
◯◯ハラなんて我々の身の回りには関係ないことだと思っていたけれど、もしかしたらこういうことなのか?)
と、今更ながらに◯◯ハラについて自治会長として学んでおくべきだったと反省した


ここの辺りは古くからの住民が多く、1軒当たりの敷地面積も広い
一般的には高級住宅地と呼ばれる地域だったが、住民達の高齢化が進み、空き家もあちらこちらに目立つようになっていた
その1軒が売りに出されると即座に買い手がつき、解体工事が始まったと思ったらその場所にあっという間に全く同じ形の建売の家が3〜4件建ってしまう

そんな現象がここ数年の間に次々と起き、この町内の雰囲気は激変した

高齢化が進み住人の数が減る中、店を畳むところも増えていた頃を思えば、若い世代が移り住んで来てくれたことは、町の活性化にもなり良い事ずくめだと古くからの住民達も喜んでいたはずだった

ところが、初めの頃は楽しげに゙聞こえていた子供達の声は騒音と、自由に振る舞う若い世代の生活ぶりは傍若無人と受け取られるようになり、その軋轢をどうにか減らしたいと村元は日々頭を悩ませていた

そんな中、しばらく途絶えていた夏祭りを復活させようと意気込んで開いた会合だったのだ


「確かにね…  じゃあ、言い方を変えましょう   手を取るというのはもちろん、手を繋ぐわけじゃあ、ありませんよ
皆さんで協力しあいましょう!ということです

おにぎりもね、せっかく山崎さんが労うつもりで作って来てくださったのだから、食べる食べないは別にして、その気持ちには感謝しましょうよ」
と、精一杯の言葉を何とか捻り出した

「そもそも、このお祭りって強制じゃないですよねぇ?不参加もありですよね?」


ジェネレーションギャップとは言え
村元は言うべき事はここではっきりと伝えなくては自治会長としての意味を成さないと覚悟を決めた
込み上げる感情を押し殺しながらゆっくりと話し始めた

「こういうコミュニティで暮らしていくということは、お互いに譲り合いが必要なんですよ
あなた方の考えも分かりますよ
でもね、郷に入らば郷に従えと昔から言ってね、古くからあるそこのやり方も学びながら暮らしていくことも大切なんですよ
せっかくのご縁でこの町の住民として知り合ったんだ、皆で仲良くやりましょうよ!

隣の人の顔も知らないなんて淋しいじゃないですか
遠くの親戚より近くの他人て言うでしょ
何かあったら、お互いに声かけあって助け会いましょうよ!
それが人の営みってもんだ

それが手を取り合うってことですよ」

そう話す村元の目には熱いものが込み上げていた


その話に水を差す人はもう誰もいなかった




『手を取り合って』

7/14/2024, 2:55:38 AM

優越感や劣等感というのは、人生それなりに生きていれば普通に抱く当たり前の感情であり、また厄介な感情でもある

それらの感情が自分自身を鼓舞したり、もっと上を目指す発奮材料になればそれに越したことは無いが、逆に自分の行動を制限したり、本来の自分の姿を見誤らせてしまう可能性もある


優越感や劣等感は他と比べることで生じる感情だ
人は他と比べることで自分自身を知ることに何故か安心感を覚える生き物だ

ただ、その二つの感情は自分の心が作り出した勝手な妄想だと言うことを忘れてはならない
だから、この妄想に心を捉えられていまうことほどナンセンスなことはないのだ


「優越感によって人を見下すこと無かれ、劣等感によって己を卑下すること無かれ」




『優越感と劣等感』

7/13/2024, 12:32:41 AM

「これまでずっと私と一緒に過してくれて、ありがとう…
辛い日の方がずっとずっと多かったけど、諦めずに頑張ってくれてありがとう…
あなたとお別れすることをすごく悩んだけど、このチャンスは逃すべきじゃないと思ったの
今日まで私の為に力の限り頑張ってくれて、本当にありがとう
あなたとの日々を私は決して忘れないから…」

看護師「佐伯さん、そろそろ行きますけど準備は良いですか?」

「あ、はい…
準備は出来ました   よろしくお願いします」

看護師「長い時間になるけれど、頑張って闘いましょうね  私もそばに付いていますからね
目が覚めた時には、元気な心臓が働いてくれていますよ」



「さあ、いよいよあなたとはお別れの時が来たわ、私の心臓さん
今まで本当にありがとう!
私、新しい心臓と新しい人生を歩んで行くわね
さようなら、私の心臓さん…」

1、2、3、4…
しだいに意識が遠のいていく…

その思いに応えるかの様に、心臓がドックン!と鼓動した




『これまでずっと』

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