尚美は最近奇妙な夢をみるようになった
その夢の中では何故か自分はいつも中年の男性になっている
ただ、夢の内容は決して不快なものではなく、むしろ幸せに溢れた夢だ
その男性は家族にも仕事仲間にも恵まれ日々を丁寧に生きている人物のようで
もちろん、その夢に出てく人物を尚美自身は全く知らないし、景色も訪れた記憶の無い所ばかりが登場する
まるで、全く別人の人生を垣間見ているような不思議な夢なのだ
そんな夢を度々見るようになった
そして今朝はとうとうこの夢が何を意味するかを示すような決定的な夢を見たのだ
今までは、尚美自身がその夢の中ではその中年の男性であったはずが、今朝の夢ではその男性が尚美自身に゙語りかけたのだ
「私の人生は順風満帆なとても素晴らしいものでした
まだまだこれからやりたいことも沢山ありました
愛する妻や子供達と楽しい思い出を沢山沢山作って生きていくはずでした
だから、どうか私の分まで、その命が尽きるまで毎日を丁寧に゙幸せに生きてください お願い致します」
と懇願したのだ
尚美には思い当たることがあった
それはまだ尚美が結婚前の学生時代のことだ
尚美は生まれつき心臓に重い病いを抱えていて、移植をしなければ長くは生きられないと言われていた
その移植の手術をその頃受けている
ドナーの素性は明かされていないが、交通事故に遭った中年男性だったということだけは教えて貰うことが出来た
臓器にはその人の生前の記憶が残る事があるらしい
その記憶が新たな体で蘇ることが有るということも聞いたことがある
尚美は今自分の体の中で鼓動を打っている心臓自身が覚えている記憶が私の体を借りて生き続けていることを、まさに実感したのだ
不思議と怖いとか、気持ちが悪いという感情は一切生まれなかった
むしろ、この記憶も含めて一緒に生きていける喜びが湧き上がって来るのを感じ、この心臓が私に新しい命を宿らせてくれたことに改めて感謝した
この心臓が持つ遠い日の記憶と共に日々を大切に生きることをその夢が決意させてくれたのだ
手術当時「佐伯尚美」だった私が、「木村尚美」になって15年
この心臓との付き合いももうすぐ20年になる
まだまだしっかり働いてもらわないと…
尚美は早速定期検診の予約を入れた
『遠い日の記憶』
7/17/2024, 12:45:02 PM