得物を丹念に研ぎ、獲物を円やかに裂く感触
あの官能的な快楽は忘れられない
何年も蒸留した美酒を味わう舌みたく身体の芯を貫く
生命の奪い合いは何物にも優らない
世界そのものが遊戯場みたいだ
獲物を丹念に調べ、得物で艶やかに啄む感覚
あの魅惑的な旨みは忘れられない
何年も怨みを抱えた仇敵に相応の報いを与えた瞬間だ
あの刻から醜く、より洗練された得物
九つの得物は不可解な悲劇を求め
鈍く反射光を放っている
遊戯場ではルールなどない
獲物が逃げる足音
哀れな獲物が残響へと変わる涙
円やかに切り裂かれ変わり果てた肉塊
神経を貫くオキシトシンだけが
すべてを物語っている
『夜鷹』
頭上には天の河が煌めく
暗く黒い漆黒が惑う天空
欠けた月光は闇に苦しむ
影を受け入れた天の河は
おまえの灯りに癒される
心の灯火
心の傷跡
心の血流
心の叫び
遥か彼方の天の河は静謐の到来を待ち望む
静けさと変わらない日々が平穏をもたらす
心は波打ちおまえの存在を確かめているか
わたしはおまえの内に問いたい
存在の儚さを、嬉しさを、憂いを、根深さを
じかんが積み重なり得てきたものは散りゆく
内に在るものは永久と云っている
魂の灯火
魂の傷跡
魂の血流
魂の叫び
名一杯太陽の斜光を浴びたおまえは
影を伸ばすだろう
案ずることはない
内に全てあるから
『藍燦唄』
コトバは都に流るる人波に呑まれている
彼らはコトバを鋭利な刃物の如く使っている
コトバは美しく舞いヒトになると云っている
嘲笑の餌食と化したコトバは嘆き悲しむ
「生きる意味を教えてくれ」と叫ぶコトバ
都に訪れ言魂と戯れる吟遊詩人
コトバに麗しい装飾を纏わせ共に踊り狂う
都に流るる人波は吟遊詩人とコトバの意味を知る
生きる意味の片鱗を知った人波は忘れゆく
ストレングスと歌姫を擁する歌劇場
言魂とコトバは天空を貫き星となる
永遠の星々となった高貴なるものは
生の意味を絶え間なく彷徨う人波を照らしている
「この世は踊り狂うが勝ちさ」
と陳腐な歌を唄う吟遊詩人と歌姫
星々は人波を照らしつつ微笑みを浮かべている
単純極まりなく複雑な世界
リズミカルに変幻する世俗
嘆き苦しむ青年と淑女は救いを求める
憐憫を浮かべる聖女は只々祈っている
皆の幸せが降りかかるように
淡々と…真摯に…瞳を閉じて
『散文的雑踏』
コンクリートの山々は太陽を覆う
アスファルトを忙しなく駆ける人波
喧騒の中から何らかの価値が産まれる
太陽が堕ちると、ネオンが偽りの月明かりを演じる
モノクロの街には幾千万通りの人生が在る
千紫万紅の瞳には幾千万通りの憂いが宿る
天空へと目指す紅き塔は星々を望んでいる
都会という名の森に流れる我らは水流か
雨粒である我らは水溜りになる定めか
その水溜りは清らかに濁り人生を知るだろう
太陽によって蒸発した瑞々しい水滴はきっと
天使に蒼白色の記憶たちを微笑み渡すだろう
満面の笑みを浮かべて
『都市の鎮魂歌』
八十八個の鍵盤を眺め
音盤を回し音律に沈む
曲線と直線が混ざっている数奇な楽器
四足の脚で地を掴んでいる数奇な楽器
白と黒のコントラスト
鍵盤が私の指先を求めている
この理解しようがない人々を憂いた旋律を奏でる
この心臓が動く限り、続く生に激情を込めて唄う
空洞だった心はメロディアスに響く
救いようのない世界
何もかも求める世間
何もかも持っている我ら
満たされた瞬間、悦楽の源を探せど
見つからないな、物足りないな
八十八個の鍵盤を眺め
音盤を感じ音律に沈む
『白と黒の因果律』