空を見上げればそこにあったはずの星々の代わりに、人工的な街の明かりが夜景を照らす。その中を私は一人歩いていた。人工の街に越してきた以上、嘗てのような無数の星を眺めるような事はもう無いのだろう。
あの時隣に居た優しい兄は仕事で東京に越して以来、連絡が途絶えたままだ。きっとあの星々のように、人口の明かりに呑まれて消えてしまったのだろう。ならばいずれ私も、同じように消えていくのだろうか。
私はずっと、貴方に憧れていた。
貴方の様になりたくて、時には口調を寄せてみたり、髪を同じ色に染めてみたりして、同期にはよく笑われたものだ。どれだけ追い掛けても決してその背に追い付く事など到底不可能だと解して尚、その行為を辞める事など出来なかった。
純朴に、盲目に、憧れていた背をひたすら追い掛け続けて何年の月日が経っただろうか。ある日の事、貴方は私の前から姿を消した。
きっと私に見限りをつけての行動だろうと思い絶望し、同時に怒りを覚えた。私を見捨てた貴方と、どうしても貴方の隣に立つ事が出来なかった自分の愚かさに。
貴方の行くべき先に、私を連れて行って欲しかった。
隣に居る彼女から仄かに香る金木犀の匂いに、はて、今は秋だったろうかと妙な錯覚を覚える。然し今は香水の匂いすら吹き飛んでしまうかのような強風の五月である。それでもその匂いが分かったのは香水の付けすぎか、はたまたそれ程までにこの距離が近すぎたる所以か。
「匂い、する?」初めて付けてきたの、と彼女がはにかみながら口にしたので俺は素直に頷きを返す。匂いのせいだろうか何処と無く気持ちが浮つくのを誤魔化す様に、彼女の視線を避け遠くの木々を眺めた。
強風に煽られる木々の音は何とも言えない不安感を煽られるが、今の自分には関係無かった。寧ろあの風に身を任せている木々が羨ましくも思えた。己も風に身を任せ楽になりたい、とも。