《踊りませんか?》
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この場をお借りして、御礼を申し上げます。ありがとうございます。
最近の天候からか、体調を崩しがちになっております。
皆様もどうかお身体にはお気を付けてお過ごしください。
《巡り会えたら》
邪神討伐の旅の最中、重要アイテムの一つが紛失された。
それは邪神復活に必要なアイテムで、帝国の皇帝が他国を侵略してまで集めようとしている物だった。
状況から見るに盗難が一番可能性が高く、皆の話からも犯人は仲間内の誰かであろうと推察された。
無論、その誰かには僕も含まれていた。
そして、直前に帝国に掛けられた術により皇帝の部下にキーアイテムを渡してしまう失態を犯していた僕は、誰よりも疑われる立場に立たされた。
そんな最中、仲間の心の内に住むあなたが僕を無実と信じてくれた事は、ずっと僕の心の支えとなっていた。
結果としては、その仲間が最初から裏切っていたわけなのだが。
その心の中のあなたは、その裏切りに全く加担していなかった事も知った。
その騒ぎも収まり、裏切った仲間も邪神を討つ為に力を注いでくれるとなったある日。
目的を果たすためには、僕は祖国を裏切らなくてはならない。
同胞に、同じく祖国の軍人である兄姉にも銃を向けねばならないかもしれない。
僕は本当に、祖国にとって良い事をしているのか。
世界は救えるが国は、家族は救えないかもしれない。
旅を続けるならばいずれは訪れる残酷な事実に打ちひしがれていると、唐突に仲間から声を掛けられた。
「『貴方』は悪くない! あたしは! 貴方のする事は帝国の為にもなれるって信じています!」
…僕は、呆気に取られた。
その台詞は、旅の仲間である彼からは絶対に出てこないような一言。
それだけであるならば、何某か心境の変化でもあったのかと思うだけで済んだのだが。
そうはならなかったのは、口調すらその仲間のものとは全く違っていたからだ。
「はぁ!? 勝手に俺の口使って喋るなってあれほど言ってたよな!?」
僕が呆気に取られている間に、同じ口から出たとは思えない言葉が飛び出して来る。
しかし、これこそが普段の仲間の口調なのだ。
全く違う口調、勝手に仲間の口を使う。
では、最初の言葉は『あなた』の言葉だったのか?
仲間の心の中に住むあなた。
真っ直ぐに僕を信じてくれたあなたは、一体どんな人なのか。
そう思ってはいたけれど。
「だって、自分の国と戦わなくちゃいけなくなってるんだよ? 誰かさんの裏切りのせいで!
ずっと元気無いんだもん、一言ぐらい言わせてくれてもいいじゃない!」
「ぐっ…! お前なぁ! だったら伝言頼むって心の中で伝えろよ! わざわざ俺の口を使うな!
しかもわざとらしく「あたし」とか言ってるんじゃねーぞ! いつもは”私”のくせに!」
「いい子ちゃんぶっちゃって、とか付け足されるの嫌だし? また変な嘘吐かれても嫌だし。」
「分かったからもう黙れ! そして当て擦るな! 悪かったから!」
眼の前の僕と同い年くらいの男性。
その口から出てくる一人二役のような、軽快なやり取り。
僕は、ぽかんとしながら口にした。
「その、心の中に住んでいる方とは、女性だったのですね…。」
そう。
以前に聞いたのは、彼が言った言葉。
”『彼女』はお前を信じるってさ”
この一言。
それ以外の話も、あくまで伝言として伝えられるだけ。
見た目も当然分からない為、気が付けば性別も不明だったのだ。
「あれ? 言ってなかったか?」
しれっとした顔で、眼の前の仲間は告げてきた。
女性。
僕の知る女性とは、まずは姉。
僕の生まれる前より軍人として厳しく育てられ、所作は美しいが性格は苛烈だった人。
もう一人は、乳母。僕を育ててくれた人。
曲がった事は許さなかったが、おおらかで明るく優しい、おっとりとした人。
しかし仲間の心に住む貴女は、そのどちらにも当てはまらない。
あけすけな物言い。
相手に気を置かせない雰囲気。
その軽快なやり取りには、相互の揺るぎ無い信頼関係が伺える。
この人相手なら、このくらい言っても大丈夫。そんな気安い暖かさ。
決して交わらぬ世界。貴女は、そんな世界の人。
それでももしこの人と巡り会えたら、僕はどんなやり取りが出来るだろうか。
そのやり取りの中で生まれる空気は、気安いものになれるだろうか。
僕も、その暖かさに触れてみたい。
『信じています!』
先程の力強い言葉に、自らの使命に立ち向かう大きな勇気と力を与えられた。
また、貴女に助けられた。
例えこの世界でなくてもいい。いつか貴女と巡り合って、このお礼をしたい。
初めて感じた、叶わないであろう願い。
すると僕の眼の前で、仲間がガシガシと自分の頭を掻いて呟いた。
「…あ、あいつ。引っ込みやがった。」
《奇跡をもう一度》
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《たそがれ》
ふと気が付くと、自宅のどの部屋にも彼女がいない。
銀にも見える白髪に、紫がかった赤い瞳。
闇に魅入られその力を受けた証の色を持つ彼女を、大掛かりな騒ぎにしない為にも同居をさせる形で監視を始めて暫く経つ。
何も企む様子は無い。悪事に手を染める兆候も無い。
それどころか、その明るさと僕への信頼は揺るぎの無いもので、今は傍にいないと不自然さすら感じる。
そんな彼女が家を出る時は、大抵庭で過ごしている。
予想を立てて庭に出ると、その通り彼女はそこにいた。
庭に昔から植えられている、一本の大きな木。
その幹から生える太い枝に、彼女は座っていた。
それなりの身体能力があると気付いてから、彼女は時々ではあるがその木に登り遠くを眺めるようになった。
高さとしては、成人男性一人分ほど。枝ぶりとしては、大人が乗っても優に耐えられるようなものだ。
しかし万が一手を滑らせたり枝が折れたり危ないからと木に登る事を控えるよう言ってはいるのだが、
『ごめんなさい。どうしても、そこからの風景が見たくなって。』
と、寂しげに謝られてしまうため、僕はそれ以上強くは止められなくなってしまった。
頻繁ではない上に、今まで小さな怪我を負うような事も無い。
が、それでも何かあってからでは遅いという心配が消える事も無い。
その想いを胸にしながら彼女に声を掛けようとして、僕はその姿を見た。
沈みゆこうとする太陽を背景に、木の枝に腰掛け遠くを見る彼女。
僕に比べて小さな身体と白い髪が作り出すシルエットは、橙色の光に縁取られている。
暖かな光の色彩が作り出す風景のはずなのに、何故かそこ一帯の空気は暖かさを奪われた感じがした。
逆光でよくは見えないが、彼女の眦は下がり、唇は一文字に引き結ばれているのか。
その赤紫の瞳の奥には、一体何が映されているのか。
いつもの明るい貴女とは全く違う、辺りの空気。
今木の上にいる貴女は、本当にいつも一緒にいる貴女なのか。
それとも、何かが貴女の周りの暖かさを奪っているのか。
それはもしかして、僕なのではなかろうか。
暫し時が止まったかのように身動きが取れなくなった僕に気付き、樹上から彼女が降りてきた。
その動作には、少しの危なっかしさも無い。
そして木の根元に降り立ち、彼女がこちらに駆けて来た。
背後からの太陽で、やはりその表情は掴み辛い。
「ごめんなさい、また木登りしてしまいました。」
僕の目前に立ち、申し訳無さそうに彼女は詫びた。
樹上での空気から一変、そこにはいつもの暖かさが戻っていた。
僕は、その変化に圧倒された。
「い、いえ、謝らないで。怪我が無いならいいです。何かいい景色が見れましたか?」
僕は動揺しながらも、彼女に問いかけてみた。
ただ見える物ならば知っている。ここは、僕が生まれ育った家だ。
あの時と然程変わらぬ、帝国の景色。黄金色の金属で作られた、過去よりの技術と圧政の結晶。
でも、そんな物ではなくて。
さっきの貴女の瞳に映ったもの、感じていたものを知りたくて。
貴女を疑い監視をしている。そんな僕が言えた義理じゃないと思うが。
その質問を聞いた彼女は、一瞬だけ目を見開いた。
そして赤くなり始めた光をその背に、明るい笑顔で答えた。
「…はい! 夕日に照らされた街並みがキラキラ光ってて、とても綺麗でしたよ。」
東の空は闇に溶け始め、西は地平線に向かう太陽が藍の雲を濃桃に染めている、そんな黄昏時。
貴女は、何者なのか。
その瞳に何を映し、何を想っているのか。
それを貴女から聞ける機会が、いつか訪れる日は来るのだろうか。
そんな想いが少しずつ、僕の中から湧き出てきた。
《きっと明日も》
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