猫宮さと

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9/6/2024, 2:28:17 PM

《時を告げる》

”カーン、ゴーン、…”

お昼ちょうどを知らせる、帝都の鐘の音。
いつもならこれと同時に本部のチャイムも同じリズムで鳴るはずなのだけれど。

”カーン、ゴーン”
”…リーン、コーン、リーン、コーン、リーン、コーン、リーン、コーン”

10秒か20秒か、ズレています。

「これは…」
「故障ですかね?」

私は彼と顔を見合わせて言った。
このズレが気になるのか、彼も微妙な表情をしている。


ここ帝国は、よそに比べて機械が発達してる。
特に帝都では、朝昼晩の時刻を知らせる鐘の音も機械によって鳴らされているほど。
毎日専門の職人さんがメンテナンスしているからか、今までズレを見せたことがないらしくて、私は本当に感心していた。

そして、その帝都にある軍の本部は無論、全ての技術が集まる所。
当然時計やチャイムを含めた全ての機械が、世界レベルで見ても最先端の物ばかり。

なんだけど。

時計とチャイムのメンテナンスを担当する部署で事情を聞いてきた彼が話すには、

「両方を扱える技術者が今、高熱で動けないのだそうです。」

動力の中でも精密な部分の調子が悪くなってしまったらしく、そこを修理できる技術者は数が少なく。
更に機密だらけの場所に立ち入れるとなると更に限られてしまうそうで、しばらくはこのままの状態が続くみたい。

「高熱は大変ですね。早く治まるといいのですけど。」

部屋を出て、移動しながら彼と話す。
無理すると後に響くから、しっかり治して復帰してほしいな。

彼はふわりと笑ってそうですね、と答えてくれた。


そして時間は過ぎて、終業1時間余り前に。
外は、ぼちぼち日が傾いて赤や橙が差してきている。

「しかしあまり差し支えないとは言え、チャイムに関しては何か対策は立てないといけないですね。」

少し困った顔で、机から顔を上げた彼が呟いた。

「確かにいつもきっちり同時に鳴るものがズレてると、何かモヤッとしますよね。」

こう、財布の中のお札が1枚だけはみ出てるとか、本棚の本が1冊だけ飛び出てるみたいな。
そう思って彼に返事をすると、

「いや、そうではなく。…まあ今日に限ってというのもそうないか…。」

なんて、少し歯切れのよくない答えが。
どうしたんだろ。少し様子がいつもと違うな。

そうこうしているうちに、間もなく終業1時間前のチャイムの時間。
ここでは仕事の区切りが悪くならないようにするために、あらかじめ1時間前にチャイムを鳴らす事で、終業後に残業や持ち出しが発生しないようにしているのだそう。
余った時間は明日の確認や、軽い会議に使うみたい。

すると、執務室のドアが頓にドンドンドンと鳴り出した。
ノック…もはやアタックでしょ、これ。

「嫌な予感がしますね…。」

そう言って表情を固めた彼が、ドアの音の主に入室を促した。
その瞬間、物凄い勢いで初老の男性が駆け込んできた。

そして、ここで終業1時間前を告げるチャイムの音。
”…リーン、コーン、リーン、コーン、リーン、コーン、リーン、コーン”

駆け込んだ初老の男性は身体を前傾させ、息をぜえぜえ切らしながら嬉しそうに書類の束を彼に差し出した。

「よかった間に合った! この書面のチェックとサインを明日の朝まで頼みたいのだが!」

カキーン。
執務室の空気が凍り付く音がした。

彼は机の上で手を組み、にこやかに初老の男性に向き合った。
でもね。目が笑ってないんですよ。
静か〜に怒っていらっしゃる。怖っ!

「何ひとつ間に合っていません。貴方も上に立つ者として、時間は正確にお願いしますよ。」

正論! 確かに!
それでも初老の男性は机に駆け寄り、しぶとく食い付いてきた。

「いや、チャイムが鳴るまでには間に合ったじゃないか! 君も見ていただろう!」

そして、何故か私に同意を求めてきた。
いやいやいやいや。
私は、必死に頭を横にぶんぶん振りまくった。
彼が怖いのもまああるけど、間に合ってませんよ。だって…。

「あのチャイムは故障していて遅れていたんですよ。だから間に合っていないんです。」

上が終業時刻を守らないと下が休めない。
彼はこの地位に就いてから、それを徹底してきてるそう。
だから一緒に行動する私も、遅くまで執務室にいる事は全然なかった。

「貴方の相手は私でしょう。そして、貴方以前にも同じ手口で駆け込んで来ましたね。注意させていただいたはずなのですが。」

その方針もあって彼は書類の受け取りを拒否しているのだけれど、初老の男性は頑として譲らずワーワーと喚き立てている。

「こういう駆け込みがあるから、時間は正確で明確にしておきたいのですよ…。」

彼はげんなりした様子で、これは残業確定だと呟いた。

食堂は場所柄、まだ開いている。
後で何か、彼に頭がスッキリする物でも差し入れようか。
彼の疲れが心身共に少しでも抜けますように。
私は、窓から覗くほんのり赤い空にこっそりと祈った。

9/6/2024, 2:51:15 AM

《貝殻》

家庭が全てだった幼い頃から、家族に否定され続けてきた。
それでも認めてほしくて、いい子であろうと努力した。
笑顔であり続けることで、傷付いた心に何者も寄せ付けず。
そんなあなたの心は、痛みに耐えながら真珠を育てる貝のよう。

頑強な貝すら艶やかなあなたの心。
その脆さも美しさも知っているからこそ、無理に開きたくはない。
いつか、その殻を開いて見せてくれますか?

9/5/2024, 2:23:24 AM

《きらめき》

夏の終わり、昼に暑さは残れど夕闇の風は徐々に冷たさを含んでくるこの時期。
今日は、鎮魂と秋の収穫の無事を祈る祭事の日だ。
帝都は工業都市だが、他の地域では農業や採掘に従事している場所も多い。
その地域への感謝を忘れぬ為に、この祭は行われている。

海が見える港で、皆で小さなランタンを空に飛ばすものだ。
僕も彼女と二人ランタンを手に取り、港で海の沖へと思いを馳せる。

この祭は、大事な神事だ。
この日の為に港に用意された簡易祭壇の前で、神子が朗々とした声で祈りを捧げる。


海に還りし命は
太陽の慈しみを受けきらめき
空へ昇り白い雲となる

空を揺蕩う雲は
月の祝福を受けかがやき
雨粒となり緑を潤す

人の命も巡りゆく
海に還りし命は
空の狭間より降り立ち
緑を潤す流れとなる

時と共に流れる水は輪を描き
我らの命を送るもの
海よ我らを救い給え
緑よ実りを齎し給え

命のきらめきを宿すものよ
今こそ高らかに空へと唄え
巡る命がまた
我らの元へ来る日まで


まさに天高く唄うような祈りが響き終わると、僕達は手にしたランタンを空へ放つ。
たくさんのランタンのきらめきが、夜空を幻想的な橙に彩る。
その灯りのきらめき一つ一つに、各々の願いや祈りが込められている。

遠く海へと還った僕の家族達も、今は安らかであるように。
海で眠る魂達は、空を巡りまたこの地へ生まれ変われるように。
今年の実りは、全てに行き渡るほど豊かなものになるように。
帝国の人々は、未来永劫穏やかに暮らしていけるように。

傍らでは、彼女が手を組み空へ祈りを捧げている。
僕も目を閉じ、空の灯りに祈りを託した。
てる皆様には感謝しております。
ありがとうございます。

9/4/2024, 6:58:46 AM

《些細なことでも》

※食べ物に対する偏見は全くありません。
※私は、どれも正解だと思っております。


「お待たせしました。お昼を食べに行きましょうか。」

本部での午前中の書類業務を一段落させた彼にそう言われて、私は一緒に食堂に向かっていた。

私の髪と瞳の色のせいで闇の者として彼の監視を受けている身だけれど、こうして普通に丁寧に扱われてます。
彼の傍にいられるし、私にとってはいいこと尽くめの毎日です。

それはともかく。
食堂の前に来ると、何やら中から言い争う声が。
男の人が議論してるようにも聞こえるな。

「何事でしょうかね。喧嘩にならなければいいのですが。」

彼が少し眉を顰めて呟いた。
言っても元々実戦で動いていた軍人だった彼。少々の荒事は気にはならないみたい。
彼が私を庇うように、先に食堂の入口を潜って行く。
私も驚きはすれど彼がいるから大丈夫かと、彼の背後から状況を伺った。

見ると配膳カウンターのところで、二人の男の兵士が激しく言い争っていた。

「馬鹿野郎! カレーにじゃがいも無しとかあり得ねぇ!
 あのホクホクした食感のアクセントがあってこそのカレーだろうが!」
「いいや、じゃがいもは無しで正解だ! せっかくのルーの舌触りが悪くなる!
 カレーにホクホク感なぞいらん!」

んー。カレー。

聞いた瞬間、彼も私も真顔になった。
掲示板を見れば、今日のメニューには『なめらかとろ〜りカレー』とある。
『じゃがいもを除く事で舌触りを滑らかにしました』と下に説明が付いていて、これが原因で言い争いが起こったのは分かったのよ。
でもこれは個人の好みによる話だから、絶対話が終わらないやつじゃない。

隣の彼を見ると、腕を組んで軽くため息を吐いていた。

「食べ物の好みは些細なことでも、当人にとっては重要ですから。」

あまり迷惑にならなければいいでしょう、と彼は一言添えつつ静観の構えを見せ出した。

「ええ? こういうの止めないの珍しいですね?」

彼の真面目な性格なら、こういう争いは止めに行くものだと思ってた。
そんな疑問を口にすると、彼はカウンターの向こうに視線を飛ばしながら答えてくれた。

「大丈夫ですよ。ほら。」

すると、配膳カウンターの中から恰幅のいい初老近くの女の人がお玉を手に顔を出した。

「うるっさいよ、お前達! じゃがいもなら小芋を素揚げにしたのがあるから、ご飯と一緒に乗っけてカレー掛けな!」

わお。いい感じの腹式呼吸。カッコいい。
景気のいい一喝が入って静かになった兵士達は、それを聞いて歓声を上げた。

「最高だ! パリパリの皮とホクホクの芋がカレーに入れられるとか天国かここは!」
「いいな! 俺は塩を振って食べるか。カレーだけでは物足りなかったしな。ありがとう、おばちゃん!」
「お姉さんと呼びな! 小童!」

さっきまで言い争っていた二人は一変。
カレーと揚げ小芋の皿を受け取ると、にこやかになりながらトッピングの列へと向かっていった。

「すごい。一瞬で解決しちゃいましたね。」

私がほぅ…と感嘆のため息を吐いていると、彼が説明してくれた。

「あちらのおば…お姉さんは、ああ見えて細やかな気遣いと繊細な仕事が長年の売りの方です。
 ですので、メニューの幅広さや対応も丁寧で非常に優秀なのです。」

僕もずっとお世話になっているのですよ、と彼は笑顔で私に話してくれた。
言い直したのは、円滑な人間関係のためですよね分かります。
そういえば前に食べたいちごパフェも、味も見た目も専門のお店で出されるような美味しい素敵な物だった。
豪快かつ仕事は繊細とか、女性も惚れる女性じゃない。

「本当、カッコいいですねお姉さん…。」

場の空気も粋なお姉さんのおかげで収まりホッとした。
よかった。

と思ったのも、束の間。

「お前、せっかく滑らかな口当たりのカレーに堅ゆで卵は無いだろう。」
「温玉なんかツルッと飲み込んで終いじゃねぇか。俺はしっかり卵を味わいたいんだ!」

今度はトッピングの卵の種類で揉め始めた。
ええ…せっかく話が収まったのに。

直後、またカウンターの中からさっきのおば…お姉さんが一喝。

「はぁ? 何言ってんだい、カレーにはマヨネーズが至高!
 他のトッピングなんざどうでもいいわ!」

まさかの、新たな燃料投下。
私はぽかんと開いた口が塞がらず。
彼は私の隣で、額に手を当ててその様子を見つめていた。

「「いや、マヨネーズはないだろう!!」」
「黙りな! 他のトッピングを置いてやってるだけでもありがたく思うんだね小童ども!」

私は、この様子に呆然としながら口にする。

「混ぜっ返す、混ぜっ返す。」

彼もさすがに困り果てたように、私に教えた。

「時折この喧騒に自ら加わる癖が無ければ、本当に良い料理人なのですけどね。」

数多い兵士達の好みに満遍無く合わせる事が出来る技量と懐を持ちながら、自分のここぞという好みの主張は絶対に譲らない。
そういうタイプの料理人でもあるそうで。

また燃え盛った火種は、鎮まる見込みはなさそうです。

9/2/2024, 2:11:08 PM

《心の灯火》

夏至も過ぎて秋分の方が近くなって来たとは言え、まだ太陽が地上にいる時間が長い今日。
政務を終えた彼と一緒に帰る道すがらの事だった。

最近の彼は家に仕事を持ち込む事も増えてて、睡眠時間も削っているみたい。
その上議会が難航しているのか、休憩の時も彼の言葉数は少なくなっている。
今も執務室を出る間際の会話以降は、一言もなくて。
それでも私と目を合わせる時の彼は、優しく私に微笑みかけてくれる。

大丈夫かな。そう思っていた時。

赤い夕日に伸びた彼の影が、ぴたりと動きを止めた。
どうしたのかと私も立ち止まった瞬間、彼がぽつりと呟いた。

「…何故、僕のような実力のない者が国を導く立場になっているんだ。
 もっと他に相応しい人物がいるのではないのか。」

普段にこやかに真っ直ぐ前を見据えている彼が、悲しそうに、悔しそうに俯いていた。

仕事の内容、そしてそれに関わる自分の心情を他人に漏らすような人では決してない。
だけど帝国の人、特に下級層や貧困に喘ぐ砂漠の村に住む人達の生活がよくなるような流れになった時は、その喜びを私に伝えてくれていた。
人々への差別的な待遇に対しては、真正面からそれを打ち破る努力もしてる。
一般の人達に混ざって喜んで肉体労働をしていた事だって、私は知ってる。

そんなあなたが、自分を見失いそうな程に疲れている。
心の灯火が、消えてしまいそうになっている。

あなたは、驚いたように私を見ている。
たぶん、私に話すつもりはなかったんだろうな。
彼は思わず本音を話してしまって、自分でもびっくりしているんだと思う。

絶対に弱音を吐かないあなたが、無意識でも私に弱い部分を見せてくれた。
あなたの悲しみを思うと、胸が苦しい。
あなたが私に胸の内を見せてくれた事が、嬉しい。

私の言葉なんか、ちっぽけなものだ。何の力にもなれないかもしれない。
でも、その零れた本音が私への見えない信頼だとしたら、それを掬い取りたい。
消えそうなあなたの心の灯火が蘇るまでの、ほんの少しでいい。道を照らす灯りになりたい。

だから私は、あなたの仕事に対して思った事、知っている事をそのまま告げた。
あなたは、いつも頑張っている。皆、それを見てる。
他人も、自分自身も真っ直ぐ見つめ道を正して行けるあなただから、皆も着いて行く。

だから自分を信じて。そのまま進んで。

あなたの苦しみを思って涙が出そうになるのを堪えながら、私は自分の信じるあなたを真っ直ぐに見つめた。
すると、彼の目が大きく見開かれて。
落ち行き赤く燃える太陽の光を受けたあなたの顔が、ふわり優しく綻んだ。

「…ありがとう…」

よかった。
ほんの少しでもあなたの心の愁いが取り除けたなら、私は心底嬉しい。

私には何の力もないけれど、祈る事だけはできる。
どうかあなたの行く道が、この先も明るく照らされたものでありますように。

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