猫宮さと

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《心の灯火》

夏至も過ぎて秋分の方が近くなって来たとは言え、まだ太陽が地上にいる時間が長い今日。
政務を終えた彼と一緒に帰る道すがらの事だった。

最近の彼は家に仕事を持ち込む事も増えてて、睡眠時間も削っているみたい。
その上議会が難航しているのか、休憩の時も彼の言葉数は少なくなっている。
今も執務室を出る間際の会話以降は、一言もなくて。
それでも私と目を合わせる時の彼は、優しく私に微笑みかけてくれる。

大丈夫かな。そう思っていた時。

赤い夕日に伸びた彼の影が、ぴたりと動きを止めた。
どうしたのかと私も立ち止まった瞬間、彼がぽつりと呟いた。

「…何故、僕のような実力のない者が国を導く立場になっているんだ。
 もっと他に相応しい人物がいるのではないのか。」

普段にこやかに真っ直ぐ前を見据えている彼が、悲しそうに、悔しそうに俯いていた。

仕事の内容、そしてそれに関わる自分の心情を他人に漏らすような人では決してない。
だけど帝国の人、特に下級層や貧困に喘ぐ砂漠の村に住む人達の生活がよくなるような流れになった時は、その喜びを私に伝えてくれていた。
人々への差別的な待遇に対しては、真正面からそれを打ち破る努力もしてる。
一般の人達に混ざって喜んで肉体労働をしていた事だって、私は知ってる。

そんなあなたが、自分を見失いそうな程に疲れている。
心の灯火が、消えてしまいそうになっている。

あなたは、驚いたように私を見ている。
たぶん、私に話すつもりはなかったんだろうな。
彼は思わず本音を話してしまって、自分でもびっくりしているんだと思う。

絶対に弱音を吐かないあなたが、無意識でも私に弱い部分を見せてくれた。
あなたの悲しみを思うと、胸が苦しい。
あなたが私に胸の内を見せてくれた事が、嬉しい。

私の言葉なんか、ちっぽけなものだ。何の力にもなれないかもしれない。
でも、その零れた本音が私への見えない信頼だとしたら、それを掬い取りたい。
消えそうなあなたの心の灯火が蘇るまでの、ほんの少しでいい。道を照らす灯りになりたい。

だから私は、あなたの仕事に対して思った事、知っている事をそのまま告げた。
あなたは、いつも頑張っている。皆、それを見てる。
他人も、自分自身も真っ直ぐ見つめ道を正して行けるあなただから、皆も着いて行く。

だから自分を信じて。そのまま進んで。

あなたの苦しみを思って涙が出そうになるのを堪えながら、私は自分の信じるあなたを真っ直ぐに見つめた。
すると、彼の目が大きく見開かれて。
落ち行き赤く燃える太陽の光を受けたあなたの顔が、ふわり優しく綻んだ。

「…ありがとう…」

よかった。
ほんの少しでもあなたの心の愁いが取り除けたなら、私は心底嬉しい。

私には何の力もないけれど、祈る事だけはできる。
どうかあなたの行く道が、この先も明るく照らされたものでありますように。

9/2/2024, 2:11:08 PM