《神様が舞い降りてきて、こう言った。》
ある晴れた日の事。
私は用事があるので、帝都郊外の大通りを歩いていた。
急ぐ用事でもないのでちらちら空を見つつのんびり歩いていたら、男女の二人組が声を掛けてきた。
「すみません、ちょっといいですか?」
道でも聞きたいのかな、と思い、立ち止まって返事をした。
「はい。何かご用ですか?」
すると二人は妙に貼り付いたような笑顔でこう言った。
「あなた、最近辛い事があったのではないですか?」
………。
あ、これ宗教。しかもダメなやつ。
今、世界は三年前の邪神復活による被害から徐々に復興しつつある時。
そんな混乱に乗じての詐欺に近い団体なんだろうけど、せめてもう少し会話に余裕を持たせられないのかな。
出だしから勧誘全開じゃあ、騙せる人も騙せないよ。
まあ、そんな事言ってる場合じゃないか。
末端の人達には邪神に関する話なんかもまだまだ詳しくは伝わってなさそうだし。
識字率の問題もあるけれど、帝都は特に闇の眷属による破壊の度合いが大きかったのもあって未だ復興は半ば。苦しい生活に行き詰まった人達が追い詰められて騙されるのは十分考えられるものね。
どこの世界も起こる事件は一緒かぁ。
遠い目になりながら心の中で溜め息を吐いた私を尻目に、二人は持論を繰り広げていた。
「そんな時、私達のリーダーの元に神様が降り立ちました。輝かしい光を背負った美しい神様は、こう仰ったそうです。
この先更なる破壊が訪れる事もありましょう。その時あなた達に必要なのは、この神の力です。」
そう言って、二人は鞄からケースに入れられたどう見ても青いガラス玉の付いたペンダントを取り出した。
「これは神の力が封じ込められた、大地の玉の欠片から作られています。
これさえあれば、あなたは間違いなく破壊を生き延びる事ができるでしょう。」
私は危うく吹き出しそうになった。
その『大地の玉』、彼が参加した邪神討伐で使われてた神器の名前じゃないの!!
まあ…千年前の記録が残っていたとかあれば名前が使われるのも無理はないけれど、何にしても勧誘する相手が悪すぎましたね!!
私は理由あって、千年前の状況も含めて具に知っている者なんですよ!!
とりあえず決壊しそうな口元を何とか堪えながらも、興味はあるけど持ち合わせがないと言いくるめて、購入予定の書面にサインをして控えを受け取った。
書き込んだ住所は、彼が勤める帝都の本部。
住所はまあ少し調べればバレる事だけど、この書面は証拠にもなるし。今すぐ戻ってこの事を彼に報告しておきましょうか。
そう決めると、私は時間も惜しいと急ぎ帝都の本部へ向かった。
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今は、午後の休憩時間。
ちょうど彼女が用事を済ませて戻って来たところだった。
そこで聞かされたのは、帝都郊外で行われていた違法な宗教の勧誘だった。
思い当たる件はいくつかある。
近頃、帝都で人々の恐怖心を煽る事で何の価値も無い物に法外な値段を付けて売り付ける事で金を騙し取っている詐欺の集団があると通報が寄せられているそうで、その対策についての案が提出されていた。
ところがこれまでの通報では、売り付けられた物や金額に関しての証拠は全く無かった。多様な商品をそれぞれ少数ずつ揃えて販売の為流通ルートは辿れず、個別訪問で直接金品をやり取りしていたらしく、立件出来る程の物的証拠は残されていなかったのだ。
「というわけで、これがその売買契約書です。予約扱いではありますが。」
と、物は後程購入するからと言いくるめてその詐欺集団から予約の契約書を受け取ってきた彼女が、書面を手渡してきた。
…まさか彼女がこんな物を釣って来るとは思わなかった…。
「あ、はい、ありがとうございます。然るべき部署に通して対処したいと思います。」
僕は狐につままれたような気持ちで書面を受け取った。
だって、信じられないだろう。
「でも、まさか『大地の玉』として売り出すなんて思いませんでしたよ。本当にびっくりして笑っちゃうところでしたもん。」
もう少しで気付かれるかとハラハラした、と関係者以外は知らないであろう大地の玉についてコロコロと笑いながら話す彼女。
誤解が解けたとは言え、先日までは僕が邪神に魅入られた者として監視し、場合によっては手を下すつもりであった女性なのだから。
《誰かのためになるならば》
最近、どうも彼女の様子がおかしい。
僕の公務も立て込んでいる物はない為、時間の不規則さによる睡眠不足などが原因ではない。
が、ここのところ食欲もあまりないようで、いつもの覇気が感じられない。
しかし、理由を聞いても「何でもない」の一言で済まされてしまう。一体何があったのか。
「…すみません、ちょっとだけ出ますね。」
そう断りを入れて、彼女は部屋を出る。
「はい、いってらっしゃい。」
彼女を監視している立場ではあるが、この場合、僕は性別上付いては行けない場所なので部屋で待機している。
これまでの経験上、彼女が逃げ出したりなどはしていないのでここは彼女の行動を信頼している。
そういえば知る限りでは、こうして化粧直しに行った直後が消沈の具合が一番大きい。
…失礼な行為とは思うが、彼女の為にも恥を忍んで。一つ確かめておいた方がいいか。
そう判断し、化粧室手前の廊下までと決めて、彼女が向かったであろう方向へ気配を消して行く。
すると手前の曲がり角向こうから、複数の女性の声がした。
「…何よあの女、生意気にも程があるわ…。」
「あれだけ言ってもあの方から離れないなんて図々しい。」
「どこの馬の骨とも知れない女をお側に置くだなんて、あの方の品位が貶められるだけですのに…。」
「ここは是非とも彼のために…。」
なるほど、状況は漠然とだが把握出来た。
彼女が僕に伴っている事を気に入らない者達が、攻撃の矛先を向けやすい彼女にその鬱憤をぶつけていると言ったところだろう。こちらの事情も知らず、呑気な事だ。
まず、集団で個人を攻撃するというその心根が気に入らない。更に悪いのは、監視による帯同を実行させている僕にではなく、それを余儀なくされている弱い立場の彼女に目標を定めているところだ。
端的に言えば、弱い者いじめだ。腸が煮えくり返るようだ。
都合の良い事に、声の主達はこちらへどんどん近付いてくる。
僕は曲がり角すぐの影で待ち構えた。
「ですから次は…きゃっ!」
角から飛び出てきたのは三人。いずれもそれなりの高官のご令嬢だ。
だが、これを見逃しては本人達の為にもならないだろう。
「次は? 彼女にどうなさるおつもりなのか。そして、どのように僕の為にならないのか。
あちらでお聞かせ願えますか?」
腹の奥から湧き上がるどす黒い感情を押し殺し、僕は笑顔で女性たちに化粧室の方とは反対側の曲がり角を指差し、そう告げた。
「何、短時間で済みますので。」
==========
その後、僕は執務室に戻った。
まあ相手は箱入りに近いご令嬢だけあって、話は数分で済んだ。
ご令嬢の一人が僕に懸想していて、一緒にいる彼女を追い出したいと毎日口頭による攻撃を仕掛けていたらしい。
まず間違いなく、彼女が最近様子をおかしくしていた原因だろう。
取りあえず『僕の任務への妨害と見做される為、このままでは自分達への処分だけでは済まない』とやんわり言い聞かせたので、今後の被害は無いだろう。
が、集団による卑怯な手口。そして、何故彼女はこの事を話してくれなかったのかという疑問。
これらが入り混じり、複雑な心境になったところで彼女が戻ってきた。
「すみません、今戻りました…。」
やはり先程もダメージを受けたのか、微かにではあるが窶れが深まっているように見える。
僕は彼女の目の前へ行き、疑問を口にした。
「あの女性達の事、どうして話してくれなかったのですか?」
すると、彼女は驚いたように大きく目を見開いて動きを止めた。
しばし後、彼女の喉元が上下に動き、辛うじてといった風に口を開く。
「…なんで知って…?」
「申し訳ありません。失礼とは思いましたが、先程曲がり角の所まで様子を見に行ったもので。」
理由は何だ。どうして相談してくれなかったのか。
焦燥に駆られた僕は、被せるように続きを早口で告げる。
「貴女を監視していると言っても、貴女を不当に扱うつもりはありません。何故知らせてくれなかったのですか?」
そうすれば。守れたのに。
しかし、途端に彼女の顔は真っ青になった。
「…え? あの、ど、どこまで聞いていたのですか?」
ん? この反応は一体どういう事だ?
先程とは全く別の意味で様子がおかしくなっているじゃないか!
これではまるで、彼女の方が何か起こしたような風だ。
「は? いや一体貴女達はここ毎日何を話していたのですか?!」
ずっと抱いていた焦燥感の上に、状況が全く見えなくなった混迷も合わさり感情がかき回されて口調が強くなってしまった。
それに驚いた彼女はビクリと肩を震わせて、目を泳がせながらおずおずと話し始めた。
「あ、あのですね…言わなかったのはいつも忙しい貴方の手を煩わせたくなくてで…」
…まただ。
あの夜、彼女がこっそりと僕に命を預ける決意をしていた時もそうだが、何故ここまで自らを慮らず僕を労るのか。
貴女は、闇に魅入られし者の筈なのに。
「そんな気を使わなくていいです。不当な扱いをそのままにしておくほうが心配になりますので。」
話してくれなかった理由を聞き、少しホッとしている自分がいる。
少々気持ちが軽くなったところで、話の続きに集中する。
「…で、ここ毎日化粧直しに行くたびにあの女の子達に貴方の側から離れろ、どうせ卑しい身分の者だろうとか言われてまして…」
卑しい身分の者。
ここで、僕の中の何かが弾け飛びそうになった。
人間に貴賤など本来はない。
それに僕の乳母…本当は実の母だが、は、その卑しいとされる身分の出だ。
だが、贔屓目無しに高潔な精神の持ち主だった。その故郷である砂漠の村の人々も、辛抱強く優しい人達ばかりだった。
だから僕は、彼らを守ろうとしたのだ。彼らのためになるなら、自分の立場も惜しくはなかった。
そんな人達を卑しいと呼ぶとは何と醜悪な価値観だ。
その醜い価値観を、彼女に押し付けた?
しかも集団で?
やはり見逃すべきではなかったか。
「や! 私は全然気にしてないんですけど! ずっと無視出来てましたし! でもさすがに今日は言ったんです!!」
危うくあの女性達への怒りが表に出そうになったところに、何やら想定外の展開が。
言った? 貴女が? 何を言ったのか?
「こんな影で固まってネチネチとしか物も言えないなんて貴方が一番嫌うやり方だって! 身分が卑しいという見方も地雷だから!
これがバレたら絶対に嫌われるって!! 貴女達の為になりませんよいいんですか、って!!」
彼女は真っ青になりながらそう叫び、こんなの脅しみたいじゃん…だから聞かれたくなかったのに…と憔悴し始めた。
何だ。
彼女は、自分できちんと跳ね返していた。
その言い分も至極真っ当で、申し分なくて。いっそ清々しくて。
腸を満たしていたどす黒い物はその清々しさに全て浄化され、暖かく柔らかい物に変化した。
その心地良さに驚いて、思わずくつくつと笑いが漏れた。
「…呆れましたか?」
何故だろう、彼女は少し不安げに聞いてくる。
「まさか。本当にすっきりしましたよ。」
最高の気分で答えれば、彼女は憑き物が落ちたかのように安堵した明るい笑顔を向けてくれた。
「だけどもう、僕の為になんて無理はしないでくださいね。」
これからは、そんな貴女を憔悴させたくはないので。
《鳥かご》
『鳥が空を見つめてる
青い瞳で見つめてる
風に揺れる木々の中
鳥が空を見つめてる
鳥が木々を見つめてる
緑の瞳で見つめてる
綺麗に磨いたかごの中
鳥が木々を見つめてる』
テーブルに開かれたまま置かれた絵本。
青い空の下で羽を伸ばして小枝に止まっている鳥と、美しい装飾の窓の内側から緑の木々を眺めるかごの中の鳥が、それぞれのページに対比させるかのように鮮やかに描かれていた。
僕は今、邪神の力を持つであろう少女を監視する目的で自宅に住まわせている。
かつての旅の仲間の心の中に住んでいたというが、まだそれが真実だと確認は出来ていない。
その旅の仲間も騙されている可能性があるのだ。
よって、疑惑が晴れるまでは僕の権限をフルに活用できる帝国内で直接監視をする事に決めたのだ。
その彼女は心に響く絵が好きだと、図書館から絵本を借りることも多い。これもまた、そのうちの一冊だ。
子供向けとされてはいるが、その絵はコントラストを上手に活用して描かれており、大人の鑑賞にも耐え得る作品だ。
絵の美しさに心惹かれて眺めていたが、僕にはやはり鳥かごの鳥というのは哀れなものに感じられてしまう。
思い出すのは、左遷された先の村で見た風景。
真っ白い鳥達が美しい雲の中、列を成して飛んでいる様。
まさに安らぎを象徴するような、平和を切り取った風景だった。
「この鳥も大空を羽ばたきたかったでしょうに…。」
思わず呟けば、向かいに座る彼女はきょとんとした顔で答えた。
「そうですか? どちらも幸せならいいと思いますけど?」
僕にはそれが理解出来なかった。
鳥に生まれたからには、大空を羽ばたいている事こそが幸せなのではなかろうか。
「何故ですか?」
聞けば、彼女はこう言った。
「えっと、まず飼われてる動物はもう自分で食事を見つける能力も無ければ外敵から身を守る本能も無くしているので、今更外に離されても死ぬだけですよね?」
「…なるほど、言われてみればそうですね。」
僕はほぅ、と息を吐く。
確かにそうだ。
飼い慣らされて野生の本能を失った物が野に放たれても、生きてはいられない。現在の人間から文明を奪うようなものか。
普通に暮らしていると見落としがちな発想だ。
これには素直に感心した。
「まあ、飽きたから、用が無くなったから、手に余るからと捨ててしまう人もいますけど…。」
視線を絵本に落とし、淋しげな表情で彼女は呟いた。
僕も、動物を捨てる心情は全く理解出来ない。家族として迎えたのなら、最期まで一緒にいたいとは考えないのだろうか。
思考を巡らせていると、彼女がふと顔を上げた。
「それでも、きちんと食事と水が与えられて、暖かで綺麗な家があって、大好きな人の傍なら間違いなく幸せですよ。」
そう言い切った彼女の表情は、この上なく満たされたような笑顔で溢れていた。
そう。まるで、今の監視されている生活が心から幸せだと言うように。
ふわりと窓から入ってきた風が、絵本のページを捲る。
そこにはかごから出た鳥が人の手に乗り、指に顔を擦り寄せている様子が描かれていた。
『鳥は空を愛してる
青い大空を愛してる
優しく薫る風の中
鳥は喜び羽ばたいた
鳥は人を愛してる
暖かな人を愛してる
慈しみの柔らかい指先に
鳥は安らぎ頬を寄せた』
《友情》
それは、本部外での用事が出来た為に帝都郊外の喫茶店で遅めの昼食を取っていた時の事だった。
後ろに座っていた男性客二人の会話が耳に入った。
「俺は!友達と出掛けるって!聞いてたんだ!」
「うんうん。」
「それなのに、あいつ!俺の知らない男と!手ぇ繋いで歩いてやがったんだ!」
「そりゃまずいわ。」
「手ぇ繋ぐとか!友達とはしねぇだろぉ!」
「だよなぁ。女同士ならともかくなぁ。」
…あらかじめ断っておくが、声が大きかったから聞こえてしまっただけで、断じて耳を欹てていたわけではない。
どうも片方の男性の恋人に浮気の疑いが上がったらしい。
他の男性と手を繋いでいた…か。確かにそれは辛いものがある。
そして相談をしていた男性は、遂には大泣きを始めてしまい、もう一人の男性に店を連れ出されていた。
「うああああぁぁぁぁ…俺はっ、俺は!!」
「はいはい、ちょっと早いけど今から飲みに行こうぜ。何なら奢るからさ。」
「あああぁぁ!持つべきものは親友だ!ありがとうなぁぁ!」
そうこうする間に二人の男性客は退店し、店内は元の静けさを取り戻していた。
しかし、込み入った内容を気軽に話していた事と言い、それをある程度受け流している風な素振りを見せつつも憂さが晴れるまで付き合おうという姿勢と言い、良い友人関係なのだろうな、とコーヒーを口にしつつ感心していた。
……ん? 手を繋ぐ?
ここでふと、僕は最近の自分の行動に思い当たる。
気が付けば自分から、彼女の手を取り歩く事が多い。
何故だ?
他の男性と手を繋ぐ、それが辛い?
…何故だ?
僕は真っ白になった頭でコーヒーカップから口を離し、今の僕の心のようにカップの中で揺らぐ黒をぼんやりと見つめていた。
《花咲いて》
僕達が訪れているのは、温暖湿潤な地域。
今回は、観光の目玉としたいと紹介された植物園に来ていた。特に今の時期は、ちょうど蓮の花が見頃との事。
蓮は夜明けとほぼ同時に開花が始まり、午後には花が萎んでしまうそうなので、前の日は早めに休んで次の日の早朝に備えた。
夜が明けてすぐ宿を出て、植物園内の池のほとりに辿り着く。
池はかなり大きく、地表に顔を出したばかりの太陽に照らされて水面はキラキラと輝いていた。
そして、そこには事前の説明通り、池一面を覆うように鮮やかな緑の丸い葉と、更に少し上にたくさんの薄紅の蕾が広がっていた。
その広大さに見惚れていると、あちこちからほんの微かにカサ、ポン、と音がする。
見れば、ちょうど目の前に外側だけ開いた蓮の蕾があった。
中心部はまだ開いておらず、お互いが重なり合って雄しべと雌しべを守るかのように花弁が閉じられていた。
彼女がそれを指差しながら、反対側の人差し指を立てて、そっと自分の唇に当ててみせた。
僕が頷けば、彼女も頷きかえし、視線を蕾に向ける。
そうして蕾を見つめて何分か経った頃だろうか。
この蕾、もしかして見始めた時よりも丸く膨らんでいる?
そこに気が付いた直後だった。
ポン!
目の前の蕾が、音を立てて花開いた。
丸い薄紅が一瞬で開き、間から薄黄色の雄しべと雌しべが色を添える。
その様は、艶やかでコミカルでもあるのに、敬虔にも思える清廉さで。
初めて見た瞬間に感動して思わず彼女に顔を向ければ、目が合ったと同時ににっこり咲って、胸の高さで拳をグッと握りしめてみせた。
その唐突な行動に不意を突かれ、ポン、カサ、ポン、という音の中、蓮の開花を妨げぬよう声を押し殺して咲ってしまった。
それに気を悪くしたのか、口を真一文字に結び目元を赤らめながらじっと僕の顔を見る彼女に片手を上げて謝罪の意を伝え、また二人で池の蓮に目を向ける。
こんなやり取りの間にも太陽は徐々に水面から離れていき、次々と蓮はその薄紅の花を開いていった。
ここまで日々を咲って暮らせるなど、一年前には想像もしていなかった。
また来年、こうして同じように二人で蓮の花を見に来よう。