「君と出逢って毎日が楽しいんだ。...だから、仕方ないだろう?」
学校に行く、神社でお参りしてお狐様のお掃除をする、それから帰宅。これが俺のルーティーン。家族には1人で神社に行っては行けないと散々言われているが無視している。行ってないよと嘘をつき続けているが、未だバレている気配がない。案外ちょろいもんだ。
その神社を見つけたのは....カブトムシを探しに、小さな山に入ってしまった夏の頃だ。1時間走り回って探したが、1匹も見つからず落ち込んでいたと思う。そんな時、ふいにシャラン、という鈴の音が聞こえたんだ。突然のことに驚いて振り向くと、豪華とは言えないが立派な神社が建っていたんだ。あまりにも見事だから声が出なかった。
でも、どうして近くにあるのに俺は気付かなかった?
違和感はあれど、まあいいかと自分を納得させて吸い寄せられるように歩いた。社の中は見えなくて人がいる気配がなかったけど、竹箒が置いてあったから管理人はいるのだろう。
とりあえずここまできたからには、と5円玉を入れ願う。
「カブトムシが見つかりますように!」
何故かお賽銭箱の側に大きいサイズのカブトムシがいたから神様っていたんだ!と喜んでしまった。
願い事が叶ったお礼に少しでもお返しをしようと考えて、頭が落ちていたお狐様の銅像をポケットに入っていた大きめのボンドで接着し直してみることにした。小学生の工作魂を舐めるなよ。
やりきった!....体感的に1~2時間くらい経ったと思う。昼から入りっぱなしだから、もう夕方に差し掛かっている。明日、頭が取れなければ完成だ。首が綺麗にスパンと切られていたような傷跡でよかった。くっつくのに時間がかかって頭を押さえつけるのにとても疲れてしまった。明日もまた来るね、とお狐様に挨拶をしてその日は泥のように眠った。
次の日も向かってみたら、お狐様をようく眺めていた人?がいた。管理人さんかな?と思い傍に駆け寄る。
「....ごめんなさい!勝手に直しちゃいました!」
管理人らしき人はゆっくり振り向いたが叱られると思い顔を見ることができずにいた。
『きみ、これを直したの?凄いねえ、助かったよ!どうにも戻せなくてさァ。』
返ってきた返事が予想外すぎて唖然としてしまった。咄嗟に顔を上げると、朗らかな顔で糸目の男性だった。
「え、えっと俺が、直しました。」
『そうかいそうかい!子供は遊ぶのが仕事だからなァ!』
はっはっはっと高らかに笑う姿を見て、気が抜けて座り込んでしまった。
「...ハァーよかった。怒られたらどうしようって思ってた...。」
『そんなことでわざわざ怒ったりしない。わたしは非力で何も出来なくてな。本当に助かったよ。』
「...うん。でも勝手に、その、あなたの許可無しに直しちゃったことに謝ってる。」
『律儀だなァ。わたしはここの管理人ではない。ここを守っていた奴から譲り受けただけ。』
「...管理人じゃないの!?じゃああのカブトムシは?お狐様がどうして切られていたかわかる?」
『あーあーあー、いっぺんに話すんじゃない。1つずつ話してやるからそこの石段に座れ。』
お昼ご飯を持ってきていたため、食べながら会話を楽しんだ。名前を教えられないというので勝手に愛称をつけ、(イトさん。糸目だったから)夕方に差し掛かる頃までずっとおしゃべりをしていた。だから気が緩んで家族にも秘密にしていたことを話すなんてよっぽど心を許したんだなと思った。
それから俺はイトさんと定期的に会う関係になった。大抵俺が話し手になってイトさんが聞き役になっていることが多かったけど。
「...ねえイトさん。俺、いじめられてるんだけどどうしたらいいかな。家族にも言えなくて。」
『...そうか。教師に相談は?』
「....気のせいだって、取り合ってもくれない。」
少し考える素振りをみせたあとでイトさんは、
『......ならわたしができることはない。』
と、少しだけ落ち込んでいた。
『何かできることかァ。あっこで祈るしか救いはないかもねえ。』
イトさんが指さしたのは、普段は障子で閉じられていた社の中だった。
イトさんも行こって誘ったのに『2人じゃ意味がねえよ。』
断られてしまった。恐る恐る仏壇に近付いて手を合わせる。
(いじめがやみますように。)
社から出るとあたりが暗くなってきていたためすぐに帰る準備をする。明日から新学期が始まる。
飽きずにお狐様を見ていたイトさんに帰る次第を伝えるとすごく小さな声で呟かれる。こちらを見ずに言ったため聞こえない。聞き返そうと思ったが、思っていた以上に暮れるのが早く、このままでは両親に叱られてしまう。またね!とイトさんの返事を待たずに帰宅した。
その日から何かが変だった。いじめがなくなったのは良しとするが、いじめっ子達が俺をみて強ばる表情をするようになった。日をまたいでいく事に1人、また1人と消えていく。居なくなっていることに気付いているのはいじめっ子と俺だけだ。クラスメイトの大半は居ないことが普通だと言うような、まるで、最初からいないみたいに。
ついに担任といじめっ子が全ていなくなった日、代わりの先生がやってきて授業を始めた時に教室を飛び出していた。
無我夢中で社までの階段を登る。いつになく全速力で走ったため、イトさんの姿がぼやけている。
「.....イトさん!!」
俺の呼びかけに気付いたイトさんがゆっくりと振り向いた。
そこには、
『怪異に名前を付けてはいけないと、お前のジジイに教わらなかったか?』
うっそりと笑う知らない人がいた
【岩手県〇市の山中で男の子が行方不明。捜索続く。】
次のニュースです。昨晩、山中の近くに住むご夫婦から10歳の男の子が丸1日帰ってきていないと通報がありました。両親にはカブトムシを捕まえに行くと書き置きがあったきり家には帰らなかった模様です。通っていた小学校では男の子と関わりのあった担任と複数の生徒が消えているといった事件が多発しています。これにより、警察は大規模な捜査を続けています。
次のニュースです。
嘘なんかつかなければ、そう後悔したところであいつは戻らない。
やっちゃったなぁ。
近場の公園にあるブランコに乗って呟く。昼間とは違って、誰もいない公園内は少しばかり寂しい。ゆらゆら揺れるブランコはオレの気持ちを表しているかのよう。
情けない話だが、些細なことで喧嘩が始まり家出をしてしまった。いつもは言い合いにならないのに、お互い会社でのストレスや睡眠不足も相まって激しい口論になった。毎回口喧嘩で先に謝るのはオレだけど、今日は折りたくなかった。両方負けず嫌いな性格故にヒートアップしてしまい、軽く後悔している。出てけよ、と言われなかったのが幸いだろうか。未だ眉間に皺を寄せている彼に1時間くらい頭冷やしてくると伝えたから、何かあったら連絡してくると思いたい。
そうして過去の自分達に思いを馳せながら、ぼんやりと夜空を眺めていた。ふと腕時計を確認すると、1時間を大幅に過ぎていた。慌てて携帯のロックを解除するとおびただしい数の着信があった。これだけあればわかるだろうに、過去のオレはマナーモードに設定していた。通りで気付かないわけだ。メッセージもたくさんある。今どこにいるのか、悪かった、電話してくれ、だの10数件確認できた。これはオレが悪い。再度かかってきた電話に出ると焦ったようにまくし立てられる。
「...ッオイ...今どこにいんだよ。」
「...気付かなくてごめん。近場の公園にいる。」
「......今向かうから待ってろ。」
「..わかった。ありがとう。」
プツッと無機質な音を立てながら電話が終了する。出迎えようと入口付近で立っていれば、1分もしないうちに彼が到着した。向かってきた勢いできつく抱きしめられ、ほんの少し苦しい。
何も言わない彼に声をかける。
「..なあ、今さ、星が綺麗だぞ。」
「...知ってる。」
「...多分オレ達考えてること一緒だろうからさ、喧嘩になる前に散歩に行こうよ。」
「...でも、今日は俺が悪いと思う。疲れてるのわかってて口がでちまった。本当に悪いと思ってる。」
「...わかったわかった。今日のとこはオマエが悪い。それでいいよな。」
「...うん。それと散歩も行きたい。」
「.....はいはい。日中でも夜でも行きたけりゃ行くよ。」
あーでもないこーでもないと普段の会話を思い出したかのように話しながら帰った。手を繋ぎながら、な。
その後、記念日とかを気にしないタイプの人間である彼が嬉しそうに”星空デート記念”と日記帳に書き込んだのを見たのはオレだけの秘密だ。
人は死んだら終わり。なんて誰が言い出したのだろうか。俗に言う転生漫画なんてものはフィクションでしかない、と
彼は唐突に言った。
「おいおい、それ俺に言ってるよな?」
アプリで転生漫画を読んでいた俺は彼の視線にようやく気付く。
「ん?そうだけど。俺に構ってくれないのが悪いだろ。」
子供じみた返答をされる。いい大人が何やってんだか。
「...はあ。無料分だけ読むから後は好きにしてくれ。」
「.....まじで!?やり~。」
適当に返事をすれば、目をキラキラさせながらリビングを飛び跳ねている。深夜に差し掛かっているため、これから行われる事に喜んでいるだけである。
...そうだな。別に彼との情交は嫌いじゃない。
人間という皮を脱ぎ捨て、獣に成り果てるその姿は美しいとさえ思う。
ふと目が覚めた。いつもより眠りが深い彼の頬に手を伸ばす。いつもより汗をかいたからか、肌の表面がザラついている。最中、言われたことが気がかりでずっと気になっていたからだ。生まれ変わっても一緒にいてくれ、なんて今言う事じゃないだろと思った反面、彼らしいというかなんというか。
いつか死ぬ時まで俺たちはこのままの関係でずっといたいから、そうっと近付いて囁く。
来世でも、一緒に。
起きて。そう願う声も届かず、色とりどりの花に囲まれている彼を見る。眠りに就いた姿は本物の白雪姫みたいだ。なあ、俺たちどこで出会ったんだっけ。
「ねえ、この後空いてる?」
と、お気に入りのカフェで勉強していた俺に男か女かわからない人が話しかけてきた。声的に男か。
「あっ!僕は怪しい者じゃないよ。大分前から気になってて、ようやく君を見つけて誘ったんだ。」
あまりの胡散臭さに顔を顰めていたらしい。慌てて弁明を始める彼に、何故だか面白くなって興味を持ってしまった。
だからOKを出した。
「...1時間後ならいいですよ。」
頷かれると思っていなかった彼は真剣な表情から一変して、溢れんばかりの笑顔になった。
「本当か!?ありがとう!....ところで、その...隣に座ってもいいかな...。」
幸いにも店内に居た人は少なかったが、注目の的になっている事は確かだ。彼は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら言う。俺はもう耐えられなかった。突然テーブルに突っ伏して肩を震わす俺に、隣に座った彼が心配したように覗き込んでくる。予想と違う俺の表情を見て、そんなに笑う事ないんじゃないかと文句をつけ始めた。言葉1つでコロコロと変わる表情がかわいいな、と不覚にも思ってしまった。この日以外にもたくさんの場所に出かける事になるのだが、それはまた後にしよう。胸のあたりが暖かいもので溢れて、その日から俺の世界は色付き始めたんだ。
......いつの間にかうたた寝をしていたようだ。時計を確認すると別れの時間が近付いていた。彼のそばに行き、用意していた花を顔の近くに置く。僕が死んだ時に絶対置いてよ、と言われてしまったためだ。この小さくて丸いポンポンみたいな花の名前は知らないが、きっと何かしらの意味があると思う。彼はそういう人だった。国外だけじゃなく海外にも旅行に出かけた時の思い出は、とうの昔に思い出せなくなっている。先に逝くのがあんたでよかった。俺が先だと大粒の涙を必死に堪えているのが目に浮かんでしまう。だからあんたが先で本当に良かった。あの頃に戻ったかのように囁く。
来世でも、また逢いましょうね。