「春が来たら僕は死ぬ。」
しんしんと雪が降る中、一緒に雪だるまを作っていたお兄さんは言う。死ぬという割に穏やかな顔をして言うものだからよくわからなかった。
「...もう会えないってこと?」
いやだなぁ。誰と一緒に雪だるまを作ればいいのかな。ひとりじゃあつまらないし、面白くないのに。
「うーん。君がその気になればいつでも会えるよ。」
「本当?お別れじゃないならよかった!ねえ、もっと雪だるま作ろうよ!」
あはは、わかったよという半分呆れの表情を浮かべるお兄さんを横目に雪だるま作りを再開させる。自分の小さい手ではおにぎりくらいの物で精一杯だったが、お兄さんは2倍近くの雪だるまを作っていてとてもびっくりした。
そうこうしているうちに夕方に差し掛かっていた。17時の鐘が鳴って、よし帰ろうと思ったのに遊んでいたお兄さんがいない。またね、が言いたかったな。探そうとしたけどママが迎えに来たから仕方なく家に帰った。次の日もその次の日も探しに出かけた。でも見つからなかった。諦めて違うことをするうちに段々とお兄さんの事も忘れかけていた。
あれから、成人した私は実家を出てひとり暮らしを始めた。5年前くらいに良き出会いがあって、結婚・出産が続いた。子育てが落ち着いてから実家に帰り、子育てもしつつ惰眠を貪る日々が続いた。
とある日の午後。昨日から続く吹雪がようやく止んで、よく遊んだ公園に歩けるようになった娘を連れていった。雪だるまを楽しそうに作る娘を見ながら、早朝見た夢に思いを馳せる。懐かしいなぁ、また会えるだろうか。
ふと、目の前に誰か立っていることに気付いた。慌てて娘を抱き寄せて見上げると、姿形が変わらない人が立っていた。
「あなた、だあれ?」
娘がそう聞く。
「僕は君のお母さんの友達さ。」
彼は娘に向けていた視線を私へと変える。
「ね、また会えるって言ったでしょ?」
じゃっくふろすと?はがいこくのようせいさんだし...。あなたはーーーって名前でどう?気に入ってくれるとうれしいな。
水死体。偶然、あるいは必然というか。砂浜に打ち上がった親友をやっとの思いで引き寄せる。悲しみより怒りが込み合ってくる。なあ、
3年前、何気なく見ていたニュースに親友の名前が載った。
【今をときめくイケメン俳優、2歳下の女優と熱愛か】
バカバカしい。そもそもあいつは中学生の時から告白を断り続けているやつだ。いつまでも俺に構わないで彼女作れと急かしても、聞いているのか聞いていないのかわからない態度で返事をする。大学卒業と同時にひとり暮らしを始めたが、何故かやつも入り浸りそのまま住み着いた。1LDKに男2人は狭すぎる。小言を言おうにもあいつの作る料理は美味いから文句が言えない。
気付けば20代後半に差し掛かっていた。ようやく給料が安定的になり、暮らしも随分豊かになった。あいつとはたまに電話をして軽口を叩く。いつもと違う様子に違和感を覚えたが、深堀はしなかった。同時に俺の家に上がることが少なくなった。
だから、前日のニュースを見て目を疑ったんだ。
【ーーーさんの遺書発見。現在捜索中。】
は?と思った。嘘だよな、とも。慌ててあいつの電話にかける。1コール、2コール、3コール。最後の1回でようやく繋がった。
海の音が聞こえる。先に沈黙を破ったのはあいつだった。
【...怒ってる?】
変わらない声だ。
【...今どこにいんだよ】
【...僕は君を置いて逝くつもりさ。】
もう手遅れなのか。
【...先に約束破るなって言ったのはお前だろ。】
【...覚えてたんだね。でも、君を縛り付けておくのはもうやめようと思って。】
続けて親友は言った。
【...僕の恩師がさ、死んだんだよ。他にも僕に関わった人が全員ね。それで理由になるだろ?】
あんまりだ。偶然だとしても惨い。
【だから...死ぬって?俺の運命は俺が決める。どう足掻いても無駄だったってことかよ!】
まだ...死なないでほしい。話し足りないんだ。
【そうだよ。それしかないんだ。...ところでさ!小学生の時遊んだ海覚えてる?迎えにきてほしいんだ。.....よく行った洞窟にスマホと靴を置いておくよ。最期のお願いだ。叶えてほしい。】
話はおわりだという風に話を逸らされる。そして親友の頼みに弱い俺は叶えざるを得なくなる。本当に...酷いやつだ。
【...こんな時にまで頼りにするのはひでぇな。】
【...あはは、悪い。君にしか頼めないんだ。.......じゃあ。】
俺が言う前に切られる。俺にはもう、止められない。
早朝、砂浜に打ち上がった親友を発見する。洞窟にスマホと靴を回収して親友の傍に戻る。持参したタオルで砂まみれの顔を拭いとる。砂にまみれていても綺麗な顔つきは変わりなくて、少しばかり嫉妬する。冷たくなった身体に体温を分けるように抱き寄せる。
そして、生前できなかった、口付けを交わした。
あなたは、すこやかなるときも、やめるときも、喜びの時も、悲しみの時も、一緒に生きることを、誓ってくれる?
うん、もちろんだよ。
月が綺麗ですね、と言いだしたのはいつだったか。そう告げた表情があまりにも真剣で、その時にした返事を未だ思い出せないでいる。
俺と彼の関係は友達であり、幼馴染でもある。朝晩の登下校はいつも一緒で、不思議と会話が途切れることはなかった。
だから、この関係に終止符を打つ時が来るなんて思いもしなかったんだ。
高2の夏、俺達は同じクラスになった。嬉しいという気持ちを隠して話しかけたかった。根暗な俺は彼の周りにいる人間に邪険にされることが多々ある。顔だけでなく性格も良い彼が学年問わず付き合ってほしいと告白されるのも無理は無い。同じ空間、時間を過ごしていても彼の周りにはいつも人がいた。俺には彼と違って仲が良い友人はいないしどうしてこの学校を選んだのか、思い出せない日々が続きとても苦痛だった。ぼんやりと続く今日も退屈だ。どうして俺だけが彼と話せないのだろうか。
その日の授業で「幸せとは」という題材で感想文を書きなさい、と指示がでた。大人でも唸ってしまうほどの難しい題材を高校生が書けるのか?と思ったが率直に書き始めるしか手は無い。時間内に書けなければ課題となり要らない宿題が増えてしまう。がんばろう。
意気込んだものの1文字も書けず煮詰まっていた。自分にとってなのか相手にとってなのか悩み、教師の目が光る中意識を飛ばしかけていた。
夢を見た。この時はたしか家の2階にあるベランダと彼家のベランダ同士でふざけ合っていた気がする。唐突に言い出した彼は俺の返事を待っている。
目が覚める。夢見が悪いと片付けたくなかった。授業がおわり課題を家に持ち帰って夜を待つ。
22時。電話をかける。1コール、2コール、3コール。電話にでた彼がまだ起きている事をわかっていたが少し緊張する。
「...久しぶり?」
変わらない声で安心した。
「うん、久しぶり。遅くなってごめんな。
俺さ、お前となら 」
「...ふはっ。言うのが遅すぎだバーカ。何年待ったと思っ
てんだよ。」
その日俺達の関係は1歩進んだ。相変わらず俺はあいつに話しかけられないけど前よりもずっといい。
あぁ、今、しあわせだ。