ふとした時に、泣きたくなる瞬間は、誰にだってあるでしょ?
朝起きて、フカフカの布団の中にいる時、友達と何気ない会話をしている時、ひとりぼっち夕暮れを見ながら佇んでいる時
その涙に理由(わけ)なんかないだろうし、でも実は、何か隠れていたりするのかもしれないし…
自分にすら嘘を吐く私は、今日も周りと自分に言い聞かせる。
理由、なんかないんだよ、たぶん
そんなの聞いてくるぐらいなら、
助けてよ
涙の理由
1時間寝坊した
家に定期を忘れた
就業前に突然パソコンが壊れた
イヤホンのゴムが片耳だけ無くなった
帰りの電車が1時間半、遅延していた
こんな地味な不運が続く日だってあるよね。
まさに今日なわけだけど。
人が押し詰めている電車のホームで、ただ電車を待つ。
タクシーで帰ろうにも、財布の中にはジャラジャラとギリギリ電車に乗れる硬貨しか無いし、電子マネーも先程スマホの充電が切れたから使えない。
はぁ。
まあでもさ。
きっと明日もくるから、おいでとも言ってないけどくるから、どうにかなるでしょ。
……多分、
今夜は満月でもなんでもなくて、ほっそい三日月だったけど、あの満月もこの三日月もおんなじ月だよね。
大丈夫。きっと。
きっと明日も
もし、明日世界が終わるとして
世界に一つだけ何かを残しておけます、と言われたら貴方は、何を残しておく?
人生の大半を共に過ごした家族
莫大な時間をかけて創った、物語たち
大切なあの人
何を残すのが正解なんだろう。
こんな選択は迫られたくないな。
だって、困るじゃん。
大切なものたちが多すぎて、そのどれ一つにとっても失いたくなくて。
だからさ、ごめんね。
こんな事考えなくて良くなるように、終わりは自分で決めるよ。
大切なものを失う前に。
ばいばい。
──彼女の遺書には、こう記されてあった。
少し古びた紙の匂いが、鼻の奥に詰まっていくようだ。
息が、しにくい。
世界に一つだけの温もりをくれた彼女は、
世界に一つだけの苦しみを僕に刻みつけて逝った。
『世界に一つだけ』
踊るように笑って
踊るように泣いて
踊るように怒って
踊るように微笑んで
貴方の一挙手一投足に目が離せないでいた。
親愛なる貴方の舞台が終わるなら、私は絶対スタンディングオベーションで歓声を送ろう。
そう思っていたのに。
静かな病室の中。
無機質なベッドの上に横たわる姿ごと、どこまでも広がる白に溶けてしまったようだ。
踊るように動いていた貴方は、今やその目を開けることもない。
思っていたよりも早く迎えてしまった閉幕。
まだまだクライマックスは訪れていないはずなのに。
こうも、神とは残酷なのか。
誰もいなくなった舞台上、そこに残ったのは誰も照らすことはないスポットライトのみ。
私は、そのまばゆい明かりを黙って見つめていることしかできなかった。
踊るように、貴方と毎日を過ごせたら
それだけでよかったのに。
突然だが、俺は人為的な灯が苦手だ。
夜の公園を不気味に照らす街灯、自動販売機の主張するかのようなライト、ばか眩しいネオン街…
だけど、そんな自分でも落ち着ける灯があったりする。
「………先輩、まだいたんですか…?」
俺は、いつもの場所でぼんやりしていたら、これまたいつも通りの流れで、よく世話をみてやっている後輩がやってきた。
屋上に吹きつける風が、目の前の少し茶色がかった黒髪を揺らしていた。
「ていうか、そもそもそこは自分の場所だったんですけどね。」
少し拗ねたように言いながら、俺の隣の、柵の前にやってくる。
「ごめんて、」
「あんま謝る気無いですよね……」
呆れたように呟かれ、そういえば、と話かけてきた。
「なんで、毎日業務後に屋上に来るようになったんですか?」
「んー……ここからみる街の灯が、好きなんだよね。」
街の灯り、とオウム返しをする声にこたえるように話し続ける。
「そう。街灯とか単体で見るのはなんか嫌なんだけど、こうやって上から大量の灯たちをみてると、あー、今日もどっかで誰かが生きてんだなって安心すんの。」
あの灯の下には、一人ひとりの生活がある。
「独り身だから、寂しいんじゃないですか〜?」
隣のこいつも、下のきらめきを見ながら発する。
「そうかもな〜」なんて言いながら、隣をチラリと見やる。
実は、一つだけ嘘をついた。
屋上から見る景色が好きなのは本当だけど、俺が、一番好きなのはそこじゃない。
「……………」
一番好きなのは
隣のこいつの瞳に反射している、どこまでも透き通ったきらめき、だ。
その美しい瞳に、俺だけを映してくれないかな、なんて。
安っぽいラブソングみたいなセリフを吐き出す。
この世の中の全てがきらめいて見えていたあの頃は、美しい恋、なんてものに憧れていたのに。
今ではくすんだ不毛な想いを抱くので精一杯だ。
きらめく、夜9時東京の街には受け入れられない想いを背負い込んだ俺は、輝きの傍観者になるしかないんだろうな。
「先輩、もう肌寒いんで帰りましょう。」
そう言われ、こっちを向いたため、目が合った。
きらめく瞳に映る自分は、どんな灯に照らされようと、惨めな臆病者だろうな。
俺はきらめきの影に隠れるしかなかった。
きらめき