水白

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8/3/2024, 2:48:41 PM

「……寝てますね」
「…寝てるね」
七海たちがコンビニまで飲食物を買いに行ってるうちに、ジャンケンの勝者は眠ってしまったらしい。
細い両腕に顔を預けて、無防備に幼い寝顔を晒している。

「人に買いに行かせておいて、全く」
「くーくん、昨日任務から帰ってきたの夜中だったから仕方ないよ!!」
「灰原、声が大きいです」
「アッ」
ばちんと己の口を叩いたまま椋の顔を覗く灰原だったが、相変わらずうたた寝しているのを見て、ほっと両手をおろした。

「…なんか、こんな安心して寝てるくーくんの姿見れるの、ちょっと感慨深いね!」
「出会ったばかりの頃は、馴れ合うつもりはないという笑顔を貼り付けてるぐらいでしたからね」
「馴れ合いません、って言ってたのは七海の方じゃなかった?」
「…言ってません」
「えー?そうだったかなぁ」

灰原は声のボリュームを下げながら、椋の寝具になっている机の上に、買ってきたばかりのチョコレート菓子を1粒置く。
「何やってるんです」
「こうやっておかし置いといたら、おかしが出てくる良い夢見られるかなーって思って!」
生身ならまだしも、個包装されてほぼ匂いがしない状態では脳にも匂いが届かないだろう。
そう七海は思ったが、楽しそうに菓子を並べ続ける灰原の様子に、口ではなく自身が買った飴の袋を慎重に開けた。

「あっ、七海もくーくんにおいしい夢届けてくれる?」
「いえ、来曲の目が覚めるまでに、いくつ置けるかチャレンジしようと」
「ははっ!くーくん、起きたらお菓子だらけでびっくりしちゃうね!」
二人は笑いを殺しながら、古ぼけた茶色の机をカラフルに染め始めた。

椋は、未だ気持ち良さそうに眠っている。



【目が覚めるまでに】

8/2/2024, 3:14:23 PM

「では、お大事にしてくださいね」

看護師が出ていくために開いた扉から侵入に成功した椋は、息を吸う。

「やぁやぁ、今晩大人しく病室で寝てるようにと見張り役を仰せつかった、門番の椋先生だよお!
ここでは久しぶり…なのかな?真希ちゃんぼくのこと覚えて……あれ」

演技めいて登場した椋に、胡乱な目を向け反応してくれると思っていた相手は、すでにベッドに横になっていた。
こちらを背にしているので、目どころか表情すら読めない。
「まさかもぉ寝ちゃったあ…?わけじゃないよねえ?…え、無視ぃ…?」
「……クソっ」
「えっえっ、そ、そんな開口一番罵られるほどぼくって嫌われてた…?」
メンタルには自信のある椋でも、昔から顔見知りの女の子にクソ呼ばわりされたら、さすがに動揺を隠せない。
あわあわとベッドの逆側に回って様子を伺って、そこでようやく気が付く。
ベッド横のチェストの上には、彼女のトレードマークの、眼鏡が置かれていた。

「あぁ。ぼくのこと、視えてないのか」

この世界の椋は死人だ。
曰く、幽霊みたいなもん、らしい。
眼鏡を通さないと、真希の世界には存在すらできない。

「クソ…っ」
だから、罵声の相手は椋ではなく、真希自身に向けられていたことにも気付いた。
「だめだよぉ、そんな傷口押しちゃあ。治りが悪くなっちゃうよお?」
患部に押し付ける拳を包むように止めるも、その手は認識されない。
手を抑えるためベッド横にしゃがみこんで見えた表情は、初めて知る真希の弱さだった。
いや、息のしづらいあの屋敷の中で、幼い頃の真希がこんな顔をしていたのを何度か見かけたことがあった、ような。
気丈に揺れるポニーテールが、今はあの頃のように垂れ落ちているからそう見えるのかもしれない。

「がんばったねぇ」
触れられないその片手で、頭の輪郭を触れないように撫でた。


反省タイムを終えたのか、傷口から真希の拳が離れたのを確認し、椋もベッドから離れて伸びをする。

「さぁて、真希ちゃんのプライドを守る門番さんに転職するかあ」
せめてこの病室で、この一夜だけは、安らかな休息を。
柄にもなく椋はそう思うのだった。



【病室】

8/1/2024, 2:41:01 PM

「明日、もし晴れたら」
「ん?」
「明日、もしも晴れたら、行きたいところがあるんです」

突然そう言う七海の方に顔をやると、明日の晴れ間を見るように、窓の外を眺めていた。

「一緒に行きませんか」
「ななくんからのお誘いなんて…めっずらしい…!」
「行かなくても結構ですが」
「もちろん行きたいよお!?」

「では、任務が無事終わったら」
「あとぉ晴れたら、だよねえ?」
「えぇ」

一度も目を合わせずに決まった予定に、椋は口元が緩んでしまう。
目の合わない体勢だったから、見えていたのだ。
この会話を始める前に、明日の天気予報を調べる七海の携帯電話の画面が。

明日の予報は快晴、降水確率0%である。



【明日、もし晴れたら】