「では、お大事にしてくださいね」
看護師が出ていくために開いた扉から侵入に成功した椋は、息を吸う。
「やぁやぁ、今晩大人しく病室で寝てるようにと見張り役を仰せつかった、門番の椋先生だよお!
ここでは久しぶり…なのかな?真希ちゃんぼくのこと覚えて……あれ」
演技めいて登場した椋に、胡乱な目を向け反応してくれると思っていた相手は、すでにベッドに横になっていた。
こちらを背にしているので、目どころか表情すら読めない。
「まさかもぉ寝ちゃったあ…?わけじゃないよねえ?…え、無視ぃ…?」
「……クソっ」
「えっえっ、そ、そんな開口一番罵られるほどぼくって嫌われてた…?」
メンタルには自信のある椋でも、昔から顔見知りの女の子にクソ呼ばわりされたら、さすがに動揺を隠せない。
あわあわとベッドの逆側に回って様子を伺って、そこでようやく気が付く。
ベッド横のチェストの上には、彼女のトレードマークの、眼鏡が置かれていた。
「あぁ。ぼくのこと、視えてないのか」
この世界の椋は死人だ。
曰く、幽霊みたいなもん、らしい。
眼鏡を通さないと、真希の世界には存在すらできない。
「クソ…っ」
だから、罵声の相手は椋ではなく、真希自身に向けられていたことにも気付いた。
「だめだよぉ、そんな傷口押しちゃあ。治りが悪くなっちゃうよお?」
患部に押し付ける拳を包むように止めるも、その手は認識されない。
手を抑えるためベッド横にしゃがみこんで見えた表情は、初めて知る真希の弱さだった。
いや、息のしづらいあの屋敷の中で、幼い頃の真希がこんな顔をしていたのを何度か見かけたことがあった、ような。
気丈に揺れるポニーテールが、今はあの頃のように垂れ落ちているからそう見えるのかもしれない。
「がんばったねぇ」
触れられないその片手で、頭の輪郭を触れないように撫でた。
反省タイムを終えたのか、傷口から真希の拳が離れたのを確認し、椋もベッドから離れて伸びをする。
「さぁて、真希ちゃんのプライドを守る門番さんに転職するかあ」
せめてこの病室で、この一夜だけは、安らかな休息を。
柄にもなく椋はそう思うのだった。
【病室】
8/2/2024, 3:14:23 PM