「ごめんね」
タッタッタッタ…。
どれだけ走ったのだろうか。
足が鉛の様に重い。
気持ちも重い。
理由は簡単。
好きだった“神谷”に告白したから。
だけど、振られてしまった。
『紫苑の事は友達として好きだけど…
恋愛では…“ごめんね”』
なんて言われてしまった。
分かっていた。
分かっていたけれど、伝えたかった。
気がつけば、海にたどり着いた。
嗚呼…そっか此処は始めて、神谷と出会った場所だ。
俺は暫く海辺を歩いた。
「はぁ…振られちゃったな…。分かってたけど…辛いなぁ…。だったら恋なんてしなきゃよかった…。」
そう溢しながら、靴と靴下を脱ぐ。
靴を綺麗に揃えて、ズボンの裾を上げる。
ひんやりと冷たい波が、押し寄せては引いていく。
「冷たいな…。」
今日の気温は高いはずなのに、冷たかった。
「“ごめんね”…神谷…。
こんな事したくないけど、俺はお前に幸せになってほしい。だから俺はここで諦めるよ。
俺がいると互いに、辛いだろ?だから…」
俺は神谷への気持ちを溢す。
最後まで上手く言えなかった。
涙を堪えようとした。
でも涙は意思とは反対に、勝手に溢れてしまう。
同性愛が認められていたら、どんなによかったのだろうか。
俺はそう思いながら、冷たい海の方へ歩みを進めた。
《ごめんね…。神谷。俺の分まで幸せになれよ。》
俺の気持ちは波によって消されてしまった。
半袖
(暑いなぁ。早く授業終わらないかなぁ…。)
そう思いながら、窓の外を眺める。
外を眺めていると、3年の先輩方が100m走をしていた。その中には僕が恋焦がれている“茶川遥華先輩”が混じっていた。
遥華先輩は暑いのか、半袖で授業を受けている。
いつも長袖に隠れている腕は、色白で日焼けしそうな感じの腕だ。
僕はぼんやりと眺めていると、汗だくの遥華先輩と目が合った。
遥華先輩は優しい笑顔で、手を振ってくれた。
僕の心に刺さるくらい、カッコイイ…。
かっこいい先輩は、汗だくでもかっこいい…。
月に願いを
銀歌と共に海辺を歩く。
波が俺と銀歌の足元に、寄っては引いてく。
裸足で歩くから、波の冷たさが丁度いい。
長い長い浜辺を共に歩く。
今日は満月だ。
銀歌の表情は月明かりに照らされて、より美しさを際立たせていた。
俺はその美しさに見惚れていた。
銀歌は俺の視線に気がついたのか、俺にふわりと笑いかけた。
俺は恥ずかしくなり、外方を向いた。
そんな俺が面白いのか、銀歌は俺の頭を撫でた。
「何だよ…。」
『可愛いから。』
「かわいくねーし…。」
そんな会話が続く。
暫く沈黙が続くと、銀歌は俺の目を見て言う。
『ねぇ…傑さん。《“月に願いを”すると叶う》
だから二人でお願いしよ?』
銀歌は手を合わせ、願い事をする。
俺も続けて願い事をする。
《永く…出来るだけ永く一緒にいられますように》
俺は願い事を終えると、銀歌の方を向く。
銀歌はまだ願っているみたいだ。
その横顔が美しかった。
銀歌は願い事を終えると、ゆっくり目を開けた。
その瞳には、波の煌めきが映っていた。
銀歌は何を願っていたのかは、分からない。
俺はずっと銀歌の隣に傍に居られるのならば、この身がどうなっても構わない。
だから、銀歌の“病気”が治りますように…。
降り止まない雨
今日も何時もの様に店内を掃除してから、closeからopenへ看板を変える。カウンターに入り、グラスを磨きながらお客様を待つ。
「…本日は雨が降ってますね。こういう雨の日って、気分が下がりますね…。」
私は愚痴を溢しながら、自身の髪を弄る。
「雨の日は私の髪も膨らみます…萎えますね…。」
私は溜息を吐きつつ、カクテルを確認していた。
《カランカラン…》
乾いた鈴の音が店内に響いた。
入り口を見ると、お客様が立っていた。
「いらっしゃいませ…。“狐火銀歌”様。」
狐火様は困惑していたが、カウンター席に座った。
「外は冷えたでしょう。これどうぞ。」
ホットチョコレートをお客様の前に差し出す。
狐火様は一口飲み、私の方を見て言う。
『あの…此処は何処なんですか…?私は__したはずなんですが…』
「此処は特別なBARなんです。
“現世”でもなく、“常世”でもないです。
“狭間”…とでも思ってください。」
私が簡単に説明すると、狐火様は何故か悲しそうだった。
『“僕”は…死んでいないんですか…。もう生きるのが辛くて…死のうとしたのに…。』
狐火様は涙を流していた。私は狐火様の頭を撫でた。
狐火様は声が枯れるまで泣いていた。
「落ち着きましたか。嗚呼冷めてしまいましたね。
入れ直しますね。」
『すみません…。こんな人のために…。』
私は入れ直した、ホットチョコレートを出した。
「狐火様に何があったかは分かりませんが、もう死にたいんですか?」
狐火様はコクンと頷いた。
「もし現世に戻りたくなければ、此処にいても良いですよ。“降り止まない雨”はない。そうですよね。
降り止まなくても、誰かが手を差し伸べれば良いのですよ。」
私は狐火様に手を差し伸べた。
狐火様は躊躇ったが、手を重ねた。
ピッピッピッピ…ピーー…………。
病室に静かに響いた電子音。
狐火銀歌は二度と常世に帰っては来れない。
永遠と“狭間”で生きる。
あの頃の私へ
時々同じ夢を見る。
その夢は、何もない世界で幼い私が泣いている。
私が手を伸ばして、幼い私に触れようとしても、私が触れる前に消えていく。
消えたところには、幼い私が持っていたペンダントが落ちている。
それを拾うと夢から覚める。
今日も同じ夢を見た。
やっぱり幼い私が泣いている。
私は手を伸ばそうとした。
だけど、やっぱりやめた。
どうせ伸ばしても、夢から覚めてしまう。
そう思っていると、幼い私が近づいてきて言う。
『タスケテ…モウ…イヤダ…。』
私はそっと抱きしめた。
「じゃぁ…落ち着くまで一緒にいよう。」
二人で長い長い夢から覚めずにいた。