雪を待つ
雪深い山間の町の雪見風呂が名物の小さな宿が私の家だ。家族経営の宿で父が料理長で母が女将をしていて、従業員なんていない。私は宿の手伝いをしながら通信制の高校に通っている。
ある日、父が1ぴきの白い犬を拾ってきた。山で山菜を取っていたら、気がつくと父の後ろでお座りしていたそうだ。お人好しの父は犬を可哀想に思って宿に連れて帰ってきた。犬はシロと呼ばれ、家族だけでなくお客さんにも可愛がら、宿の看板犬となっている。
冬になり雪が降り始めると駅前のホテルはスキー客や雪見みの露天風呂目当てのお客さんがたくさん訪れる。
うちの宿も冬の方がお客さんが多いが、最近はシロを目当てにやってくる人がいる。
ある常連さんはシロを撫でながら囲炉裏のそばで静かにお酒を飲む。
「優しい時間だった。」
1人で来られた女性の方は、雪道をシロの散歩に出かけ、1時間後には雪だらけになりながら笑顔で帰ってきた。
「楽しかった〜」
別の女性も1人で来られた方だった。夕食の間シロを膝に乗せていたが、食欲がないと伺っていたのに出された食事を全て食べていた。
「美味しかったです。こんなに食べたのは久しぶりです。
」
シロと接したみんなが元気になっていく。
不思議な犬。シロ。
私たち家族はシロのことが大好きだし、お客さんにも愛されいるシロ。
「シロはね。弱ってる人がわかるのね。」
母も仕事に行き詰まるとシロがそっと寄り添ってくれて、シロに励まされたと言っていた。
夏が苦手なシロだか、冬にになり雪を待つ頃には、シロに癒されたいお客さんがやって来る。
大きなホテルのような豪華な料理や雪見のできる露天風呂付きの部屋はないけれど、
疲れた心と体を癒しにうちの宿に来ませんか。特に冬、雪を待つ季節がオススメです。
イルミネーション
冬の始まりを知らせる駅前のイルミネーションが点灯した。点灯式にはたくさんの人が集まり、役所の人が作ったイルミネーションを笑顔で見つめている。
こんな田舎臭い地元が嫌いだ。
高校を卒業したら都会の大学に進学する。そして、都会の本物のイルミネーションを見るのが夢だ。
その夢がやっと叶った。大通りの街路樹に何万個ものLEDライトが取り付けられ、それが点灯すればきらびやかなイルミネーションとなる。点灯式では芸能人がカウントダウンを行い、テレビで中継されることもある。これが本物のイルミネーションだ。
やっぱり都会はいい。豪華だけれど薄暗さも持ち合わせた大人の街だ。
ずっとこの街で生活していきたい。大学生活も終わりに近づき、そろそろ就活の時期だ。
いったい何社の面接に行っただろうか。みんな同じようなスーツを着て、面接でも同じような受け答えをする。私は誰にも見つけられることなく都会に埋もれていく。
気がつくと地元に帰ってきていた。地元の駅前のイルミネーションの電球の優しい明かりが見えてくると涙が溢れた。
ここは変わらない。
「おかえり。寒かったでしょ。」
玄関を開ければそこには笑顔の母がいる。
ついこの間まであった日常がこんなにも温かいものだったなんて気がつかなかった。また涙が出た。
今は地元が好きだ。
大学を卒業して地元の小さな運送会社の事務をしている。都会ほどの刺激はないが、私の名前を呼び、私に声をかけ、私を認めてくれる仲間や友人、家族がそばにいる。
こんなにも幸せなことはない。
冬になったらみんなで駅前のイルミネーションを見に行きたい。
愛を注いで
どんなに愛を注いでもままならないものもある。
また、観葉植物を買ってきた。毎日、愛を注ぎ、声をかけながらお水をあげている。
色の少ない部屋に観葉植物の緑が映え、私以外の生きているものが存在するのがただただ嬉しい。
朝だけでなく夜もお水をあげてながら話しかけると緑が濃くなった気がする。植物も喜んでいる。
そう。
また観葉植物を買った。何個目だろうか。私の注ぐ愛は重いらしい。買ってきて1週間もすれば、どれもこれも枯れていく。
私の注ぐ愛に耐えられる植物が欲しい
なんでもないふり
仲間ってなんたろう。
クラスの人たち。部活動の友達。幼馴染。
そんな仲間の中にいると疲れることがある。ちょっとした摩擦や距離感の違いから問題は起きる。だから、いつもなんでもないふりをする。そうすれば、たいがいのことは、やり過ごすことができるから。
あいつ、弟はいつもニコニコしている。辛いことがあってもなんでもないふりしている。でも、辛い時は話して欲しい。力になってあげることもあるかもしれないから。兄弟なのだから、辛い時に一緒にいられる存在になりたい。
兄だからと言ってなんでも分かっているような口ぶりが鼻につく。兄さんはいつもポジティブに考えることができるから、僕の苦しみなんて分からない。僕はいつも孤独だ。
弟が田舎で農業を始めた。人との距離感が掴めないでいた弟にとっては良いことなのかもしれない。自分のペースで働いていればいけばいい。
俺は弟の作った優しい味のする野菜を使ってレストランをやりたい。弟に相談したら何て言うだろうか。なんでもないふりなんてさせない。いいのか。ダメなのか。の2択だ。ダメでもレストランは始めよう。いつか、弟の野菜を使える日がくることを信じて。
兄さんがレストランを始めた。僕の野菜を使ったレストランは、村の人だけでなく遠方からもお客さんがくる人気店だ。田舎暮らしでも人との距離感が掴めなかったが、兄さんのレストランを通して他の農家さんとの繋がりでき、農業の方法を学ぶことができた。兄さんが僕と田舎を人を繋げてくれた。
田舎での暮らしでいろいろな仲間ができた。自治会の仲間、近所の人、店の常連さん、野菜農家さん。そして弟。みんなかけがえのない仲間だ。
辛い時は兄さんに、そして仲間に相談して生きて行けるようになりたい。
なんでもないふりはおしまいだ。
手を繋いで
母さんへ
手紙を書くように子供たちに言われたので書きます。
誕生日おめでとう。
私の今一番の楽しみは、孫と手を繋いで公園まで行くことだな。
昔は仕事人間で家庭なんてかえりみず、子供たちのことは母さんに任せっきりだった。それを悪いと思ったことはなかった。
それでも子供たちは優しい大人となり、結婚して孫を授かった。
こんな偏屈な爺さんにとっても孫はかけがえのないもの。孫に「じぃじ」と呼ばれたらにっこり笑って「なんだい」と答えてしまうくらいには可愛いものだ。
この穏やかな時間があるのは、文句も言わず1人で子育てをしてくれた母さんのおかげだ。母さんには感謝しても仕切れない。
ありがとう。
これからも元気で仲良くやっていこう。
父さんより