部屋の片隅で
ももちゃんが居ない。昨日までケージの中でくるくると回っていたのに居なくなっている。探さないと。
ももちゃんはペットのハムスターだ。ケージから外に出すとすぐにコンセントのコードを齧りたがるため、1人出すことはなく、体も小さいため家具のすき間に入る込まれると探すのが大変だ。ケージの扉を閉めるのを忘れたのだろうか。ももちゃんが脱走した。
「ももちゃん〜。出でおいで〜。おやつがあるよ〜。ももちゃん〜。」
テレビの後ろやカーテンの下、こたつの掛け布団の中などももちゃんが入り込みそうなところを探したが見つからない。どうしょう。本当にコンセントを齧れば、停電するかもしれないし、ももちゃんが感電することも考えられる。早く探さないと。どこにいるのよ、ももちゃん。
日曜日を1日潰して探したが見つからない。部屋から出て天井裏にでもいるのだろうか。今日の捜索は一旦中止だ。
ケージの中の飲み水とご飯を変えて、寝床を整え、ももちゃんがいつケージに戻ってきてもいいようにケージの扉も開けておく。
このまま見つからなかったらどうしよう。私の不注意でケージの扉が開いていたから、ももちゃんはケージから出てしまった。などなど負の感情ばかりが浮かんでくる。ももちゃん。ごめんね。早く戻ってきてよ。
考えていても仕方がないので、もう寝ようと電気を消した。電気を消して少しすると部屋の片隅で、ゴソゴソと小さな音がする。慌てて電気をつけるが、そこにはももちゃんは居ない。電気をつけたタイミングで隠れてしまうようだ。
何とかしてももちゃんをおびき寄せないと。部屋の隅にヒマワリの種を置き電気を消した。
ゴソゴソ。
ゆっくり、ゆっくり、起き上がり電気をつける。いた!ももちゃん!
呑気にヒマワリの種を両手で持ち、頬をモゴモゴさせているももちゃんが、つぶらな瞳で私を見ていた。
咄嗟に手を伸ばせばももちゃんが動くよりも早く捕まえることができた。
ももちゃんをケージに戻せば、水を飲み始めた。喉乾いていたのね。
ももちゃんが居なくてずっと心配で寂しかったけれど、ももちゃんもお腹がすき、喉が渇き大変な思いをしていたのだ。
ちょっとした冒険だったのかもしれない。
逆さま
クラスの中で僕だけが逆上がりができない。何度か挑戦してみたが、上まで上がることができなかった。
昨日、帰りの会で先生が来週に逆上がりのテストをすると言っていた。合格する自信がない僕は、お父さんに練習に付き合って欲しいとお願いした。
何度も地面を蹴るが、クルッと回ることができずにいた。お父さんに背中をちょっとだけ押してもらうとできるのに自分たけだはできない。でも、僕も1人で逆上がりができるようになって、クラスのみんなが見ている逆さまの世界を見てみたい。
それから毎日、公園の鉄棒で逆上がりの練習をした。お父さんが言うには、足を強くけること。友達のタケル君のアドバイスは、強く鉄棒を引くこと。どっちもやっているのにできない。手にまめができて痛いしもう辞めようかな。
「頑張れ。だいぶ蹴るタイミングと引き手のタイミングが合ってきたぞ。いい感じだぞ。」
お父さんの言うように、時々、体がフワリと浮くことがある。あと少しなのかもしれない。もう少し頑張ってみよう。
いち、にい、さん。
足を強く蹴って、手で鉄棒を思いっきり引っ張って体を浮かせれば、クルンと体が回り逆さまの世界が見えた。
「やったー。できたぞ。」
1人で見る逆さまの世界キラキラしているように見えた。テストも頑張ろう。
眠れないほど
ある商品の開発のために何ヶ月も前から会議を重ね、やっとプレゼンができるまでに仕上がった。明日は社長や取締役などの上司の前で本番のプレゼンをやることになっている。
「私がプレゼンをしていいんですか?チカ先輩の方が分かりやすいと思います」
「何を言ってるのよ。分かりやすいって、同じ文章を読むから変わらないでしょ。」
「でも、でも、どうしょう。緊張してきました。」
明日が本番だと思うと足が震えてくるし、お腹が痛くなりそうだ。本番に弱い私。
これじゃあ、今日は眠れそうにない。
本番前はしっかり休んだほうがいいとチカ先輩が言っていたが、無理だ。緊張する。
本番当日。やっぱり朝まで眠れなかった。目の下の隈がひどいし、顔色も悪いためいつもより念入りにに化粧をしておく。
会議室に入りプレゼンの準備を始めるか、緊張がピークとなりトイレに駆け込む。
トイレから戻ってくるとチカ先輩に呼び止められた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。そうだ、チームみんなで円陣を組もう。主任〜。円陣組みますよ〜。」
先輩の掛け声に合わせてチームのみんなが集まり、円陣を組んでいく。円陣の掛け声は主任がやってくれるそうだ。
「よっしゃあ〜。いくぞ〜。」
「「「オーーー。」」」
なんか軽い掛け声であったが、気が抜けたら体に入っていた変な力も抜けた。さあ、プレゼンを始めよう。
プレゼンは思いのほか順調に進んでいた。壇上から上司たちの反応をみると割といいように思える。あと少し。
ゴロゴロ!
外は雨だったようで雷の閃光が見え、一瞬だけ停電となった。
「ちょっと停電したみたいだけれど大丈夫そうですね。プレゼンを続けましよう?とうしましたか。」
進行役の部長に促されたが、私はすでにパニック状態だった。どうしょう。どこまで読んだ。どうしょう。どうしょう…。もういっそ夢だったら良かったのに現実はそう甘くない。泣きだしてしまいそうになった時、チカ先輩の声が聞こえた
「太陽光による…」
ぱっと顔を上げるとチカ先輩と目が合い、慌てて原稿にを見る。太陽光…、どこ、どこよ。あった!
チカ先輩が読み上げてくれた場所からプレゼンを再開することができた。
「お疲れさま。プレゼン良かったよ〜」
「先輩、ありがとうございます。チカ先輩のおかげで失敗せずに終わることができました。」
プレゼンが終わった安堵感もあり、チカ先輩に抱きつくと涙が溢れ出てきた。
「何事も経験だからね。」
主任のお言葉で我に帰り、チカ先輩から離れた。チカ先輩はニコニコして私の頭をなでてくれた。
プレゼンはいろいろご指摘をいただき、もう一度検討することになった。この次も私がプレゼンをすることになっている。
この次は先輩の手を借りずにやることが目標だ。
さよならは言わないで
どうして?
私たちはここで終わるのに挨拶もなしなんて寂しいでしょ。
「また会えるか」なんてあり得ないわよ。
私たちの関係はここまでで終わり、そう言う約束だったわよね。
あなたとの関係から足が付くのは困るわ。
だから終わりにしたいの。ただそれだけ。
あなたが私をどう思っているかなんて知らないし、関係ない。私は怪盗だから。
欲しい物を手に入ればそれで終わり。
今回のことは感謝しているわ。だつて、あなたのおかげで防御システムを破壊することができたのだから。そうでなければ、あの宝石に近づくこともできなかっはずよ。
話し過ぎたわね。本当にこれで「さようなら」しましょう。刑事さん。
さようなら。
光と闇の狭間で
父さんが古道具屋で古いタンスを買ってきた。そのタンスを見て母さんは呆れていたが、私も父さんと同じで凄く気になるタンスだった。父さんの部屋に置かれたタンスの引き出しを開けると中には、ちりめんのウサギが置かれていた。そのウサギは片方の目が取れ、両方の耳が破れ中の綿が出ていて、余りにも可愛そうだった。
ちりめんウサギを自分の部屋に持ち帰り、取れてしまった目に同じようなボタンをつけ、耳も縫いなおした。
その日の夜、ちりめんウサギの夢を見た。そうだこれは夢だ。
「私の顔をなおしてくれてありがとう。私は光と闇の狭間で未来の番人をしている者だ。」
未来の番人?
あのちりめんのウサギだ。面白い夢。
「人の未来は魂の行き先できまる。魂が光の世界に行けば、その人の人生は成功に彩られ、闇の世界に行けば、息をするのも苦しいほどの暗く辛い人生となる。
狭間の世界は人の未来を降り分ける世界で、その降り分けをしているのが私たち番人だ。」
光の世界と闇の世界なんで聞いたことがない。やっぱり夢だ。
「光と闇の世界だけでなく、他にも世界はある。年中風が吹き時代の先端を生きる人となる風の世界、雨が多くジメジメとした森の世界などたくさんの世界がある。しかし、1番幸せなのは光の世界だ。お前には特別に光の世界に行くチケットをやろう。」
どうして?
「私をあの狭く暗い場所から私を救い出してくれたからさ。そのお礼だ。そのチケットがあれば光の世界行きの列車に乗れる。光の世界は幸せが約束されている世界だ。」
でも光の世界に行ったら、ここでの生活ができなくなるの?私は父さんと母さんとここで暮らしたい。
「それぞれの世界に行くのは魂だけ。生活は何も変わらない。ただ、魂が光の世界に行けば、生活も豊かになり、やること全てが成功するのさ。お前も光の世界を望むだろう。」
私たち家族は決して裕福ではないけれど、笑い声の絶えない母さんと気弱だけど優しい父さんがいる穏やかな家庭だ。自然溢れるこの村でこのまま生活していきたい。
「私の本当の未来の世界はどこですか?」
「本当の世界?あー。お前は自然と共に生きる土の世界だよ。土の世界で畑を耕し生きていく。そんな世界さ。さあどうする。」
会社を辞めて就農した父さんを手伝い、高校を卒業してからさまざまな野菜を作り出荷している。これかもそんな生活が続く。
「光の世界には行きません。私はこのままで幸せです。」
「そうか。お前が決めたことだ構わないよ。ただ、1つだけ約束をしょう。自分の選択したことを後悔をしないように生きなさい。破れば全てを失うことになる。気をつけなさい。」
そこで目が覚めた。ちりめんウサギとなんか話した気がするがあまり覚えていないけど、なんかリアルな夢だった。
それからも、なぜかちりめんウサギは私の側にあった。結婚して子供が産まれ、夫も作物を作っていたのでそれを手伝う私と一緒に生活しているようであった。
その年は例年になく長雨が続き、雨が終われば暑い夏となった。作物は育ちが悪くほとんどダメになってしまった。夫はいつもイライラして私や子供にあたることが増え喧嘩ばかりだ。
「お前!あのウサギの言う光の世界とやらに行け!そうすれば金持ちになれるだろ。」
私がちりめんウサギの招待を断ってしまったことが間違いだったのか。
でもあれは夢だ。でもでも、あの時もし光の世界に行くと言えば、私たちの生活は違っていたのだろうか。
急に辺りが暗くなり、目の前にちりめんウサギが立っていた。
「お前は後悔しているのか。あの時の選択を変えたいか。」
後悔…。
父さんと母さんとの穏やかな生活。今は喧嘩ばかりだけど、働き者の夫との結婚、そして出産。子供との優しい生活。お金では買えな物ばかりだ。これから生活が苦しくても仲良く楽しく生きていければいい。
「後悔していません。私は私の人生を私の足で歩いています。これからもそれは変わりません。」
「そうか。ならば良い。何か正しいかなどないのだから。」
それから夫とは離婚を決めた。今は私が畑を耕し作物も作っている。裕福ではないけど近所の農家さんに助けてもらいながら子供と2人楽しく生活している。
狭間の世界の番人ってなんだろう?今でもよく分からないけれど、私はこれからも自分で選択しで生きていく。ただそれだけ。