逆さま
クラスの中で僕だけが逆上がりができない。何度か挑戦してみたが、上まで上がることができなかった。
昨日、帰りの会で先生が来週に逆上がりのテストをすると言っていた。合格する自信がない僕は、お父さんに練習に付き合って欲しいとお願いした。
何度も地面を蹴るが、クルッと回ることができずにいた。お父さんに背中をちょっとだけ押してもらうとできるのに自分たけだはできない。でも、僕も1人で逆上がりができるようになって、クラスのみんなが見ている逆さまの世界を見てみたい。
それから毎日、公園の鉄棒で逆上がりの練習をした。お父さんが言うには、足を強くけること。友達のタケル君のアドバイスは、強く鉄棒を引くこと。どっちもやっているのにできない。手にまめができて痛いしもう辞めようかな。
「頑張れ。だいぶ蹴るタイミングと引き手のタイミングが合ってきたぞ。いい感じだぞ。」
お父さんの言うように、時々、体がフワリと浮くことがある。あと少しなのかもしれない。もう少し頑張ってみよう。
いち、にい、さん。
足を強く蹴って、手で鉄棒を思いっきり引っ張って体を浮かせれば、クルンと体が回り逆さまの世界が見えた。
「やったー。できたぞ。」
1人で見る逆さまの世界キラキラしているように見えた。テストも頑張ろう。
眠れないほど
ある商品の開発のために何ヶ月も前から会議を重ね、やっとプレゼンができるまでに仕上がった。明日は社長や取締役などの上司の前で本番のプレゼンをやることになっている。
「私がプレゼンをしていいんですか?チカ先輩の方が分かりやすいと思います」
「何を言ってるのよ。分かりやすいって、同じ文章を読むから変わらないでしょ。」
「でも、でも、どうしょう。緊張してきました。」
明日が本番だと思うと足が震えてくるし、お腹が痛くなりそうだ。本番に弱い私。
これじゃあ、今日は眠れそうにない。
本番前はしっかり休んだほうがいいとチカ先輩が言っていたが、無理だ。緊張する。
本番当日。やっぱり朝まで眠れなかった。目の下の隈がひどいし、顔色も悪いためいつもより念入りにに化粧をしておく。
会議室に入りプレゼンの準備を始めるか、緊張がピークとなりトイレに駆け込む。
トイレから戻ってくるとチカ先輩に呼び止められた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。そうだ、チームみんなで円陣を組もう。主任〜。円陣組みますよ〜。」
先輩の掛け声に合わせてチームのみんなが集まり、円陣を組んでいく。円陣の掛け声は主任がやってくれるそうだ。
「よっしゃあ〜。いくぞ〜。」
「「「オーーー。」」」
なんか軽い掛け声であったが、気が抜けたら体に入っていた変な力も抜けた。さあ、プレゼンを始めよう。
プレゼンは思いのほか順調に進んでいた。壇上から上司たちの反応をみると割といいように思える。あと少し。
ゴロゴロ!
外は雨だったようで雷の閃光が見え、一瞬だけ停電となった。
「ちょっと停電したみたいだけれど大丈夫そうですね。プレゼンを続けましよう?とうしましたか。」
進行役の部長に促されたが、私はすでにパニック状態だった。どうしょう。どこまで読んだ。どうしょう。どうしょう…。もういっそ夢だったら良かったのに現実はそう甘くない。泣きだしてしまいそうになった時、チカ先輩の声が聞こえた
「太陽光による…」
ぱっと顔を上げるとチカ先輩と目が合い、慌てて原稿にを見る。太陽光…、どこ、どこよ。あった!
チカ先輩が読み上げてくれた場所からプレゼンを再開することができた。
「お疲れさま。プレゼン良かったよ〜」
「先輩、ありがとうございます。チカ先輩のおかげで失敗せずに終わることができました。」
プレゼンが終わった安堵感もあり、チカ先輩に抱きつくと涙が溢れ出てきた。
「何事も経験だからね。」
主任のお言葉で我に帰り、チカ先輩から離れた。チカ先輩はニコニコして私の頭をなでてくれた。
プレゼンはいろいろご指摘をいただき、もう一度検討することになった。この次も私がプレゼンをすることになっている。
この次は先輩の手を借りずにやることが目標だ。
さよならは言わないで
どうして?
私たちはここで終わるのに挨拶もなしなんて寂しいでしょ。
「また会えるか」なんてあり得ないわよ。
私たちの関係はここまでで終わり、そう言う約束だったわよね。
あなたとの関係から足が付くのは困るわ。
だから終わりにしたいの。ただそれだけ。
あなたが私をどう思っているかなんて知らないし、関係ない。私は怪盗だから。
欲しい物を手に入ればそれで終わり。
今回のことは感謝しているわ。だつて、あなたのおかげで防御システムを破壊することができたのだから。そうでなければ、あの宝石に近づくこともできなかっはずよ。
話し過ぎたわね。本当にこれで「さようなら」しましょう。刑事さん。
さようなら。
光と闇の狭間で
父さんが古道具屋で古いタンスを買ってきた。そのタンスを見て母さんは呆れていたが、私も父さんと同じで凄く気になるタンスだった。父さんの部屋に置かれたタンスの引き出しを開けると中には、ちりめんのウサギが置かれていた。そのウサギは片方の目が取れ、両方の耳が破れ中の綿が出ていて、余りにも可愛そうだった。
ちりめんウサギを自分の部屋に持ち帰り、取れてしまった目に同じようなボタンをつけ、耳も縫いなおした。
その日の夜、ちりめんウサギの夢を見た。そうだこれは夢だ。
「私の顔をなおしてくれてありがとう。私は光と闇の狭間で未来の番人をしている者だ。」
未来の番人?
あのちりめんのウサギだ。面白い夢。
「人の未来は魂の行き先できまる。魂が光の世界に行けば、その人の人生は成功に彩られ、闇の世界に行けば、息をするのも苦しいほどの暗く辛い人生となる。
狭間の世界は人の未来を降り分ける世界で、その降り分けをしているのが私たち番人だ。」
光の世界と闇の世界なんで聞いたことがない。やっぱり夢だ。
「光と闇の世界だけでなく、他にも世界はある。年中風が吹き時代の先端を生きる人となる風の世界、雨が多くジメジメとした森の世界などたくさんの世界がある。しかし、1番幸せなのは光の世界だ。お前には特別に光の世界に行くチケットをやろう。」
どうして?
「私をあの狭く暗い場所から私を救い出してくれたからさ。そのお礼だ。そのチケットがあれば光の世界行きの列車に乗れる。光の世界は幸せが約束されている世界だ。」
でも光の世界に行ったら、ここでの生活ができなくなるの?私は父さんと母さんとここで暮らしたい。
「それぞれの世界に行くのは魂だけ。生活は何も変わらない。ただ、魂が光の世界に行けば、生活も豊かになり、やること全てが成功するのさ。お前も光の世界を望むだろう。」
私たち家族は決して裕福ではないけれど、笑い声の絶えない母さんと気弱だけど優しい父さんがいる穏やかな家庭だ。自然溢れるこの村でこのまま生活していきたい。
「私の本当の未来の世界はどこですか?」
「本当の世界?あー。お前は自然と共に生きる土の世界だよ。土の世界で畑を耕し生きていく。そんな世界さ。さあどうする。」
会社を辞めて就農した父さんを手伝い、高校を卒業してからさまざまな野菜を作り出荷している。これかもそんな生活が続く。
「光の世界には行きません。私はこのままで幸せです。」
「そうか。お前が決めたことだ構わないよ。ただ、1つだけ約束をしょう。自分の選択したことを後悔をしないように生きなさい。破れば全てを失うことになる。気をつけなさい。」
そこで目が覚めた。ちりめんウサギとなんか話した気がするがあまり覚えていないけど、なんかリアルな夢だった。
それからも、なぜかちりめんウサギは私の側にあった。結婚して子供が産まれ、夫も作物を作っていたのでそれを手伝う私と一緒に生活しているようであった。
その年は例年になく長雨が続き、雨が終われば暑い夏となった。作物は育ちが悪くほとんどダメになってしまった。夫はいつもイライラして私や子供にあたることが増え喧嘩ばかりだ。
「お前!あのウサギの言う光の世界とやらに行け!そうすれば金持ちになれるだろ。」
私がちりめんウサギの招待を断ってしまったことが間違いだったのか。
でもあれは夢だ。でもでも、あの時もし光の世界に行くと言えば、私たちの生活は違っていたのだろうか。
急に辺りが暗くなり、目の前にちりめんウサギが立っていた。
「お前は後悔しているのか。あの時の選択を変えたいか。」
後悔…。
父さんと母さんとの穏やかな生活。今は喧嘩ばかりだけど、働き者の夫との結婚、そして出産。子供との優しい生活。お金では買えな物ばかりだ。これから生活が苦しくても仲良く楽しく生きていければいい。
「後悔していません。私は私の人生を私の足で歩いています。これからもそれは変わりません。」
「そうか。ならば良い。何か正しいかなどないのだから。」
それから夫とは離婚を決めた。今は私が畑を耕し作物も作っている。裕福ではないけど近所の農家さんに助けてもらいながら子供と2人楽しく生活している。
狭間の世界の番人ってなんだろう?今でもよく分からないけれど、私はこれからも自分で選択しで生きていく。ただそれだけ。
距離
どこの中学校でも冬になるとマラソン大会がある。走るのが苦手だった私にとっては1年のうちで1番嫌いなイベントだ。
長い距離を走れば、苦しいし疲れるし寒いし良いことなんで1つもない。毎年、予備日も含めて雨にならないかと1週間まえから天気予報を気にしていたが、カラッと晴れ、マラソン大会はいつも開催される。毎年辛くても、休むこともできずにマラソン大会に出ていた。
そんな私は、高校生になると偶然、本当に偶然マラソン大会のない学校に入学した。
マラソンがないからと喜んでいた9月、強行遠足なるものがあると知った。
強行遠足って何?
先生たちの説明によると1年生は半日、2年生は1日、3年生は1晩中歩くらしい。強行遠足に参加するためにこの学校を選ぶ生徒もいるらしく、学校の名物行事だ。
1年の時はわけも分からず、友達と話しながら楽しく歩くことができた。まあこのくらいなら大丈夫か。
2年の時は自分との戦いだった。去年の強行遠足は楽しかったのに時間が長くなり、距離が伸びた分、歩けば歩くほど疲労がたまり、足が上がらなくなる。最後は意地で歩いた。
3年は高校生活最後の強行遠足だ。去年、半日完走できなかった私は何としても朝まで歩いて学校に戻って来たかった。
朝9時に学校を出発。始めは1年の時と同じように友達と歩いていたが、口数は少なくみんな真剣だ。だんだん自分のペースとなっていくため、2年の時と同じように1人で歩くことになる。
秋とはいえ、日が登り切りお昼近くなると日差しが強くなり、ますます体力が奪われていく。沿道では恒例行事を見ようと集まる近所の人たちや父兄の姿があり、飲み物や食べ物を配ってくれる。沿道の人の応援を力に変えて、1歩1歩進んで行く。
午後から山道となり峠を越えて学校を目指すこととなるが、峠では今までの疲労が足にのしかかり、足が重く坂道が壁のように見える。自分の息づかいと足元のアスファルトしかない時間だ。
峠を越えれば平坦な道が学校まで続くが、もう辺りは真っ暗だ。少ない街灯と首から下げているライトだけが道を照らしている。でも、私の前にも後ろにも同じような光がいくつも見える。みんな歩いているのだ。私も頑張らないと。
徐々に辺りが明るくなってきた。朝9時までには学校に戻らないと完走にはならない。
制限時間も近づき、学校の正門までもう少しのところで、先にゴール友達が迎えに来てくれた。友達の顔を見たら、足が痛いこと、坂道が苦しかったこと、でも応援がうれしかったこと、いろいろなことが思い出され急に涙が溢れ出した。おえおえ泣きなが友達と肩を組みゴールし、マラソン嫌いな私の高校での強行遠足は終わった。
もうあんなに長い距離を歩くことはないだろう。