巡り会えたなら
この雄大な景色を見るためにここまでやってきた。この景色に巡り会うために私は旅を続けけてきたんだ。やっとやっとたどり着くことができた私だけの最終目的地。
大学を中退、仕事にも満足に付かず、アルバイト暮らしを続け、両親にも迷惑をかけてきた。でもでも私大満足だ。
幼稚園のころ動物園で見たゴリラ。黒くて大きくて怖かった。その中でもひときわ体の大きいなゴリラがいて、このゴリラがボスなんだと子供の私にも理解できた。
ゴリラはのっしのっしと歩き回り、ドカッと群れの真ん中に座った。そしてその大きな背中は銀色に輝いていた。
「カッコイイ〜。」
幼稚園児の心の叫び。イヤ、ゴリラの背中に恋した幼稚園児の誕生だ。
それからは動物園を巡り、ゴリラを見て回る生活だったが、しだいに動物園のゴリラでは物足りなくなってくる。野生のマウンテンゴリラ、それもシルバーバックにを見てみたい。本当の野生のゴリラに会うことはとてつもなく大変なことだ。
たしかに、東アフリカの国立公園あたりに行けば野生に近いシルバーバックに会えるかもしれない。でも、それは人慣れされたゴリラだ。
私は本当の野生のゴリラに会いたかった。
探して、探して、巡り会えたならどんなに幸せなことか。
私の旅は始まった。来る日も来る日も泥濘んたジャングルのなかを探し続けたが、なかなかゴリラたちに会うことは叶わなかった。でも、諦めることはできない。
前に進もう。
現地の人もコーディネーターの人もレンジャーも苦笑いを浮かべながら手伝ってくれる。
そして。やっと。
雄大なジャングル中にひっそりといるゴリラの群れを見つけた。さっそく辺りを見回すがボスらしきゴリラはいない。え!いないの。なんで?
その時、大きな木の上から1匹のゴリラがするすると降りてきて、木の根元に背中を向けてドカッと座った。
シルバーバックだ…
やっとやっと会えた嬉しさで声も出さずに泣いてしまった。それから1時間ほどゴリラたちと過ごすしたが、この時間は私にとってかけながえのないのもとなった。
日本に帰ったら、久しぶりに動物園のゴリラ巡りをしよう!
奇跡をもう一度
奇跡なんて起こらないから奇跡なのに、続けてもう一回なんて奇跡中の奇跡だ。
そんな奇跡に出会ったことがある。
小学生の頃の私は、ちっとぽっちゃりしていて運動が大嫌いだった。運動神経がなく、球技もダメ、走ってもダメ。泳ぐのも無理、何をやってもダメだった。
そんな時、鉄棒の逆上がりのテストがあると言われ、途方に暮れてしまった。
本当に困ってお父さんに相談するとお父さんは「毎日練習しょう」といい、毎朝、公園で逆上がりの練習に付き合ってくれた。
逆上がりのコツは、足を大きく蹴ること。
体を鉄棒に引き寄せ、おヘソを見るように丸くなるなどかある。毎日、毎日、鉄棒をつかみ地面を蹴って逆上がりの練習をした。練習を始めて2週間ぐらい経つた頃、強く蹴った勢いのままに体がクルッと鉄棒を回った。
「できた〜!」
嬉しさのあまりお父さんに抱きつき、「ヤッター。ヤッター。」と飛びはねていた。
お父さんも「良かったなぁ。よくやった。」と一緒に喜んでくれたのに姉は「奇跡じゃん」とゲームをやりながら言った。
奇跡でも何でも逆上がりができたことには変わりがないが、本番までに何回もできるようになりたい。
逆上がりのテスト当日。
朝からドキドキして落ち着かず、お腹が痛くなったり、吐き気がしたりずっと調子が悪かった。それでも順番はやってくる。
大きく深呼吸をして、奇跡でもいいからもう一度だけ逆上がりができますようにと祈りながら鉄棒につかまる。
結局、逆上がりはできなかった。
やっぱり奇跡だったのだ。そして奇跡なんて何回もないから奇跡なんだ。
次の日に担任の先生に呼び出された。
「昨日は逆上がり頑張りましたね。先生ね。あなたが毎日、逆上がりの練習をしているのを知っているよ。一回だげ、逆上がりができたことも知っています。テストでは逆上がりはできなかったけれど、毎日練習を頑張ったね。素晴らしいです。だからね、テストは合格にします。」
え!テスト合格!
逆上がりのテスト合格だって。
「本当ですか。ありがとうございます。」
先生にお礼を言って職員室を出た。
なんだか嬉しくってスキップしたいくらいだ。奇跡って本当に起こるんだ。びっくりだよ。でも、どうして先生は私が朝に練習しているのを知っていたのだろうか。
まあ、いいか。
奇跡は起こる。
何年かして、先生に私が逆上がりの練習をしていることを言ったのは姉である事が分かった。一回だけ逆上がりができた時に、「奇跡」とか言ってバカにしているようだったが、姉として心配していたように思う。本当は優しいお姉ちゃんなのに、素直ではないところは大人になってもちっとも変わらない。
あの逆上がり合格は奇跡だったか分からないが、私が練習を始めこと。いつもは三日坊主なのに毎朝逆上がりの練習をしたこと。面倒ぐさがりなお父さんが毎日付き合ってくれたかと。姉が先生に知らせたこと。あれやこれやが積み重なり奇跡が起きた。でも、自分で頑張ったから奇跡が起こせたのだと思う。
奇跡を起こした自分を褒めたい。かな。
たそがれて
恋が終わった。私たちにとって遠距離恋愛は無理だったのかもしれない。いや、違うかな。遠距離でなくてもこの恋は終わっていたと思う。
「何、たそがれてるのよ。」
お昼休みの時間に会社の屋上で景色を眺めていた私に声をかけてきたのは、友人で同僚の貴子ちゃんだった。
「え?たそがれてないよ。」
「そう」
私の座るベンチに腰掛けながら、貴子ちゃんは私にホットコーヒーのコップを渡してきた。
「ありがとう。でも、苦いのはダメだからコーヒーは飲めないや。」
「ココアだよ。」
ホットココアと聞いただけで涙が出てきた。両手から感じる温かい熱だけで心までホッとするし、これを飲んだら涙が止まらなくなりそうだ。
「う〜。あ り がとう」
鼻水を啜りながらお礼を言うが上手く声にならなかった。
「いいよ。いつでも話しくらいなら聞くからさ。話しなよね。話したほうがスッキリするかもよ。」
またまた涙と鼻水がドバっと出た。貴子ちゃんが「あ〜あ〜」って言いながら涙をハンカチで優しく拭き取ってくれる。貴子ちゃんに話しを聞いてもらおう。私の初恋の、そして失恋の話しだ。
夕方から会社の近くの小さな居酒屋に陣取り、私は貴子ちゃんに私と彼氏の出会いから遠距離になるまでのいろいろを話した。
「へぇ〜高校から付き合ってたの。」
「うん。でも遠距離恋愛。けっこう頑張ったけとなぁ〜。」
「でも、浮気されたと。」
ビールを煽りながら貴子ちゃんが酷いことを言う。
「そうそう。いつも会えないから悪いって意味分かんない。遠距離恋なんだからしょうがないでしょ。」
浮気と聞いてももう涙は出なかった。
「やな男だねぇ。」
へ?頭の少し上から第三者の声がしたので、2人して顔を上げると居酒屋の女将さんだった。
「盗み聞きみたいでごめんなさい。でも、そんな男を振って正解。まだ若いし次の恋を探しなさいな。」
人好きのする笑顔で言われると遠距離恋愛なんでバカバカしくなってきた。
「ありがとうございます。ああ〜。どっかにいい男いないかなぁ。」
「いい男って。あんたねぇ〜。」
貴子ちゃんと笑い合う。貴子ちゃんに話して良かった。なんか吹っ切れそうだ。
「いい男ねぇ。う〜ん。私、息子が3人いるけど、そうねぇ。一番下はまだ高校生だからダメだけど、上2人はお姉さんたちと年が近そう。そっちのお姉さんは彼氏いないの? いないなら、お姉さんたち美人だし息子どう?」
あれから5年。
私は居酒屋さんの長男と結婚し居酒屋を手伝っている。貴子ちゃんは去年、あの時に高校生だった義弟と結婚したので、私たちは義理姉妹となり今も友達だ。
きっと明日も
僕は今日も空を見上げる。
そして、君がいる異国の地へと続く青い空をきっと明日も見上げる。
僕たちは3年間同じ水泳部で過ごした仲間。僕はバタフライ、君は平泳ぎが専門だったけど、僕たちはライバルで親友だった。リレー種目で出場した高校最後のインターハイは惜しくも優勝を逃したが、僕の中では最高のレースができたと思っている。辛いこともあったが、君がいつも隣にいてくれたことが心強く、僕に力をくれた。
あれから2年が経ち、僕は大学でも水泳を続けている。隣にいた君は、「もっと高みを目指す」と言ってオーストラリアに高校卒業後すぐに飛び立った。
君の目指す高みを隣から見ることはもう叶わないけれど、プールサイドから見上げる空は距離は離れていても、同じ青い空。
いつも空を見上げて行きたい。
静寂に包まれた部屋
学校の文化祭まであと2週間。そろそろ自分たちのクラスの出し物を決める時期だ。
「えー。次に出し物についてですが、今年は何をやるのか意見がある人はいますか」
学級委員長が夕方のホームルームで司会を進めながら文化祭の出し物についての話し合いがされていた。
文化祭での出し物として人気があるのは、
カフェなどの飲食系。お化け屋敷。作品の展示。演劇。バンド活動。ダンス。ゲームなどの体験系などがある。
隣のクラスと被るのはイヤだし、超大作なことをする時間もない。
「何か意見はありますか?」
なかなか進まない議事に委員長の声にも苛立たちが見え始めていた。
「演劇はどうてすか?今年で高校生活も終わるし、記念になることがしたい。」
「えー。出来ないよ。」
「青春って感じ〜。」
「恥ずかしいよ〜。」
「いいじゃん。思い出作りしようよ」
あちらこちらから賛成や反対の声が上がりホームルームは、収集がつかない状態となっていた。
ダン!
委員長が黒板の前の教卓を両手で叩いた。
「静かにして貰っていいですか。私たちは話し合いをしています。意見があるなら、まず挙手をする。はい。水野さん。」
「演劇でいいんじゃない。実際に役者?やるのは数人であとは衣装とかセットとか音楽とか、それぞれ得意なもの作ればみんなでやれるしさ、面白いそうだよ。」
「そうだな。俺、セットとか作るならやってもいいぜ。」
「なんの劇やんの。」
「衣装は布から選びたいよね。ねえ、裁縫得意。一緒にやろうよ。」
一瞬引いた波は再び収集がつかない状態になっていたが、どうやら文化祭の出し物は演劇できまりそうだった。
「では、出し物は演劇とします。このあとは演目をきめてから役割分担を決めていきます。それぞれ立候補して下さい。」
それから2週間は怒濤のように過ぎ去っていった。誰もが休み時間も昼休みも放課後も、そして休日も返上して演劇の練習に取り組んでいた。
そして文化祭当日。
「ああ、緊張する。」
「私が演劇やってもいいって言ったから、みんなに大変ことばかりさせてゴメンね」
「水野さんせいじゃあないよ。大丈夫だよ。あんなに練習したから」
「そうだよ。みんなで作ったセットに衣装、音楽もすごい完成度だし、楽しかった〜。」
「今度は役者の水野さんたちの番。楽しんできて。」
クラスメートに送り出され、教室の中に作られた舞台にあがる。狭い教室の中では舞台と客席が近く、お客さんの顔が見える距離だ。舞台の幕が開く少し前の静寂に包まれた部屋の空気が、一気にに熱をおび開演へと動き出していく。
クラスメートたちは控え室となっている隣のクラスで円陣を組む。
「成功させるぞ!」
「おお!」