たそがれて
恋が終わった。私たちにとって遠距離恋愛は無理だったのかもしれない。いや、違うかな。遠距離でなくてもこの恋は終わっていたと思う。
「何、たそがれてるのよ。」
お昼休みの時間に会社の屋上で景色を眺めていた私に声をかけてきたのは、友人で同僚の貴子ちゃんだった。
「え?たそがれてないよ。」
「そう」
私の座るベンチに腰掛けながら、貴子ちゃんは私にホットコーヒーのコップを渡してきた。
「ありがとう。でも、苦いのはダメだからコーヒーは飲めないや。」
「ココアだよ。」
ホットココアと聞いただけで涙が出てきた。両手から感じる温かい熱だけで心までホッとするし、これを飲んだら涙が止まらなくなりそうだ。
「う〜。あ り がとう」
鼻水を啜りながらお礼を言うが上手く声にならなかった。
「いいよ。いつでも話しくらいなら聞くからさ。話しなよね。話したほうがスッキリするかもよ。」
またまた涙と鼻水がドバっと出た。貴子ちゃんが「あ〜あ〜」って言いながら涙をハンカチで優しく拭き取ってくれる。貴子ちゃんに話しを聞いてもらおう。私の初恋の、そして失恋の話しだ。
夕方から会社の近くの小さな居酒屋に陣取り、私は貴子ちゃんに私と彼氏の出会いから遠距離になるまでのいろいろを話した。
「へぇ〜高校から付き合ってたの。」
「うん。でも遠距離恋愛。けっこう頑張ったけとなぁ〜。」
「でも、浮気されたと。」
ビールを煽りながら貴子ちゃんが酷いことを言う。
「そうそう。いつも会えないから悪いって意味分かんない。遠距離恋なんだからしょうがないでしょ。」
浮気と聞いてももう涙は出なかった。
「やな男だねぇ。」
へ?頭の少し上から第三者の声がしたので、2人して顔を上げると居酒屋の女将さんだった。
「盗み聞きみたいでごめんなさい。でも、そんな男を振って正解。まだ若いし次の恋を探しなさいな。」
人好きのする笑顔で言われると遠距離恋愛なんでバカバカしくなってきた。
「ありがとうございます。ああ〜。どっかにいい男いないかなぁ。」
「いい男って。あんたねぇ〜。」
貴子ちゃんと笑い合う。貴子ちゃんに話して良かった。なんか吹っ切れそうだ。
「いい男ねぇ。う〜ん。私、息子が3人いるけど、そうねぇ。一番下はまだ高校生だからダメだけど、上2人はお姉さんたちと年が近そう。そっちのお姉さんは彼氏いないの? いないなら、お姉さんたち美人だし息子どう?」
あれから5年。
私は居酒屋さんの長男と結婚し居酒屋を手伝っている。貴子ちゃんは去年、あの時に高校生だった義弟と結婚したので、私たちは義理姉妹となり今も友達だ。
きっと明日も
僕は今日も空を見上げる。
そして、君がいる異国の地へと続く青い空をきっと明日も見上げる。
僕たちは3年間同じ水泳部で過ごした仲間。僕はバタフライ、君は平泳ぎが専門だったけど、僕たちはライバルで親友だった。リレー種目で出場した高校最後のインターハイは惜しくも優勝を逃したが、僕の中では最高のレースができたと思っている。辛いこともあったが、君がいつも隣にいてくれたことが心強く、僕に力をくれた。
あれから2年が経ち、僕は大学でも水泳を続けている。隣にいた君は、「もっと高みを目指す」と言ってオーストラリアに高校卒業後すぐに飛び立った。
君の目指す高みを隣から見ることはもう叶わないけれど、プールサイドから見上げる空は距離は離れていても、同じ青い空。
いつも空を見上げて行きたい。
静寂に包まれた部屋
学校の文化祭まであと2週間。そろそろ自分たちのクラスの出し物を決める時期だ。
「えー。次に出し物についてですが、今年は何をやるのか意見がある人はいますか」
学級委員長が夕方のホームルームで司会を進めながら文化祭の出し物についての話し合いがされていた。
文化祭での出し物として人気があるのは、
カフェなどの飲食系。お化け屋敷。作品の展示。演劇。バンド活動。ダンス。ゲームなどの体験系などがある。
隣のクラスと被るのはイヤだし、超大作なことをする時間もない。
「何か意見はありますか?」
なかなか進まない議事に委員長の声にも苛立たちが見え始めていた。
「演劇はどうてすか?今年で高校生活も終わるし、記念になることがしたい。」
「えー。出来ないよ。」
「青春って感じ〜。」
「恥ずかしいよ〜。」
「いいじゃん。思い出作りしようよ」
あちらこちらから賛成や反対の声が上がりホームルームは、収集がつかない状態となっていた。
ダン!
委員長が黒板の前の教卓を両手で叩いた。
「静かにして貰っていいですか。私たちは話し合いをしています。意見があるなら、まず挙手をする。はい。水野さん。」
「演劇でいいんじゃない。実際に役者?やるのは数人であとは衣装とかセットとか音楽とか、それぞれ得意なもの作ればみんなでやれるしさ、面白いそうだよ。」
「そうだな。俺、セットとか作るならやってもいいぜ。」
「なんの劇やんの。」
「衣装は布から選びたいよね。ねえ、裁縫得意。一緒にやろうよ。」
一瞬引いた波は再び収集がつかない状態になっていたが、どうやら文化祭の出し物は演劇できまりそうだった。
「では、出し物は演劇とします。このあとは演目をきめてから役割分担を決めていきます。それぞれ立候補して下さい。」
それから2週間は怒濤のように過ぎ去っていった。誰もが休み時間も昼休みも放課後も、そして休日も返上して演劇の練習に取り組んでいた。
そして文化祭当日。
「ああ、緊張する。」
「私が演劇やってもいいって言ったから、みんなに大変ことばかりさせてゴメンね」
「水野さんせいじゃあないよ。大丈夫だよ。あんなに練習したから」
「そうだよ。みんなで作ったセットに衣装、音楽もすごい完成度だし、楽しかった〜。」
「今度は役者の水野さんたちの番。楽しんできて。」
クラスメートに送り出され、教室の中に作られた舞台にあがる。狭い教室の中では舞台と客席が近く、お客さんの顔が見える距離だ。舞台の幕が開く少し前の静寂に包まれた部屋の空気が、一気にに熱をおび開演へと動き出していく。
クラスメートたちは控え室となっている隣のクラスで円陣を組む。
「成功させるぞ!」
「おお!」
別れ際
太陽のような笑顔を浮かべてアイツは別れ際に言った。
「次に会う時も勝つのは私だ。」
負けるなんて1ミリも思っていない、なんて自信に溢れた顔だろう。
くそっ。
アイツの強さは僕が一番良く知っている。
だって僕がアイツにチェスを教えたのだから。今は立場が逆転してアイツが世界チャンピオンだ。今の僕では歯が立たないかもしれない。でも、僕たちはどちらもグランドマスターになることを目指して試合をいている。勝負は、今日の勝ち負けではなく、どちらが先にグランドマスターになるかだ。
そして、売られた喧嘩は買いにいくのが僕のスタイルだ。あんなキラキラした笑顔で来られたら、なんか見下されているようで腹が立つ。次は絶対に勝つ!
チェスは神々のゲーム。無限の可能性がある。
僕にも勝つチャンスもグランドマスターになるチャンスだってある。アイツにも分からせてやるさ。
勝負はこれからだ。
通り雨
柴犬のゴン太と夕方から散歩に出た。家を出たときは雨は降っていなかったが、、ゴン太と公園を回っての帰り道、雨が降りだした。
通り雨だ。
慌てて小さなカフェの軒先に逃げ込む。犬の散歩途中だからお金も持っていないためカフェの中には入れない。軒先に立ちながら空を見上げる。
「ゴン太〜。雨やむかな。」
ワン。ワン。
ゴン太も困り顔だ。
「あの。〇〇駅はどこですかね」
急に声をかけられて驚いたが、隣には同じように雨宿りをしていたお婆さんがいた。
駅の道を説明していると雨がやみ、日が差してきた。お婆さんとは挨拶をしてそこで別れる。
「さあゴン太!帰ろうか」
私とゴン太が歩き始めると、5分ほどでまた雨が降り始めた。通り雨は繰り返すと言うが本当だ。また、近くの郵便局の軒下に駆け込む。
「あの。〇〇駅はどこですかね」
へぇ?
また同じお婆さんに声をかけられた。どういうこと?違うお婆さんだったかな。
また駅までの道を説明しなからも不思議で仕方がなかった。雨がやみ家への道を走り出す。ゴン太はお婆さんに吠えなかった。やっぱり、さっき会ったお婆さんだったのかな?
また雨が降り出すまでには家に着きたかったが、強い雨が降ってきたためコンビニの軒下に避難した。あの角を曲がれは家なのについていない。
「あの。〇〇駅はどこですかねえ」
もう振り向くことはできなかった。雨が降っているのも構わず、ゴン太のリードを握りしめて走る。
慌てて玄関のドアを開け母親を呼ぶ。
「お母さん!」
「なあに。びしょ濡れじゃあない。しっかり拭かないと風邪ひくわよ」
母は喪服だった。
「お葬式?」
「隣組の〇〇さんのお婆ちゃんが亡くなったんですって。なんでも、〇〇駅まで息子さんの家族を迎えに行く途中に車にはねられたらしのいよ」
嘘でしょ。
あのお婆さんのことではないよね、でも、何度も駅までの道を聞かれた。亡くなっ人に会ったてこと。
「あんた顔色が悪いわよ。雨で風邪ひいたんじゃない。早くお風呂入りなさい。」
私は幽霊と話したのか。そんなことある?
ても、一緒に駅まで行かなくて良かった。実は、2回目にお婆さんに会った時、「駅まで一緒に行きましょうか」と声をかけていたが、歩き出そうとしてもゴン太が動かず、お婆さんだけで行ってしまったのだ。あのまま一緒に行っていたら、私たちは帰ってこれたたろうか。
ゴン太は、あのお婆さんが幽霊だと分かっていたのかもしれない。ゴン太がいてくれて良かった。
ザァーと降っていた通り雨がやみ雲の隙間から太陽の光が照り始めていた。