秋
「春子お姉ちゃん!なんで!」
私たちは4人姉妹で私は三番目。一番上の姉は春子。二番目は夏子。私が秋子。妹が冬子。田舎の村長の娘だ。
春子姉ちゃんは優しくてしっかり者。
夏子姉ちゃんは男まさりで泣き虫。
私は平凡。
冬子はちょっと病弱だけど美人さん。
性格はそれぞれ違うが仲良し四姉妹だ。
春子姉ちゃんの婚約が決まった日、夏子姉ちゃんが庭師の勝男くんと駆け落ちした。
自分も誰かと婚約させられる思ったのだろうか。お父さんはたいそう怒って、夏子姉ちゃんたちを探すため山狩りを始めた。
秋の夜の山に松明があちこちで照らされて、紅葉の赤が鮮やかに浮かび上がっている。
「2人見つかるかな」
「冬子。寒くなるから布団に入りなさい」
三人で縁側に立って松明の明かりをいつまでも眺めていた。
夏子姉ちゃんは見つからなった。ただ、勝男くんだけが山の橋から滑落していて亡くなっていた。夏子姉ちゃんも一緒に落ちてしまったのだろうか。不思議とそれほど悲しくない。なんだか現実だとは思えない。
隣で冬子の泣き声を聞きながら、泣き虫だった夏子姉ちゃんが思いだされ胸が苦しかった。
春子姉ちゃんの婚約は延期された。夏子姉ちゃんが亡くなったことが関係しているのかもしれない。
それでも再び、春子姉ちゃんの婚約の日取りが決まった。赤い振り袖が部屋に掛けられている。
今日は冬子が街の病院に診察に行くため、お付きの花を伴って出かけていったが、夕方になっても冬子たちが帰って来ない。
お父さんが街までタクシーで探しに行ったが2人とも見つからない。大人たちは、2人は神隠しにあったに違いないと噂している。本当だろうか。でも冬子がいなくなってしまったのは事実だった。
春子姉ちゃんの婚約が延期になった。冬子が神隠しにあったのだから仕方がない。
でも、3ヶ月もすればまた婚約の話しが持ち上がる。村長と言ってもお父さんには権力はない。権力や威厳が大好きなお父さんにとっては、春子姉ちゃんが代議士さんと結婚することは大事な大事なことらしい。
夕方、部屋で本を読んでいるとすまを叩く音がして春子姉ちゃんがふすまをから顔を覗かせた。
「どうしたの?春子姉ちゃん。」
「秋子。ちょっと散歩に行かない?」
「今から。いいけど。」
四人姉妹は2人になってしまった。春子姉ちゃんも私も寂しさは隠せない。
庭を抜け、畑や田んぼの横を通り、どんどん山に入って行く。
山道の先まで来たがその先は崖だ。
「春子姉ちゃん危ないよ!こっちに来て」
「ねえ、あなたが飛び降りて」
「春子姉ちゃん!なんで!」
「私。結婚するのいやなのよ。あんなに年の多い人と結婚なんてしたくないの。わかるでしょ。」
「だったらお父さんに言えばいいよ。」
「無理なの知ってるでしょ。」
春子姉ちゃんが私の手首を強く掴む。
「痛いよ。私が死んでも結婚は変わらないかもしれない。」
「それは大丈夫よ。四姉妹のうち3人が死んだり、いなくなってしまえば、相手は世間体を気にする人たちたがらすぐに婚約しないって言ってくるわ。私は権力もお金も興味はないのよ。さあ、おしゃべりはおしまい。飛び降りなさい。」
春子姉ちゃんが私の背中を強く押した。
きゃあ〜。
幸い私は、崖のすぐ下の松の木に引っかかり、行方不明の私を探しに来た村の人に発見された。擦り傷は何か所もあったが生き残ることができた。
今は村から離れ、遠い親戚の家にお世話になっている。あのあと、春子姉ちゃんがどうなったかは知らない。
ただ、秋になると松明に照らされた紅葉の赤が頭からはなれなくなる。
窓から見える景色
成田空港を出て約13時間。やっとニューヨークのラガーディア空港に到着した。到着ロビーを出たところでイエローキャブに乗りマンハッタンを目指す。
マンハッタンに入るとイエローキャブの窓から見える景色は、おもちゃ箱をひっくり返したように華やかだった。
エンパイアーステートビル。
自由の女神。
タイムズスクエア。
そして、アメリカのミュージカルやダンスの中心地であるブロードウェイ。
どこを見てもきらびやかでワクワクが止まらない。目が離せない。
今、一番人気のミュージカルは誰もが知る名作だ。空飛ぶ絨毯に乗った2人やランプの精の本場の歌を一度は聞いてみたい。
あー。楽しみだな。ミュージカルたくさん見に行きたい。美味しいものも食べたい。
ニューヨークを満喫したい。
必ず最終オーディションに合格しないと。もし合格できれば日本人である私でもブロードウェイの舞台に立たせてもらえる。
私ならできる。
私の解釈のブラックスワンを踊る。
私は黒い羽のブラックスワンだ!
形のないもの
私はさっき病気で亡くなった。死ぬと全てが無になると聞いていたがどうも違うらしい。今の私は自分の体から魂が抜け、誰からも見えていない状態だ。ちょうど自分が横になっている姿を上から見ているところで、私のベッドの周りには、妻や子供たちが集まって泣いていた。私も家族と離れることは悲しいが、私が死んだことを思って妻たちが泣いてくれたことは少しだけ嬉しく思う。
病院で着物に着替えさせてもらい、霊柩車で家に帰るのは私の体。魂の私はいつまで体の私のあとをついて行くのだろう。
お通夜が始まる。明日になればお葬式で体が火葬され、私は魂だけの形のないものになってしまう。その後はどうなるのだろう。魂に意思があるのか。何か心残りがあるのか。無になるのか。自分のことなのに分からない。
人が集まって来た。懐かしい顔も見えるが、魂だけの私には誰も気づけない。
おや?
孫の陽向だ。陽向は2ヶ月前に生まれた初孫だか、まだ会ったことはない。
『陽向。じいじだよ。会いたかったよ』
もちろん、陽向にも私の声も聞こえないし、姿も見えない。それでも陽向の前で声をかける。そうか。私は心残りがあった。まだ見たことのない初孫に一目でいいから会いたかったのだ。だからここまで来た。会えて良かった。もう思い残すことはない。魂の私は失くなってしまった体が軽くなるような気がした。そして天へ昇って行く。さよなら。みんな。元気でな。
「ア〜」『クゥ〜』
「あら〜、陽向ちゃんご機嫌ねぇ。嬉しそうねぇ。生後2ヶ月の赤ちゃんは目もはっきり見えないけど、おじいちゃんが見えたのかしらね。」
ジャングルジム
あのね、お母さん。今日は湊くんと追いかけっこをして遊んだよ。湊くんは走るのが早いから、いつも逃げられちゃうけど、今日は捕まえることができたよ。エヘヘ、僕頑張ったよ。
ジャングルジムの一番上に立ってお空を見上げると一番早くに光るお星さまが見える。あれが僕のお母さんのお星さま。
僕は来年から一年生になるから、ここに毎日は会いに来れないかもしれないけど、「お星さまはいつも僕を見ていてくれる」
とお父さんが言っていたから寂しくはないよ。いつもありがとう。僕は元気だよ。お母さんは元気?
「おーい。律〜。帰るぞ〜」
あ!お父さんだ。お父さんが迎えに来たから帰るね。また来るよ。お母さん。
ジャングルジムを降りてお父さんのところまで走って行き、お父さんと手を繋ぎ歩き出す。お父さんの手は大きいな。お母さんの手はもうちょっと小さかったかな。覚えてないや。
もう一度空を見上げる。やっぱり、お空のお星さまは光っているけど、ジャングルジムの上より遠くなったかな。
だから、僕はジャングルジムの上に登るのが好き。
声が聞こえる
この古道具屋を始める少し前から、物の声が聞こえるようになった。物の気持ちが分かるとか、会話ができるとかそんな大層なことではない。時々、本当に時々、言葉が流れてくるように物の声が聞こえる。それを怖いと思ったことはない。ただ聞こえるだけで、良いことや悪いことがあるけではない。
長く使ってくれてありがとう。
手放さないで。
幸せだったよ。
また会おう。
置いていかないで。
感謝の声や別れを惜しむ声、泣き声に笑い声、再会を望む声、時には恨みの声もあるが、どれも物と使っていた人たちの思い出が奏でる声た。そして、物と人の歴史が終わる時に物がたどり着く、ここはそんな古道具屋。
今日も古めの万年筆がやってきた。
『僕はまだ使える。使える。使える。』
すっと声が聞こえる。小さな声で泣きながら呪文を唱えているようだ。長く使われ、存在し続ける物は付喪神になるらしいが、これでは妖怪になりかねない。周りに置かれた物たちも少し気にしているようだ。
こんな時こそ、店主である私の出番だ。
まずはお手入れをしよう。外見が綺麗になれば、気持ちが少しでも穏やかになれる。人も物も同じだ。それに、この古道具屋にたどり着いたのだから捨てられたのではない。捨てるとはゴミ箱にポイすることだ。万年筆を持って来たお婆さんも手放すのが寂しそうだった。
さあ、お手入れ開始だ。
まずは、万年筆のペン先を水に一晩浸す。
ペン先からインクが抜けたら、きちんと水分を乾いた布で拭き取りる。ペン先を本体に戻し、万年筆全体も乾拭きして出来上がりだ。お手入れしながら、『大丈夫。大丈夫。まだ使えるよ。次の人にも長く使ってもらいたいねぇ』なんて思いながら作業を進める。
そして、店の日当たりがよいショーケースに万年筆を置く。長く置くと日焼けしてしまうが、始めはポカポカして気持ちがいいはずだ。
カランカラン。
「いらっしゃいませ!」
「万年筆ありますか?」
さあ、君の出番だよ。