たやは

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声が聞こえる

この古道具屋を始める少し前から、物の声が聞こえるようになった。物の気持ちが分かるとか、会話ができるとかそんな大層なことではない。時々、本当に時々、言葉が流れてくるように物の声が聞こえる。それを怖いと思ったことはない。ただ聞こえるだけで、良いことや悪いことがあるけではない。

長く使ってくれてありがとう。
手放さないで。
幸せだったよ。
また会おう。
置いていかないで。

感謝の声や別れを惜しむ声、泣き声に笑い声、再会を望む声、時には恨みの声もあるが、どれも物と使っていた人たちの思い出が奏でる声た。そして、物と人の歴史が終わる時に物がたどり着く、ここはそんな古道具屋。

今日も古めの万年筆がやってきた。

『僕はまだ使える。使える。使える。』

すっと声が聞こえる。小さな声で泣きながら呪文を唱えているようだ。長く使われ、存在し続ける物は付喪神になるらしいが、これでは妖怪になりかねない。周りに置かれた物たちも少し気にしているようだ。

こんな時こそ、店主である私の出番だ。
まずはお手入れをしよう。外見が綺麗になれば、気持ちが少しでも穏やかになれる。人も物も同じだ。それに、この古道具屋にたどり着いたのだから捨てられたのではない。捨てるとはゴミ箱にポイすることだ。万年筆を持って来たお婆さんも手放すのが寂しそうだった。

さあ、お手入れ開始だ。

まずは、万年筆のペン先を水に一晩浸す。
ペン先からインクが抜けたら、きちんと水分を乾いた布で拭き取りる。ペン先を本体に戻し、万年筆全体も乾拭きして出来上がりだ。お手入れしながら、『大丈夫。大丈夫。まだ使えるよ。次の人にも長く使ってもらいたいねぇ』なんて思いながら作業を進める。
そして、店の日当たりがよいショーケースに万年筆を置く。長く置くと日焼けしてしまうが、始めはポカポカして気持ちがいいはずだ。

カランカラン。

「いらっしゃいませ!」

「万年筆ありますか?」

さあ、君の出番だよ。

9/22/2024, 7:55:36 PM