本気の恋
走る。走る。走る。
捕まったら殺される。逃げなきゃ。
私と八十吉さんは手に手をとって冬の夜道を走りだす。手足が凍えるように冷たく、上手く力が入らないが立ち止まるわけにはいかない。遊郭からの足抜けは重罪だ。
でも、あなたがいれは大丈夫。このまま命が尽きたとしてもあなたと一緒ならどんなことがあっても大丈夫。
だから手を離さないで。
これは最初で最後の本気の恋だから。
「足抜けだー!」
たしかに、お前は花魁を務めるくらいのいい女だ。それでも、お前を身請けするには店を潰すほどの金がかかる。親から受け継いた店を潰すわけにはいかないし、お前と心中なんてできるわけがない。まだ死にたくない。
遊郭からの足抜けは重罪だ。
だから、手を振り払う。
お前が勝手に足抜けして池に落ちた。
ただそれだけた。俺には関係ない。
カレンダー
仕事に疲れた。上司は自分のミスも部下に押し付ける。同僚は自分の仕事が終れば、さっさと帰る。私たちはチームで仕事をしているはず、私には助けを求めるのにその他は知らん顔。こんな理不尽な仕事やってられない。
なぜ家事は私だけがやるのか。夫は家事を一切やらないくせに子供の成績には口を出してくる。やれ塾に入れろ、お前の教育が悪い。お前やれと毎日思う。
そんな時は、テニスの熱いレジェンドの日めくりカレンダーをめくってみる。
カレンダーをめくれば、だいたいのことはどうでも良くなる。そんなに深刻に考えなくてもいいと思えてくる。
やっぱりレジェンドは偉大だ。
喪失感
子供たちが大学を卒業した。
小さい頃はお兄ちゃんも妹の花菜も私の後ろを付いて回っていたのに、反抗期には話しかけてもろくに返事もしなくて本当に手がかかった。
毎日お弁当を作り、朝は子供たちを起こして朝ごはんを食べさせ、お弁当を持たせて送り出す。そのあと自分も仕事に向かい、帰ってきたら夕食を作り、片付け、明日の準備をしてからやっと休む。そんな生活を20 年以上続けて来た。今までは本当に子供中心の生活だった。
そんな生活がやっと終わった。
これからは夫婦2人の時間が持てる。夫婦で食事や旅行に行ったり、私は趣味のパッチワーク出大作を作りたい。
ワクワクして楽しみだ。そんなふうにに思っていた。
それなのに妹の花菜が家を出て一人暮らしの生活を始めて1週間が経った頃から、なんだか落ち付かず、家に1人でいると喪失感で押しつぶされそうだった。
自分の時間、夫婦の時間ができると思っていたのに、子供たちの存在がかけがえのないものであったと思い知らされた。
でも、子供たちには子供たちの人生がある。母親である私がそれを歪めてしまう訳にはいかない。ずっと子供たちのための生きてきたのだから、これからも子供たちの応援団でいたい。
そして、子供たちが私を必要とした時に全力で手助けが出来るように心構えと体力は作っておかなければならない。
まだ喪失感からは抜け出せないが少しずつ
埋めて行きたいと思っている。
世界に1つだけ
君に始めて会ったのは僕が大学3年で君が2年の時だ。同じサークルに所属する仲間として知り合い、君の笑顔や仕草に惹かれていくのに時間はかからなかった。僕から「付き合って欲しい」とお願いした時、君ははにかみながら小さく頷いた。
あれから5年、僕たちも結婚し子供が1人いる。可愛くて可愛く仕方がない娘だ。
このままの幸せがずっと続くと思っていたのに神様は本当に意地悪をする。
君は調子が悪そうだった。息が辛そうで、顔色も悪く、食事がのどを通らないようで日に日に痩せていく。「大丈夫か」と聞けば、いつもの笑顔で「大丈夫」と返す君をどうして僕は早く病院に連れていかなかったのだろう。
いまさらだ。
悔しくて、悔しくてたまらない。
病院に着いたとき、医者は「あと半年てす」と言った。君はあと半年でいなくなってしまう。
入院してから本当に食事ができなくなり点滴となった。呼吸ができなくなり人工呼吸器をつけた。それでも意識が朦朧とする中で君はいつもと同じ笑みをたたえたていた。
君が旅だった。
晴れた日に青い青い空へと登っていった。
小さな箱となった君。
寂ししい。悔しい。どんな言葉でも表し切れないほど、辛くて苦しい。君も僕と娘を残して旅立つことが悔しかったたろう。
タンスの中に君からの手紙を見つけた。
僕と娘への愛が溢れ、僕たちの幸せな未来を願う手紙だった。
僕たちも君を「愛しています。」
世界にひとつだけの、僕たちから君に贈る大切な大切な言葉。
これからもずっと君に贈り続けよう。
胸の鼓動
私はエイリアンだ。つまり人類でなく地球外生命体ということだ。
でも、両親が地球に越して来てから生まれたので地球生まれということになる。なんなら地球以外は知らないし、人類として普通に生きている。
でも私はエイリアンた。
私はパリでを1人で旅していた時にパリコレのモデル募集に応募した。もちろん合格はしなかったが、そこで仲間に会った。
彼も人類に紛れ混んていたが、同類は見分けが付くのか私に3度も声をかけてきた。
彼に進められるままにオーディション会場に行ったが、どの会場でも自分がエイリアンであることに気づかれるのではないかと胸の鼓動が聞こえてくるほどドキドキしっぱなしだった。
なぜ、エイリアンでることを隠さなければならないのか?
人類は未知なるものを相容れないものとして排除しようとすることがある。それは暴力的だったり、社会的だったり、精神的だつたりする。
私はそれが怖い。
私にモデルとしての実力がなかったのはもちろんだか、こんな状態では合格などできるはずもない。目立ちたくなければモデルなんてやらなければいいと何度も思ったことがある。でも、私にはエイリアンとしての自覚はない。むしろ人類として生まれた時から生きているのだから人類だと思っている。やりたいことをやってみたいだけだった。
てもあの時、エイリアンの彼に会ったことで、自分の正体が気づかれる恐怖心が強くなってしまった。怖い。
これからどうやって生きていこう。誰にも会わず、1人家に篭って息を殺すように生きていくしかないのだろうか。
あのエイリアンの彼は輝いていた。自分に自信があり、強い意志を持っているように感じた。あんなふうに生きてみたい。人類とかエイリアンとか関係なく、自分のやりたいことをやって自分の価値を見つけていきたい。
「あの人たちは見る目がないわね。あなたなら受かると思った。」
彼の言う通りなら、私だってパリコレモデルとしてランウェイを歩くことができる。
私の弱い心を信じるのではなく、あの光り輝く彼を信じてみるのも悪くない。
まだ頑張れる。まずは、ほどほどに頑張ってみよう。
きっと上手くいく。