届かないのに
マグカップ
ずっとずっと、片思い。
そんな事、
初めから分かってたのに。
たまの休日。
一人、街を彷徨い、
孤独な心を誤魔化すように、
飛び込んだカフェ。
虚ろな気持ちを隠して、
カフェラテなんか注文して。
充実した休日を、演出してみる。
マグカップの上には、
カフェラテに描かれた、
今の俺には、余りに似合わない、
ハート柄のラテアート。
見なかった振りをして、
褐色の湖面に浮かぶ、
恋の象徴を崩すように、
カフェラテを口にする。
マグカップの、
少し柔らかい口触り。
エスプレッソの鋭い苦みと、
フォームミルクの偽善な柔らかさが、
俺の心を掻き乱す。
今頃、先輩は、
華奢なティーカップに淹れられた、
香り高い真紅の紅茶を手に、
恋人と語り合って居るんだろう。
口触りも繊細な、
ティーカップとは違って、
マグカップは無骨だけど。
孤独に震える俺の心を、
そっと受け止めてくれる。
そんな気がして。
静かにマグカップを、
両の手で包み込む。
マグカップ越しに伝わる温もりが、
傷付いた俺の心を、
ほんの少しだけ、
癒やしてくれた気がした。
君だけのメロディ
君は笑っていた。
魂は悪意に傷付けられ、
痛みで悲鳴を上げ、
心は生きる苦しみに、
泣き崩れていたのに。
君を救いたかった。
冷たい差別の目からも。
この世の醜さからも。
例え、社会の片隅でも、
影に潜み、息を潜め、
君と二人、生きていけたら、
それだけで良かったのに。
世間の悪意に晒され、
君は自分に嘘を吐くのが、
上手になってしまった。
泣きたいのに笑い、
苦しいのに微笑む。
そして、
姿を真似ない鏡を壊すように、
自分自身を破壊する。
君は何も悪くない。
なのに、君は、
自分を責め続けるんだ。
私は君を抱き締める。
もう、泣かなくていい。
もう、責めなくていい。
瞼を閉じ、耳を塞ぎ、
こんなにも醜い人の世を、
忘れた振りをしても構わない。
君の温もりの中から、
鼓動が聞こえる。
とくん、とくん。
生きようと、必死に奏でる、
君だけのメロディ。
何よりも美しい、音色。
私は…。
君だけのメロディを守る為なら、
生命など惜しくはない。
ずっとそう思ってきた。
だから…。
君が、私を欲しいと言ったから。
この身に、君の刃を受けた。
この生命も魂も、
君に差し出す為に。
真っ赤に染まる君が、微笑む。
君は真っ赤に染まった刃先で、
自らの胸を貫く。
君だけのメロディが、
消えゆく私の鼓動と、重なる。
…やっと、心から笑えたんだね。