静かな夜明け
夜の端が、静かに溶ける。
伸ばした指先が、
冷えたシーツをなぞる。
君は、もういない。
最初から、
分かっていた筈なのに。
君にとって私は、
一時の止まり木に、
過ぎなかった事を。
君は、
帰らぬ恋人の空白を、
私で埋めていただけ。
君が愛していたのは、
最初から――その人だけ。
それでも、
君が私の温もりの中で、
恋人を待っていた日々を、
私はただ愛しく思っていた。
そしてある日、
恋人は君の元へ帰り、
君は迷う事なく、
その隣へ戻っていった。
幸せそうに微笑む君。
それを見て、
私はそっと、目を伏せる。
一人で眠る夜。
こうなることは、
最初から覚悟してた。
君が幸せなら、それでいいと、
そう自分に言い聞かせながら、
静かに瞼を閉じる。
長い夜が、静かにほどける。
カーテンの隙間から、
溢れた朝の光が、
シーツの白に滲んでいく。
嘗て触れた、あの温もりは、
夢の欠片のように、
朝の中へ溶けていく。
…静かな夜明け。
君のいない朝は、
とても静かで、
酷く…遠い。
heart to heart
君の声が風に乗り、
そっと心を掠めるたび、
届かない想いが軋んで、
俺の心は、震えてる。
君の笑顔は…誰の為?
俺の為じゃない事なんて、
痛いほど、分かってるのに、
それでも、目を逸らせなくて。
叶う筈もないけれど。
俺はただ。
君の側で笑いたいんだ。
心から心へと、
繋がる道があるのなら、
迷わず君の元へ、
駆け出せるのに。
だけど、俺は立ち尽くす。
この想いを抱えたまま。
「君が好きだ」と、
心は叫んでいるのに、
声にはならなくて。
君の心に触れたくて、
だけど、遠すぎるこの距離に、
手を伸ばす勇気もなくて。
俺はただ、君の横顔を、
見つめることしか、出来ないんだ。
永遠の花束
私だけの愛しい貴方へ。
色褪せることのない、
永遠の花束を、
贈りましょう。
貴方が愛した、
季節の花々を、
ひとつひとつ摘み取り、
丁寧に束ねた、
鮮やかな花束。
そして。
永遠に眠る貴方の傍らに、
そっと飾ります。
貴方の身体も、心も、愛も。
全て…私のもの。
永遠に…私のもの。
私のものにした、
貴方の呼吸と鼓動。
その代わりに、
私の全ての愛と、
この美しい花束を捧げましょう。
誰にも触れさせず、
誰にも見せず、
只、私の記憶の中で生きている、
私だけの愛しい貴方。
永遠に閉じられた、
貴方の瞳には、
人間の醜い感情も、
美しい自然の風景も、
映ることはないのでしょう。
でも、これからは、
貴方と私だけの彼岸で、
美しい想い出を、
積み重ねていきましょう。
貴方の瞳には、私しか映らず、
私の瞳には、貴方しか映らない、
永遠の世界で。
ふたりだけの記憶を、
ひとつひとつ、花束にして。
色褪せることも、
枯れることもない、
永遠の花束になるのですから。
やさしくしないで
やさしくしないで。
そんな痛みの滲む声で、
私の名前を呼ばないで。
触れられない温もりを、
手のひらに探してしまうから。
夜の隙間に落ちる度、
君の記憶をなぞるけれど、
指先は悴んで、
愛し方さえ、忘れてしまった。
もう、君が、
私を愛していない事は、
分かっているのに。
君の哀しい瞳を見たら、
「戻ってきて」と、
言ってしまいそうになる。
私はまだ、君の影を踏んで、
冷えた指で時間を数える。
忘れられるなら、忘れたいのに。
それさえ、出来なくて。
だから。
やさしくしないで。
私を置いていくなら、
痛みさえ残さずに、
ちゃんと…突き放して。
隠された手紙
古びた机の引き出しに、
黄ばんだ封筒が一つ。
滲むインクで書かれた言葉。
「話をしたい。」
まるで昨日のことのように、
その声が脳裏をよぎる。
忘れた筈の罪、消えぬ影。
崩れ落ちた未来。
封じ込めた声が、
夜の隙間から滲み出す。
握り締める拳に、
爪が食い込む。
捨ててしまえば、
楽になれるのか。
…だが、出来はしない。
隠された手紙。
それは、過去の闇からの刃。
朽ちる事のない鋭い痛み。
震える手で封を戻し、
静かに引き出しを閉じる。
二度と開かぬように。
…それでも、
耳元で囁く声は、
消えてはくれなかった。