幸せとは
風花が寒風に舞う、冬の日。
街を行き交う人々は、
柔らかな光に包まれている。
幸せそうな恋人達の姿に、
独りきりの自分が、惨めに思えて、
胸の奥に黒い靄が生まれた。
幸せとは。
失って初めて気付くもの、
なのかも、知れない。
気付かない振りをしていた私も、
今になって悟る。
あの頃の温かな日々が、
何よりも尊い『幸せ』だった、と。
君の隣にいたあの頃、
私は君の微笑みと言葉に癒され、
穏やかに過ごしていた。
ずっと嫌いだった、
弱い自分さえも、
赦す事が出来たのに。
けれど、それを。
私は、自ら壊してしまった。
繊細な硝子細工を、
手の中で砕く様に、
その輝きは、粉々になり、
静かに地に散っていった。
そして、
空っぽの両手を見つめ、
二度と戻らないあの頃に、
未だ心を囚われながらも、
深い溜息を吐くしか出来ない。
それは、まるで。
硝子の向こうに広がる景色の様に、
キラキラとした憧れの風景。
こんな私には、
二度と手の届かない…幸せ。
……………
小雪がひらり、舞い落ちる冬の日。
街を歩く、人々の笑顔は、
優しい笑顔に包まれてる。
肩を寄せ合う恋人達の姿は、
遠い物語の一場面の様で、
胸の奥が少しだけ、痛んだ。
幸せとは。
追えば遠ざかる蜃気楼、
なのかも知れない。
気付いていたけれど、
気付いてない振りをした。
どんなに必死に手を伸ばしても、
光の中へ溶けていくんだ…って。
貴方が隣にいてくれたあの頃、
私は貴方をそっと包み込み、
静かな幸せを感じていた。
ずっと苦手だった、
冷淡な自分さえも、
暖かさの中で消えていたのに。
けれど、それは。
ある日、突然消えてしまった。
シャボン玉が弾ける様に、
触れることもできず、
ただ、消えた後に残る空虚だけが、
私の手の中にあった。
そして、
握り締めた空っぽの手から、
零れ落ちた記憶の欠片を拾い上げ、
届かないと知りながら、
貴方の名をそっと呼び掛ける。
それは、まるで。
想い出の硝子の欠片を集めた、
新しい光が織り成す、プリズム。
貴方と一緒に、
もう一度掴み取りたい…幸せ。
日の出
ずっと、ずっと。
私の心は、冷たく深い闇を、
彷徨い続けていました。
一月初旬の、冬の日の出。
その厳かで澄んだ光が、
心の奥に隠し続けている、
真紅の罪と、煤けた悪意を、
浮かび上がらせるようで、
私は目を伏せ、祈る振りをします。
もし、私が、
少し寝坊気味の冬の日差しを、
穏やかに受け入れることが出来たなら。
貴方への想いを、
押し殺さずに居られたのでしょうか。
冬の日の出よりも、
遥かに美しく輝く、
貴方の微笑み。
その光へと手を伸ばしても、
私には、触れることさえ、
許されないのです。
日の出の輝きに、
手が届かないように。
今年の抱負
今年の抱負
凍て付く冬の早朝の空気は、
肌を刺す様に冷たいけれど、
新年の朝は、何処か特別で、
澄み切った静けさが、
深く、胸に沁みる。
君と並んで見た初日の出は、
何年振りだろう…。
思い出すのは、子供の頃のあの日。
眠い目を擦りながら、
肩を寄せ合って迎えた、
あの新年の、朝の光。
俺より小さな君を、
凍える風から護ろうとした、
まだ、幼かった俺。
その腕は細くて、
力も足りなかったけど、
君を想う心だけは、
誰にも負けなかった。
今年の抱負なんて、
大それたものじゃない。
けれど、俺にとって、
これ以上に、大事なことはない。
だから、今年も変わらず、
こう誓うんだ。
――愛しい君の笑顔を、守り抜く。
って。
初日の光が、
新たな決意を照らす。
君の笑顔を、支え続ける。
それが、俺の一年の全てだから。
新年
夜は、心を弱くします。
月の影が闇を生み出す様に、
過去の苦痛が囁き、
その闇に囚われぬよう、
心を強く抱き締めます。
寒い冬の夜。
悪魔の影が忍び寄り、
私を縛ろうとする度、
優しい声色で、
私に語りかけてくれる、
貴方の声と温もりだけが、
私を救う光なのです。
夜、貴方に護られながら、
眠りの淵へと揺蕩い、
朝、貴方の温かな声に、
揺り起こされると、
新しい一日が始まります。
夜が明ければ、
また、次の日がやって来る、
それは、変わらない、
繰り返される人々の営みの理。
だけど、
何故か、今日だけは、
特別な光が差し込むようです。
新しい年がやってきた、と。
皆が楽しげに、
耳に馴染まない、
挨拶を交わします。
「新年、
明けましておめでとうございます。」
一月一日。
他の日と何が違うのか、
私にはよく分かりません。
でも、貴方が微笑んで、
「今年も宜しくね。」と、
私に優しく囁いた、その瞬間。
新年という、堅苦しそうな代物も、
貴方が側に居てくれれば、
私の胸の奥が、暖かくなると、
気付いたのです。
ならば。
…この新年というものも、
悪くないのかも知れない、と。
私は、貴方に微笑み返すのです。
良いお年を
寒風に背を押される様に、
忙しなく行き交う、街の人々。
私も、そのパーツの欠片として、
凍てつく冬空の下を急ぎます。
愛しい貴方の魂は、
あの日、突然、
悪意に、連れ去られました。
どこを彷徨い歩いているのか、
どんな景色を見ているのか、
分からなかった、貴方。
ただ只管に、帰りを願い、
待つことしか、できませんでした。
「良いお年を」と、
当たり前の言葉さえ、
貴方には届けられなくて。
でも、今は。
貴方が隣にいてくれて、
私の拙い言葉に微笑み、
そっと頷いてくれるのです。
喧騒が収まり、広がる静寂。
夜の冷たさに包まれながら、
またひとつ、年が終わります。
どうか、良いお年を。
そして、また来年も、
私は貴方と共に有りましょう。
…この先も、ずっとずっと。