さよならは言わないで
貴方が私に寄り添う理由を、
私は気付いてた。
恋人が戻らない、寂しさを、
私で埋めようとしているんだ、って。
それでも、私は構わなかった。
一時の止まり木でしかないと、
分かっていても、
今の貴方に必要なのが、
この腕の温もりならば。
だけど、何時からか。
貴方は、私の温もりを、
求めなくなった。
気がつけば、
貴方の隣には彼が戻ってた。
その、彼の背格好や仕草は、
どこか、私に似ていた。
その事が、私の心を締め付けた。
さよならは言わないで。
これから…貴方はもう、
私の胸で泣く事も、
この腕で眠る事も、
ないだろうけれど。
それでも。
さよならは言わないで。
私たちの別れには、
もっと柔らかな言葉が、
似合う筈だから。
笑って――言って。
『じゃあ、またね。』
光と闇の狭間で
私は光と闇の狭間で、
ただ、揺蕩っていた。
光の射す場所を目指す気概も無く、
闇の深淵に沈みゆく勇気も無く、
その狭間に、
ただ、存在していた。
光と闇の狭間で、
私は見た。
闇の底に囚われた、
哀しみに染まった、蒼き瞳を。
この美しき瞳に、
光の温もりを教えたい。
私は、彼の手を取った。
光と闇の狭間で、
私は必死に、藻掻いた。
彼を救いたい。
ただ、その想いで。
彼を光の元へ。
その生命を引き上げる。
代償として、私の身体は、
深い闇へと引き摺り込まれてゆく。
それでも、構わない。
闇が私を喰らおうとも、
彼の蒼き瞳が、
光を知る事が、出来るのならば。
闇に沈む、その刹那。
私は――光を見た。
それは、永遠にも似た瞬間。
そして、私は、
深淵へと消えていく。
距離
君はずっと、俺の傍にいた。
親友で、ライバルで、
…そして、憧れの人。
あの日、初めて、
君と出会ったあの日から、
君はいつも俺の傍にいた。
それなのに、俺は。
君に手を伸ばすことが、
出来ずにいたんだ。
時を重ね、君との距離は、
確かに縮まった筈なのに、
どうしても、埋められない距離が、
俺と君との間に、存在しているんだ。
君は、きっと気付いていない。
俺の、この胸の痛みに。
君が俺の近くで微笑む度に、
俺の心に刺さる、見えない棘に。
本当は、君の隣に立ちたい。
君の目に、俺の存在を映して欲しい。
だけど、俺は。
君に相応しい人間じゃないから。
だから、俺には。
この距離を縮める勇気もなく、
君を見詰めるだけで、
精一杯なんだ。
泣かないで
お願い。
もう、泣かないで。
君を一人きりにしてしまって、
本当に、御免ね。
でも、もう大丈夫。
これからは、
ずっと君の隣にいるから。
もう、離れたりしないから。
お願い。
もう、泣かないで。
小さな頃から、
君は泣き虫だったね。
俺がいない間、
一人で、たくさん泣いたんだろう?
その涙の、一つ一つが、
俺の胸を締め付けるんだ。
お願い。
もう、泣かないで。
やっとこうして、
君の元に帰ってきたから。
こんなにも愛しい君が、
涙に暮れる事が無い様に、
これからは、俺が君を支えるから。
だから、笑顔を見せて欲しいんだ。
お願い。
もう、泣かないで。
これからは、俺が君を護るよ。
君の流す涙の全てを、
俺が受け止めるから。
これからは、手を取り合って、
二人で笑顔になろうね。
だから――
もう、泣かないで、いいんだよ。
これからも、ずっとずっと。
君だけを…愛してるよ。
冬のはじまり
秋の終わりの休日。
街角のカフェで、
俺は一人、
静かな、カフェタイム。
温かなカフェラテに、
少し季節を先取りした、
真っ赤な苺のタルト。
今年の冬も、俺は一人。
街を行き交う、見ず知らずの、
幸せそうなカップルたちを、
窓越しに眺める。
職場では、同期も先輩も上司も、
この季節になると、
恋人自慢に花が咲く。
甘い笑顔で語る、
同僚達の姿を眺めて、
俺は心の中で、
そっと溜息を吐く。
カップを両手で包み込む。
カフェラテの温もりが、
少しずつ胸に染み渡る。
ラテアートのハート模様が、
俺の心にチクリと刺さる。
フォームミルクの泡の、
口元でそっと弾ける、
僅かに擽ったい。その感覚が、
俺の心の淋しさを、
ひとときだけ、
忘れさせてくれる。
温かくて、甘くて、
ほろ苦い、カフェラテは、
俺の凍えた心を、
そっと抱き締めてくれる。
冬のはじまりが、
静かに訪れた。
でも、冬が来たなら、
春の訪れも、
…きっと遠くない。