霜月 朔(創作)

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11/24/2024, 9:55:58 PM

セーター



お気に入りの毛糸を買ってきて、
温かい部屋で、編み物をする。

朝晩はすっかり寒くなってきたから、
セーターを編もう。
せっかくだから、
大切な友達や、
お世話になっている先生にも、
俺の手編みのセーターを、
プレゼントしたい。

俺は慣れた手つきで、
セーターを編んでいく。
貴方に教えてもらった、編み物のやり方。
初めは不恰好だったけれど、
今ではもう、すっかり手慣れている。

貴方の隣で、編み物をする時間が、
大好きだった。
俺と貴方の間に流れる、
静かな時間。
ずっとずっと憧れていた、
愛しい貴方。

でも、もう。
貴方は居ない。
俺を置いて、
遠い天へと昇って行ってしまった。

貴方に逢いたい。
叶わぬ願いだと分かっていても、
毎日毎晩、願ってしまう。

貴方の居る天国は、
セーターなんて要らないほどに、
暖かな所だといいな。

編みかけのセーターに、
貴方の面影も求めて、顔を埋める。
貴方の居ない冬が、またやってくる。
そのことに、胸がチクリと痛む。

編みかけのセーターを握る手が、
僅かに震える。
貴方を想う心だけが、
この冷たい季節を温める。

11/23/2024, 10:25:09 PM

落ちていく



貴方と私は、
夜が明ける頃には、静かに別れる、
夜明けと共に消えゆく関係。

この秘められた恋が、
救いへ向かう道ではないと知りながら、
それでも離れられないと、
心が叫ぶのです。
それは、逃れ難い、甘くて苦い依存。

私には、他に愛する人が居るのに。
それでも、貴方に引き寄せられてしまう。
貴方の存在は、
静かな業に蝕まれてゆきます。

夜の帳が降りると、
私は貴方の腕の中へと潜り込み、
まるで何かを取り戻すかのように、
弱く儚く震えるのです。

「また、会いに来てもいい?」
甘くて切ない声で問い掛ける、
貴方のその言葉に、
私は何度も解放され、
そして…同じだけ囚われているのです。

真実も幸福も、有りはしません。
私達が手にしているのは、
この脆い幻だけ。

だけど。だから。
ただ、この夜を、
ただ、この虚構を、
尽きることなく、
繰り返してしまうのです。

朝の光に追い立てられるように、
私の元を立ち去った、
貴方が残した、温もりの欠片を集め、
後悔を抱いて、眠りに落ちていく、のです。

私は。落ちていく。
落ちて、墜ちて、堕ちて…。

そしていつか、
私は…全てを失うのでしょう。
それでも、私は、
貴方を求めずにはいられないのです。

11/22/2024, 7:33:40 PM

夫婦



憎しみ合う両親。
冷え切った家庭。
父は母ではない女性を愛し、
母はそんな父を恨む。

幼かった俺は、
その重く暗い、憎悪の渦に、
ただ怯える事しかできなかった。

愛し合ったからこそ、
夫婦になった筈なのに。
二人にとって、
「夫婦」という誓いは、
最早、重たい鎖となり、
冷たい足枷に、
成り果てたのだろう。

そんな家庭で育った俺には、
誰かを幸せにする、
自信なんか持てない。

だから、俺は。
お前を愛おしいと想っても、
お前に側にいて欲しいと願っても、
その気持ちを、飲み込む。

お前が幸せで居られるなら、
その時、隣にいる男が、
俺でなくても構わない。

俺は。
お前が、心から愛し合える人と、
幸せな夫婦になる姿を見たい。
…それで俺の恋が叶わなくても、
構わない。

その時が来たなら、俺は、
お前への想いや、胸の痛みを、
完璧に隠し、
俺ではない誰かと、
幸せになるお前に、
笑顔で祝福を送るだろう。

…俺なら、できる。
きっと。

11/21/2024, 8:02:30 PM

どうすればいいの?



静寂の夜。
揺れる蝋燭の灯火が、
冷たい部屋を仄かに照らします。
目の前には、真紅に染まった、
もう微笑むことのない、大切な人。

私は知っていました。
私の心に闇が棲んでいた事も。
貴方が私を護る為に、
私に全てを捧げようとしていた事も。

銀色の刃が、貴方の赤を纏い、
私の手の中で、鈍く光っていました。
…これで終わるから。
そう囁いた、貴方の優しい声が、
今も、耳の奥で響き続けています。

私は何をしたのでしょう。
貴方の血の温かさが、
冷たく変わりゆく中で、
私は動けずにいました。
私の闇によって、
赤に染まった愛しい貴方を、
ただ、見つめるだけでした。

夜が、静かに明け始めます。
貴方の微笑みは、
もう二度と帰りません。
私の心の中で、貴方の声が囁きます。
…これでよかったんだよ。
けれど、私には分かりません。

こんなにも私を愛してくれた貴方を、
私も愛していました。
貴方さえ傍にいてくれたら、
私は闇に堕ちても構わなかったのに。

…どうすればいいの?

私の心に残していった、
貴方の影に向けて、問い掛けます。

…どうすればいいの?

貴方の返事は返ってきません。
ならば。
私は、その答えを求めて、
貴方に逢いに行きます。

11/20/2024, 7:48:33 PM

宝物


静寂の夜。
揺れる蝋燭の灯火が、
淡く温もりを描く部屋で、
君は穏やかな寝息を立てていた。

君の微笑みが。君の存在が。
何よりも愛しい、私の宝物だった。

だが、君は知らない。
その笑顔の奥に隠された影を。
君を苦しみから救い出す為に、
私が選んだ道が、
どれほど愚かであるかであるか、も。

夜が静かに深まっていく。
胸に芽生える決意は、揺るがない。
君が微笑み続けられるのならば、
私が消えることすら、厭わない。

夜の静寂の中、
君が目を覚ます。
その手に握られた銀色の刃が、
冷たく鈍い光を放ち、
君の瞳は感情の色を失っている。

刃が君の手によって、
私の身体へと吸い込まれる。
流れ落ちる赤が、
君の影を溶かし、
重い鎖を断ち切るだろう。

君の笑顔は、私の宝物だった。
それが護れるのならば。
君に掛けられた呪いが、
私の犠牲で解けるのならば。
私は無に帰しても構わない。

虚空に消えゆく残響だけを残し、
私の愚かな愛は、
永遠に彷徨うだろう。
ただ一つの宝物の為に。

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