君の奏でる音楽
音楽を聞くのが好きだった。
所謂、クラシックって言われる曲。
でも、オーケストラとか、
立派なものじゃなくて、
バイオリンとかピアノとかの、
ソロ演奏が特に好きだった。
そう。
私は音楽を聞くことが、
好き『だった』。
今は、音楽を聞かなくなった。
だって。音楽を聞くと、
私の元を去ってしまった、
君との思い出を、
思い出しちゃうから。
音楽を聞く事だけでなく、
奏でる事も好きだった、君。
私は、君が奏でる音楽も、
音楽を奏でる君も、
本当に、本当に、好きだったんだ。
もう一度。
君の奏でる音楽が聞きたい。
君と私が恋人だったあの頃みたいに。
私だけの為に、君が奏でる音楽が。
麦わら帽子
ある夏の日。
久しぶりに見かけた、
麦わら帽子を被った幼子。
最早、麦わら帽子は、
過去の遺物なのでしょうか。
街中で見掛ける機会は、
殆ど無くなりました。
私が幼い頃は、
夏になると良く見かけた、
夏の風物詩、麦わら帽子。
私が幼い日に被っていたのは、
所々、解れのある、
飾り気の無い麦わら帽子。
夏の陽射しを避けるには、
余りに頼りなくも、
懐かしい、そのシルエット。
思い出すと、何だか、
悲しくなるのは、何故でしょう?
大人になった今。
麦わら帽子を被って、
夏の太陽の下で、
一日中、虫を追い回すには、
私は余りに擦れてしまいました。
麦わら帽子が似合った、あの頃。
帰りたくても帰れない、
懐かしい故郷。遠い記憶。
終点
もう、逃げ場はない。
これで、終わりだ。
オレが進んできた道は、
此処で途絶えていた。
これ以上進むことの出来ない、
終点だ。
こんな塵屑みたいな運命から、
何とか逃げ出そうと思って。
必死に走って来たけど、
ここまで、か。
肚を括って、目を閉じる。
最早、ジタバタするのは、
格好悪いから、と。
最後の最後迄、お得意の痩せ我慢。
その時。誰かの声がした。
最後迄諦めるな、
ここが終点なんて、誰が決めた?
と。
前が行き止まりでも、
地面の下や空の上には、
未だ道があるかも知れない。
オレは足元を見詰めた。
さっきの声の主に会う為に、
オレはもうちょっと、
見苦しく足掻いてみようか。
上手くいかなくたっていい
ベーキングパウダーと薄力粉を、
混ぜ合わせて、振るっておく。
ボウルにバターを入れて、
クリーム状になるまで練る。
そこに、砂糖と塩を加えて、
白くなるまで混ぜる。
溶き卵を2、3回に分けて加え、
その度によく混ぜる。
牛乳を加えて混ぜる。
振るっておいたベーキングパウダーと、
薄力粉を合わせたものを、加えて混ぜる。
これをマフィン型に入れて、
180℃に予熱したオーブンで、
20分~25分焼く。
…これでマフィンが出来る筈。
俺はオーブンの前で、じっと待つ。
しかし。
レシピ通りに作ったのに。
俺の作ったマフィンは、
見た目も味もいまいちで。
上手くいかなくたっていい。
気持ちが嬉しいんだから。
お前は微笑みながらそう言って、
俺の作った失敗作を、
美味しそうに食べてくれた。
いつか、必ず。
本当にお前が美味しいって思える、
マフィンを作って見せる。
だから。
呆れないで、もう少しだけ、
俺の傍にいて欲しい。
蝶よ花よ
私は…。
太陽の下を堂々と、
歩ける様な人間ではありません。
私の手は、
真っ赤な血で汚れているのです。
そんな私が。
世の中の美しいものに、
触れて良い筈がありません。
でも。私は。
誰よりも美しい心と、
澄んだ瞳を持った貴方に、
惹かれてしまったのです。
何時も軽やかな貴方は、
まるで蝶が花から花へと、
舞うかの様で。
何時も華やかな貴方は、
まるで春の陽気に、
開く花の様で。
蝶よ花よ。
とは、言いますが。
そんな風に貴方を、
私は護りたいと思うのです。