霜月 朔(創作)

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8/5/2024, 5:52:07 PM

鐘の音


夕闇迫るころ。
街に鳴り響く鐘の音。
いつもの日没を告げるのとは違う、
寂し気で酷く悲し気な響き。

俺は察した。
この町の誰かが、
天に旅立ったのだ、と。

同じ町に住んでいるだけの人の、
訃報を知らせる鐘の音が、
真っ赤な夕日と相まって、
俺を物悲しくさせた。

鐘の音が、聞こえる。
この町の鐘の音は、
こんなに悲しい音色だったとは。
いつも時刻を告げる、
どこか真面目な鐘の音とは違う、
人の血が通った鐘の音。

俺は家へと向かう足を速めた。
あいつに…。
早く、会いたい。
いつもと変わらない、あいつの、
「おかえり」
の声が、聴きたいんだ。


8/4/2024, 6:45:37 PM

つまらないことでも


ボクは正直、勉強は苦手。
だって、つまらないんだもん。

Sin60°が幾つだって、
ローマ帝国を滅ぼしたのが誰だって、
カリウムの炎色反応が何色だって、
『いまそかり』が何活用だって、
ボクの人生、なんにも変わらないし。
知らなくても困らないし。

『一般教養』とか言って。
社会人にもなって、研修とかで、
色々勉強させられるの、マジでウザい。
なのに、隣に座るお前は。
受験生でも学生でもないのに。
どうして、そんなに真剣に勉強するんだろ?

どんなにつまらないことでも、
何時も真剣なお前。
ボクは、勉強するより、
いっそ、お前の横顔を見てるほうが、
楽しいかも知れない。

あれ?不思議だな…。
お前と一緒なら、
どんなにつまらないことでも、
ちょっとだけ、楽しい気がする。

8/3/2024, 6:38:53 PM

目が覚めるまでに


貴方の瞳が私を見つめて。
私の口唇が愛の言葉を紡ぎ。
貴方は私をそって抱き寄せ。
私は心の中で、呟きます。
『御免なさい』

夜の帳が下りている間。
それが私と貴方に許された時間。
誰にも知られる訳にはいかない、
酷く不道徳な、束の間の逢瀬。
私の左手の薬指に嵌められた指輪。

だけど。
幸せな時間は、ほんの僅かで。
貴方は夜のうちに私の部屋を出て、
自分の住処へと戻っていきます。

私は貴方が立ち去る気配に、
チクリとする胸の痛みに、
気付かない振りをして、
私は独り、朝を迎えるのです。

貴方はきっと、
昨夜の出来事なんか、
何も無かったかのように、
平穏な朝を迎えるのでしょう。

そう。
皆の目が覚めるまでに。
夜の闇の中、私と貴方の間で、
密やかに交わされた愛の言葉は、
幻と消えていくのです。

8/2/2024, 7:16:16 PM

病室


目が覚めたら、病室だった。

どうにも寝心地の悪いベッド。
飾り気の全くない内装。
消毒液が微かに匂う室内。
そして。
花瓶に生けられた、
不釣り合いな程鮮やかな花々。

手を動かしてみる。
邪魔な管が纏わりつく。
管が繋がれた手の甲が、
ズキリと痛むのは、
点滴の所為だろうか。

身体を動かしてみる。
まるで鎧でも着込んだかのように、
全身が馬鹿みたいに重たい。
身体を起こすのさえ、
ままならない。

ベッドの脇に飾られた、
悲しい程に綺麗な花々を眺める。
こんな状況の、こんな病室の、
唯一の、希望だ。

…だが、悪いな。
俺は心の中で謝る。
花瓶の水を変えてやる事さえ、
今の俺には、難しいらしい。

8/1/2024, 6:52:02 PM

明日、もし晴れたら


今日も良い天気だった。
キラキラした陽の光が、
今の俺には、酷く眩しくて。

空はこんなに晴れてるのに、
俺の心は…ずっと土砂降り。
憧れの先輩に、
恋人がいるって、
知っちゃったから。

先輩は、俺なんかに、
手が届く存在じゃないって、
最初から分かってたけど。
それでも、やっぱり落ち込んじゃって。
溜息ばかり量産してる。

そうだ。
明日、もし晴れたら。
一人で街に出掛けよう。

ずっと気になってた本を買って、
お気に入りのカフェに行って、
テラス席に座って。
大好きなフルーツのタルトと、
カフェラテを頼んで。
それっぽく読書しちゃおう。

きっと。
少しだけ、前向きな気分になれる筈。


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