霜月 朔(創作)

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7/21/2024, 5:11:26 PM

今一番欲しいもの



正直言えば、欲しいものは、
山ほどある。

焦げにくいフライパン。
目覚まし機能が便利な時計。
カードが取り出しやすい財布。
歩き易くて恰好良い靴。

部屋のドアの軋みも直したいし、
庭のホースもかなり古くなってる。
レンジフードも取り替えたいし、
毛玉だらけの毛布も何とかしたい。

だけど。
どれもこれも。結局、
ホントはそんなに、
欲しくないんじゃないかって。

じゃあ。
オレが今一番欲しいものって、
いったい何なんだろう。
そんな事を考えながら、
オレは慣れた手つきで、
トマトとチキンを切ると、
ブイヨンの入った鍋に放り込む。

…あ。分かった。
オレが今一番欲しいもの。
それは。きっと。
あいつの笑顔、だ。

そろそろ日が暮れる。
もうすぐ、夕食の時間だ。

7/20/2024, 8:08:05 PM

私の名前


暗い暗い闇の中に、
私は独りでいました。
余りに暗いので、最早上や下さえも解らず、
私は途方に暮れていました。

見渡そうにも何も見えず、
歩こうにも前が分からず、
叫ぼうにも声が出ず、
私は立ち尽くすしか出来ません。

闇の中に、黒い霧が立ち込め、
私の身体を覆っていきます。
真っ暗な闇の中で、
黒い霧が体の表面だけでなく、
内側へと入り込んできました。

不思議と苦しくはありませんでした。
このまま闇と同化してしまえば、
孤独に怯えることからも、
為すべきことが分からない焦りからも、
解放される、と思いました。

ふと、
何処からか、声がしました。
それは知らない言語を聞いているかのような、
聞き覚えのない文字列に感じました。

何度も繰り返し聞こえる謎の言葉。
繰り返し繰り返し。
闇に閉ざされた場所にいる私に、
響いてくる言葉。

ああ。あれは、
私の名前なのだ。

そう気付いた時、
闇の中に一筋の光が見えた気がしました。

7/19/2024, 7:34:16 PM

視線の先には


そんなに見つめちゃいけないって、
分かってるけど。
俺の視線の先にはいつも、
ある先輩がいる。
つい、目で追ってしまう、憧れの人。

ずっとずっと、先輩に憧れてた。
後輩として、偶に声を掛けて貰える。
それだけで、良かった。
叶わぬ恋だってことは、
初めから分かり切ってるし。

俺がずっと見つめてるなんて、
きっと、先輩は気が付いてないだろう。
皆が憧れる、素敵な人だから。
けど、先輩にとって俺は、
単なる後輩の一人だから。

そして。
俺は気が付いちゃったんだ。
先輩が切なげな笑みを浮かべたとき、
その視線の先には、
ある人がいるってことに。

俺の視線の先には、先輩がいて。
先輩の視線の先には、あの人がいて。

でも、俺には。
想い人の横顔を、静かに眺める先輩を、
遠くから見つめる事しか出来ないんだ。

7/18/2024, 6:15:18 PM

私だけ


貴方はもう、私の事なんか、
忘れちゃったよね…?

君の隣は居心地がいい…って。
ずっと一緒に居よう…って。
この手を離さない…って。
そう言ってくれたのに。

一度離れた貴方の心は、
二度と戻らなくて。
私がどんなに叫んでも、
貴方は振り返ってはくれなくて。

諦められずに居るのも、
やり直したいと思っているのも、
未だに恋慕しているのも、
…私だけ。

貴方は二度と私を見てはくれない。
そんな事、解ってるのに、
私は貴方を忘れられないんだ。

貴方と別れた日から、
時間が止まったままになっているのは、
…私だけ。
なのに、ね。

7/17/2024, 4:50:59 PM

遠い日の記憶


柔らかな風が吹いていました。
僅かに若葉の香りがしました。
青空に少しだけ雲が浮かんでいました。
それでも太陽は柔らかく輝いて、
私達を優しく照らしていました。

私が居て。隣に貴方が居て。
とても暖かくて幸せだった、
遠い日の記憶。

目を開ければ。
そこは真っ暗な部屋。
弱々しい蝋燭の明かりだけが、
この部屋を僅かに照らしていました。

私は独りきり。
貴方が私の隣にいてくれたのは、
遠い日の記憶。
どんなにあの頃に戻りたいと希っても、
叶うことはないのです。

貴方の声が聞きたい。
貴方に笑いかけて欲しい。
貴方と手を繋ぎたい。
貴方の温もりを感じたい。

叶わぬ願いが、涙と共に、
私の口から零れて、消えていきます。

あの遠い日の記憶の中の、
貴方と私は。
二人で幸せそうに笑っているのに。
今、ここにいる私は。
独りで孤独にたえているのです。

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