風に身をまかせ
何だか、上手くいかなくって。
酷く息苦しくなって、
一人、街を飛び出した。
そのまま、高い丘に登って、
断崖絶壁の崖から、街を見下ろすと、
俺の住む街は、とても小さく見えた。
俺を苦しめてる日常って、
こんなにちっぽけなんだ、って。
そう思ったら、何だか涙が出てきた。
爽やかな風が吹き抜ける。
風が俺の服を、前髪を。
足元の草花さえ、分け隔てなく揺らす。
全て投げ出して、風に身をまかせ、
遠くに飛んでいってしまいたい。
そんな衝動に駆られて。
そのまま、足を踏み出そうとして、
…何とか踏み止まった。
きっと何時の日にか。
風が幸せを運んできてくれるから。
そう思ったら、何だか切なくて。
でも、もうちょっとだけ、
頑張ってみようって、思えた。
失われた時間
生まれ育った国から逃げる為に、
私は『私』を殺しました。
今迄、生きてきて築き上げてきた、
キャリアも、人間関係も。
全て…無に帰しました。
何も持たず、身体一つで、
慣れぬ文化の他国で、
過去を忘れた振りをして、
姿を変え、職を変え、
生きていかねばなりません。
『私』が死んだ事で、
失われた時間は、
戻りは、しません。
ですが。
新しい『私』として、
胸を張って生きていけるのならば。
何時の日にか、きっと、
失われた時間以上に大切なものを、
手に出来るに違いない。
…そう信じています。
子供のままで
季節は何度も巡り、
気が付けば、大人になり。
背負う物も、守るものも増え。
肉体は確かに大人になったけれど。
心の中には、まだまだ幼い所もあって。
でも。
毎日を必死に生きているうちに、
残酷にも、時間だけは流れてしまい。
大人になった『私』という、
器の中に居るのは、
大人のふりをする幼いままの『僕』。
だけど。私は。
必死に演じるのです。
…大人である、私を。
静かな夜。
緩やかな時が過ぎる、一日の終わり。
貴方と私のだけの時間。
私は、そっと貴方に語り掛けます。
お願いします。
せめて、貴方の前では、
子供のままで、居させて下さい。
…と。
愛を叫ぶ。
もう、終わりにしましょう。
心配しなくても、大丈夫。
私が全てを、壊してあげます。
ああ、有難う。
最期まで、君に迷惑をかけて、
本当に申し訳ない。
貴方への御恩返しになるのならば、
貴方が救った、この私の手で、
貴方の全てを終わらせましょう。
私から流れ出る血は、
私の罪の証。苦しみの記録。
そして、君への謝罪の証、だ。
私も直ぐに、貴方の後を追いますから。
…では、最期に。
何か言いたい事は、ありますか?
ならば、断末魔の叫びの代わりに、
…愛を叫ぶ。
と、するかな。
モンシロチョウ
俺の故郷の近くの街には、
亡くなった人の魂は、
蝶になって帰ってくる…って伝説がある。
春、最初に見た蝶が、白い蝶だと、
その人の家族に不幸があるとか。
蝶は死と再生のシンボルだとか。
麗らかな春に、咲き乱れる花々の間を、
ひらひらと舞う蝶の長閑さとは、
どうにも結びつかない、
暗い話や伝説を多く持つ蝶だが。
それでも、人を惹き付けずにはいられない、
不思議な存在でもある。
それでも。
少しだけ、穏やかな春の日に、
ひらひらと舞うモンシロチョウに目を留め、
僅かに微笑むお前を見て。
俺も道半ばで、戦場で斃れたら、
蝶になって戻ってくるから。
そん時は、邪険にしてくれるなよ、と。
真面目なお前にしては珍しく、
モンシロチョウの存在に、
仕事の手を休めるお前の背中を見て、
俺は、そっと呟いた。