霜月 朔(創作)

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4/22/2024, 2:53:57 PM

たとえ間違いだったとしても


あの子は私を見詰めていた。
哀れなモノを見るような瞳で。

あの子の手にはナイフが握られている。
綺麗に研がれたそのナイフには、
一点の曇りもなかった。

あの子は、私を助けようとしているのだろう。
この汚れきった世の中に絶望し、
過去の過ちと後悔に雁字搦めになって、
日々呻き声を隠して生きている私を、
その手に握られた、刃によって、
解き放とうとしているのだ。

あの子の手に握られたナイフは、
私の身体に吸い込まれるように、
突き立てられた。
そして、
あの子は、泣き笑いの様な笑顔を浮かべた。

私の身体を、あの子の手を、辺りの床を、
私の罪の赤色が、染めていく。
私は泥人形の様に崩れ落ち、
次第に五感が失われていく。
私はあの子に、微笑みかけた。
『ありがとう』という言葉は、
声にはならなかった。

あの子の刃を受けたこと。
それが、たとえ間違いだったとしても、
後悔はしない。

4/21/2024, 1:44:46 PM




ぽつり
ぽつり
雫が落ちる。

気が付くと、お前は俺の側に居た。
俺と目が合うと、
ぽつりと、一言呟いて、姿を消す。

馴れ馴れしく近付いては来ない。
それでも、
何となく居場所の無い俺を、
さり気なくフォローする。
そして、
俺が礼を言う隙さえ与えず、
お前は、俺の元を離れていく。

そんな些細な事を、
お前は、毎日のように続けた。
ぽつり、ぽつりと、
雫が落ちる様に。

気が付けば、
俺はお前を受け入れていた。
俺の心の壁を打ち破った奴は、
お前が、初めてだ。

雨粒が岩を穿つが如く。
お前の小さな気遣いが、
俺の心の壁に穴を開けたのだろう。

そして、今日も。
俺は、素知らぬ顔をして、
お前が落としてくれる、
雨粒程の優しさを享受する。

ぽつり
ぽつり
雫が落ちる。


4/20/2024, 2:04:54 PM

何もいらない


貴方が目覚めてくれるなら。
お前がずっと笑ってくれるなら。
お前が俺の背中を護ってくれるなら。
何もいらない。

お前が隣に居てくれるなら。
君の隣に居られるなら。
このまま一緒にいられるなら。
オレだけを見ていてくれるなら。
何もいらない。

君が私を赦してくれるなら。
貴方を見守る事を赦してくれるなら。
ボクの事をずっと見守ってくれるなら。
何もいらない。

もう一度、私の手を取ってくれるなら。
こんな私でも受け入れてくれるなら。
俺の成長を待っていてくれるなら。
何もいらない。

これからの人生、一緒に歩んでくれるなら。
貴方が私を導いてくれるなら。
この先、明るい未来があるならば。
何もいらない。

願いが叶うなら。
他には…何もいらない。

4/19/2024, 2:31:49 PM

もしも未来が見れるなら


もしも未来が見れるなら。
仲間とそんな話をしていた。

テストで常に満点がとれる、とか。
楽して仕事が上手くいく、とか。
恥ずかしい失敗をしなくて済む、とか。
ギャンブルで負け知らず、とか。
皆、酷く俗物的な事を挙げた。

そんな中。
アイツは、こう言ったんだ。
ーーもしも未来が見れるなら、
不慮の事故や災害で亡くなる人を、
無くせるかも知れない。
…と。

それを聞いて、思った。
アイツに比べて、
俺は何と穢れているんだろう、と。

何故なら。
もしも未来が見れるなら。
俺は…。
未来の俺がお前の隣に居られるのかを、
見ることを望んでしまうだろうから。


4/18/2024, 2:53:28 PM

無色の世界


先生の腹部から、赤い液体が、
大量に流れ出していました。
その赤い液体は、灰白色の石造りの床を、
赤に染めていきました。

先生は、私の目の前で、床に崩れ落ちました。
私の手には、ナイフが握られていましたが、
そのナイフもまた、赤い液体に塗れていました。

床に臥した先生は、それでも、
何時に無く青白い顔で、
私に、力無く微笑みかけてくれました。
私は、斃れた先生の元に跪き、
そっと、震える手を伸ばしました。
その私の手も、赤に塗れていました。

私が先生を、苦しみのない世界へ
連れていきます。
そこは、無色の世界。
その赤い色を全て捨ててしまえば、
辿り着ける場所。
だから、怖がらないで下さい。

先生の腹部から流れる赤い液体は、
先生の手を、服を、床を、
止め処なく、朱に染めていきます。
先生の息は、次第に細くなり、
その瞳が閉じられました。

気が付けば、
先程迄先生を汚していた赤い液体は、
色を失くしていました。
次第に、周りの景色も、
少しずつ、色を失っていきます。

そして、私は、無色の世界へと、
堕ちていきました。


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