霜月 朔(創作)

Open App

たとえ間違いだったとしても


あの子は私を見詰めていた。
哀れなモノを見るような瞳で。

あの子の手にはナイフが握られている。
綺麗に研がれたそのナイフには、
一点の曇りもなかった。

あの子は、私を助けようとしているのだろう。
この汚れきった世の中に絶望し、
過去の過ちと後悔に雁字搦めになって、
日々呻き声を隠して生きている私を、
その手に握られた、刃によって、
解き放とうとしているのだ。

あの子の手に握られたナイフは、
私の身体に吸い込まれるように、
突き立てられた。
そして、
あの子は、泣き笑いの様な笑顔を浮かべた。

私の身体を、あの子の手を、辺りの床を、
私の罪の赤色が、染めていく。
私は泥人形の様に崩れ落ち、
次第に五感が失われていく。
私はあの子に、微笑みかけた。
『ありがとう』という言葉は、
声にはならなかった。

あの子の刃を受けたこと。
それが、たとえ間違いだったとしても、
後悔はしない。

4/22/2024, 2:53:57 PM