日差し
一つ 提案があります
暑い季節だけでいいので
「火刺し」という表記はいかがでしょうか
それと とりあえず今は梅雨なのか夏なのか はっきりさせていただきたい
ところで 私は今バーでお酒を呑んでいるんですが
ここまで書いたところで 隣に座った二人の男性の片方が
「She loves you」「She admire〜」とかフランス訛りの英語で喋り始めて
「Japanese way」(何について⁈)とか
「French people always〜」とか
熱弁しているので 気になりすぎて
何を書こうとしたのか 分からなくなりました
今までの人生では
「興味のないもの:他人の恋バナ」
と言ってきたんですが
「断片的にしか聞き取れない恋バナ」は ちょっと面白かったです
そして これは本当に勝手な想像なのですが
人が恋に落ちるきっかけの何割かは
太陽が輝いているから じゃないかと思います
窓越しに見えるのは
その家は通りに面して出窓があり、よく猫が寝そべっていた。
ここしばらく、猫がいない。今日もだ。
立ち止まって見ていると、玄関から若い男の人が出てきた。
少し乱れた髪によれた服装の、でもとてもきれいな人だった。目尻がくっと切れ上がっていて、何だかちょっと猫っぽい。
「あの」
猫は元気ですか。
「猫? ああ、あの子は飼い主さんと一緒に引っ越したよ」
入れ替わりに越して来たのだと言う。
学校への行き帰り、猫がいるとちょっとだけ嬉しくなるし、いいことがある気がする。でも飼い主の人には会ったことがなかった。
「猫は飼えないけど私は警官だから、何か困ったことがあったらいつでも言って」
その人は声がすごく低くて、ラジオのアナウンサーみたいに綺麗な話し方だった。
翌日、出窓には首に空色のリボンを巻いたクマのぬいぐるみが置いてあった。
改装の進捗を見に来たら、近所の子供に話しかけられた。
窓越しに寝ている猫を楽しみに見ていたらしい。確かに、窓の向こうはしばしば幸せに溢れているように見えるものだ。
『小公女』では大事なお人形や幸せそうな家族。『レ・ミゼラブル』では飢えを満たすパンや、買ってもらえないはずのお人形。
たまたまその子が金髪で青い目だったので、つい猫くらいの大きさのぬいぐるみを買ってしまった。自分の大事な人が子供時代に持っていたら、と思ってしまったのだ。彼には子供時代の記憶がない。せめて幸せな子供時代があったと想像することだけは許してほしい。
とりあえず出窓に置いている。生きてはいないが、いないよりましだろう。
「子供のころ、自分の半分くらいの大きさのクマのぬいぐるみを持っていた」。その話を聞いて間もない頃に、彼と一緒に暮らすことになった。
ある日の午後、帰りにいつもの道を歩いていると、玩具屋のショーウィンドウ越しにクマのぬいぐるみと目が合った。
あの人の半分くらいの大きさ。迷わず買って、そのままサヴィル・ロウに行った。ショーウィンドウのトルソーは美しく着飾り、ボウタイをきっちり締めている。
「深緑のボウタイが欲しいんです。この子にぴったり合うものが」
その純朴そうな青年はぬいぐるみを抱え、真面目な顔で仁王立ちしていた。
来店したことはないが、間違いなくうちで仕立てたものを着ている。着こなしもなかなかだ。
話を聞くと以前世話になった-そして今彼が着ている背広一式を頼んだ「あの人」の部下だったので、ぬいぐるみのためのボウタイを選ぶという、一種馬鹿げた話に付き合ってしまった。
彼は幸せそうに支払いを済ませ、ぬいぐるみを大事そうに抱えて店を後にした。
出窓にクマが現れてから、しばらく経った頃のこと。
その家にものすごく大きい男の人が出入りするようになった。
ある日その人はびっくりするくらい大きなクマのぬいぐるみを抱えて現れた。ぬいぐるみは出窓のクマと異なり、深緑のリボンを着けていた。
その優しそうな男の人は目が合うとにっこり笑い、玄関の鍵を開けて入っていった。
小さいクマは今でも出窓にいる。
季節や天気によって毛布にくるまっていることもある。身に着けるものはすべて空色だ。
大きいクマはその後、一度も見ていない。きっと窓越しには見えない、本当に大事なものを置くところにいるのだろう。
すごく大きい男の人と、ちょっと猫みたいな男の人は、自分が会う時はいつも一緒に家を出て行く。二人はとても幸せそうで、空色のリボンを結んだクマがそれを見守っている。
入道雲
出くわした瞬間に
「竜の巣だ…!」
と叫ぶのがルール
そんな小学生時代でした
実は今でも
心の中では言っています
夏
夏と冬は長きにわたり、この国の支配権をかけて争っている。
春と秋はもう随分前から戦線を離脱している-少なくとも表向きは。
従ってかつて「四季がある」と称されていたこの国は、
春:五パーセント
夏:四十五パーセント
秋:五パーセント
冬:四十五パーセント
くらいの割合で支配権が分散されている。
だがここに至って、二つの新勢力が台頭してきた。
この二つは「季節」そのものではない。だが夏と冬のそれぞれに食い込み、今はともに春を取り込もうとしている。
一つは梅雨であり、もう一つは花粉症である。
梅雨は雨の頻度ではなく、振り方のムラによって勢力を拡大している。まだ春のはずの季節に大雨が降ると、人々は梅雨が始まったと錯覚する。夏が完全な支配力を振るう時まで散発的に交通機関の乱れを引き起こし、人々のQOLを下げる、極めて危険な勢力である。
しかしわたしがより心配しているのはもう一つ、花粉症の方である。
スギとヒノキの力により、彼等はすでに春に浸透し、あたかも大昔から存在していたかのように振る舞っている。
だが私が確かな筋から得た情報によると、かの金太郎の故郷である神奈川県の足柄山あたりでは、たかだか半世紀近く前、スギ花粉症は「足柄病」と呼称されていたらしい(※アレルギーであることが分かっていなかった時代に、杉が大量に生えている彼の地へ行くと原因不明の鼻炎になる、として地元のごく一部の医師が使っていた表現。実際の病因と地名が無関係なのは言うまでもない)。
春はすでに彼奴等に乗っ取られている。唯一の救いは、私がまだこれらのアレルギーではないということだ。
私が今、一番憂慮しているのは、最近花粉症が秋にも魔手を伸ばしており、その尖兵が、私に有害なある植物なのではないかという情報である。
その恐るべき植物の名はブタクサである。
許すまじ。
ここではないどこか
「お前はもう、どこへも行けない。ずっと此処にいるしかないんだよ」
ずっと昔に自分が言われたその言葉を、やっとの思いで吐き出した。それでも気分は全く晴れなかった。
病室を出た途端に崩折れそうになったのを、彼が支えてくれる。
ええ、大丈夫です。色々ありましたから、ショックも大きかったんでしょう。どこか、できれば外で休める場所は…
気がついたら中庭のベンチに座っていて、彼が側にいた。丸いトレイにプラスチックのカップが二つ、紅茶が湯気を立てている。
「看護師さんからいただきました」
彼の声を聞いて、お茶を一口飲んだら少し落ち着いた。
「さぞや悲劇的な光景に見えただろうね」
名の知られた貴族の男性が正気を失い、訪ねてきた義弟を殺そうとした挙句自殺を図った。脳に大きなダメージを受けており、今後はあの鍵のかかった部屋が彼の全世界になるだろう。気の毒に。それが世間に出ている筋書きである。
実際には、血の繋がらない弟を異様に「可愛がった」その男が、ささやかな報いを受けたに過ぎない。
母が義父と再婚したのは自分が七歳の時で、結婚の条件は自分の医療費をすべて負担することだった。自分には変わった持病があり、身体の成長が途中で止まってしまっている。
背は子供より大きく、なぜか声だけは低くなった。だが未だに髭すら生えず、成人男性の性機能は備わっていない。
義父は善良な人だった。母を、そして自分を大切にしてくれた。不利益を被らないように自分を正式な養子にしてもくれた。
それが恐ろしいことだと分かったのは、大学の休暇であの男が帰ってきた時だった。
何が起きているのか母に知られたその夜、母は「事故」で死んだ。
「あの階段を踏み外して死ぬ、には相当な外力が必要です」
証拠は何もない。ただあの男は薄い唇に笑みを浮かべてこう言った。
『お前はもう、どこへも行けない。ずっと此処にいるしかないんだよ』
自分たちには共通点が二つあった。
恋愛の対象が女性ではないこと。
性機能に問題があること。
あの男にとって、「決して大人にならない義理の弟」は理想的な「可愛い子」だった。
義父に頼み込んで全寮制の学校に入り、可能な限りの早さで社会に出た。それでも、呼び出されると怖くてたまらなかった。
囮捜査の一環だと嘘を吐いて、彼をあの屋敷に連れて行った。彼はあの男が一番苦手なタイプだ。素朴で純粋で、人を苦しめることなど考えつかない。
就寝前になったら私の部屋に来てほしい。私は今身近に問題を抱えていて、自分を監視している人間を特定する必要がある。ちょっと見苦しいものを見せたり無礼な要求をするかもしれないけど、どうしても助けてほしい。
「ご指示通りにします」
非常に魅力的な申し出だが、今は調子に乗る訳にはいかない。
あの男がドアを開けた時、ベッドには彼がその体躯を見せつけるように横たわっており(我々の名誉のために言うと、ちゃんと下着とズボンは身につけていた)、その横に私が裸で寝そべっていた。背中にはあの男がつけた傷が今でも残っている。
「汚いでしょ」と言った時、彼はただ「痛かったでしょう」と言ってくれた。
奴が拳銃を持って再登場した途端、彼が私に覆い被さったので、どさくさに紛れて撃ち殺すという密かな望みは果たせなかった。
彼が一発撃たれたのは許しがたいが、「これで正当防衛です」と言ってくれたので、遠慮なく銃を持った手を撃ち抜いた。
「あなたは恥ずべきことをしてきた。その報いを受けるべきです」
人を殺そうとして自殺を図る人間はいつも生き延びるが、やはり利き手を撃たれると自力で死ぬのは難しいらしい。
彼は私にきちんと寝間着を着せ、自分も着替えた上で所轄に連絡してくれた。その間の応急処置が彼にしてはおざなりだったと思うのは、多分自分の願望だろう。
「私を軽蔑する?」
「いいえ」
「汚いと思う?」
「思いません」
ただ、とても傷ついているんじゃないかと思います。
たった今別れて来たあの男と自分の共通点をもう一つ見つけた。認めたくはないが、欲しいものを手に入れようとする意志だ。
「君の私に対する印象は前と変わった?」
「辛いという言葉では表せないようなことがたくさんあったんだろうなと思います。ですが、あなたの人格に対する印象は変わりません」
君がもし嫌じゃなかったら、本当に嫌じゃなかったら、私はあの邸や鍵のかかった部屋とは違う所へ行ける気がする。ずっと憧れていただけの、ここではないどこかへ。