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6/16/2024, 9:00:51 AM

好きな本

自分のための覚書

死ぬ前に読みたいくらい好きな本
 3日あるなら C.S.ルイス『顔を持つまで』
 半日あるなら オースター『最後のものたちの国で』
 30分あるなら シェクリイ「夢売ります」か、ヒル「二〇世紀の幽霊」

あとは今思いついた順に
 『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』
 『冒険者たち』
 『銀のスケート靴』
 『ブラッカムの爆撃機』
 『雪の女王』
 『みどりのゆび』
 『銀河鉄道の夜』

 山尾悠子「夢の棲む街」「遠近法」
 久生十蘭「猪鹿蝶」
 小松左京「くだんのはは」
 皆川博子『開かせていただき光栄です』シリーズ

 ジェラルド・カーシュのすべて
 シャーリイ・ジャクスンのすべて(特に『ずっとお城で暮らしてる』)
 ウェイクフィールド「目かくし遊び」
 ティンパリー「ハリー」
 「いつも上天気」
 「黄色い壁紙」
 「猿の手」
 「スペードの女王」
 キプリング「子どもたち」(訳題「彼等」もあり)
 キラ=クーチ「小さな手」(訳題「手」もあり)
 「カンタヴィルの幽霊」
 「象牙の骨牌」
 「角の店」
 『フィーヴァードリーム』

 「オメラスから歩み去る人びと」
 「輪廻の蛇」
 『リプレイ』
 「鼠と竜のゲーム」
 「時が新しかったころ」

きっともっとたくさんある、それが幸せだなと思う。そしてこの物語を生み出した全ての人びとに心からの感謝を。

6/13/2024, 2:19:12 PM

あじさい

 実はですね、あじさいって花じゃないんですよ。
 え、知ってる? 花びらじゃなくて萼だろうって?
 それは事実ですが、そういう話じゃありません。

 本当のあじさいは、枝から離れて動けるんですよ。
 あのちっさい花(萼ですが)の塊が、夜になるとこっそり動き出すんです。
 あのむくむくしたぬいぐるみみたいな塊に目や鼻をつけて踊ってみたり、星型になってみたり、雪だるまみたいに重なってみたり…時には飛び上がって雪合戦の真似事をしています。

 私がなぜそんなことを知っているかと云うと、ここでこんな文章を書いている私は、実はカタツムリだからなんですね。
 毎晩寝る前に我が家を背負って庭に出るので、皆さんの知らないことも知っているという訳です。
 ですがガクアジサイと呼ばれるヤツらが何をしているかについては…それを言ったら私の身が危ういので秘密です。

 ところで明日は大変暑いそうで…週明けに会社に現れなかったら、私は日乾しになったとお考えください。
 ちなみに、どんなに興味があっても夜更かしはいけませんよ。あじさいは見た目よりも繊細なので、あなたが見ていては遊べません。なので今の話はあくまで秘密です。
 それでは皆さまおやすみなさい、どうかよい夜を。

6/12/2024, 10:22:05 AM



 その街には点灯夫がいて
 彼等が街燈に灯を点すたび
 誰かがいっとき 苦しみを忘れる
 
 街に朝がきて彼等が灯りを消すと
 忘れていたものが戻ってくる

 その街は遠い 遠いところにある

6/11/2024, 10:22:42 AM

やりたいこと

 友達に聞いた道をひたすら歩いていく。
 そこには「夢を売る店」がある。
 客は一定の時間だけ、見たい夢を見ることができる。
 気に入らなければ代金は不要。
 代金は全財産と、寿命十年分。
「ちょっと考えます」
 そう言って、私は地下鉄に乗って帰る。

 帰ると家族がいて、夕飯がもうすぐできるらしい。私は父に、自転車置き場の横の花壇に柵をつけてほしい、制服が雨で濡れたと文句を言う。
「じゃあ、週末まで待ってくれるか」と父は言う。明日も雨らしいからちょっと不満だが、まあ我慢しよう。父は約束を必ず守る。
 ある夜、私はテレビドラマ『ER』を観ている。白衣を着たジョージ・クルーニーが何か話している。
「ちょっと話があるんだけど」と父が言う。何を言うか薄々分かっているので、私は目を逸らす。
「もしそれが観たかったら後でいいから」
「いや、いいよ」そして私たちは大切な話をする。父は決して嘘を吐かないので、「必ず治る」とは言わない。
 私にとってだけ、時間はごく普通に流れていく。生まれて初めて学校が嫌な場所でなくなり、本来は今が人生で一番楽しい時なのだろうと思う。
 ある日学校からの帰り道、少し前方に、何やら見覚えのある人が自転車を漕いでいる。その人は私と同じ道を進んで行き、見慣れた手製の柵のついた花壇の横に自転車を停める。
「外泊許可が出たから帰ってきた」と父が言う。夕飯は父の好物が出た。
 このまま時間が止まるか、全部なかったことにならないかなと私は思う。それでも時間は過ぎて行く。
 そして、また雨の季節がくる。

「お目覚めになりましたか? 内容にご不満は?」
「うん。…やっぱり、いい夢でした」
 私はちゃんと代金を払う。
「…行ったまま帰らないようにはできないんですか」
「希望される方は多いですな。まだ技術的に不可能ですが」
「もしできるようになったら教えてください」
 私は歩いて帰る。やりたいことができた幸福感は確かにある。

 自分が突然、永久に失った日常に戻ること。それが私のやりたいことである。

  ロバート・シェクリイの短篇
  「夢売ります」を
  自分に置き換えてみたものです

6/10/2024, 9:55:53 AM

朝日の温もり

 私の可愛い子は、しばしば唐突に質問を浴びせてくる。
「朝日がのぼってくる時は、日中よりも温かく感じられるものなんでしょうか」
「…それはなんて言うか、一般的な人間の心情としてっていうこと?」
「はい」
 もっとまともな相手に訊いて欲しかったが、可愛いので許そう。
「殺人課の他の連中に訊いた方がいいと思うけど、小説や何かではそう描かれることが多いね」
「あなたの感じ方が知りたいです」
「私は全く感じないね。個人的には、朝日に温もりを感じられるのは幸福な人間だけだと思ってる」
「?」
「まず、彼らは朝ちゃんと起きてる」
「確かにあなたとは違いますね」
 彼には正直という美徳がある。
「朝日は抑鬱状態の人に良い影響を与える、とよく云われるでしょ。日光を『朝日』と呼べる時間に浴びていて、そこに美や温もりを感じられる。つまり一定の生活リズムを保ち、周りを見る余裕がある。そういう人たちは少なくとも壊れてないんだよ。昼間働いてる人間だけを想定した話だけど」
「…その、今の自分は幸せなんだろうと考えています。生活リズムも一定しています。でも朝日から特定の印象は受けません。人間だったら違うんでしょうか」
「大丈夫、何なら私は毎朝うんざりしてるから」
「なぜですか?」
「徹夜明けもしくはよく眠れなかった時に朝日を見ると絶望するものなの」
「じゃあ今、幸せじゃないんですか…?」
「いや、間違いなく幸せだよ。でもそう…君が左腕をこっちへ、そう、これでより幸せになれそうだね」
 彼は自分より少しだけ体温が高いので、くっつくととても気持ちがいい。
「温もりを感じます」
「いや、むしろ冷たいんじゃない?」
「多分幸せだからだと思います」
「それには同意するね。…私が寝付くまでこのままでいてくれる?」
「筋肉痛が心配です」
「寝付くまで。できれば朝起きた時もこの体勢を希望するね」
「わかりました。電気消しますね」
「ありがとう。…おやすみ」
「おやすみなさい」
 珍しく、ぐっすりと眠った。
 揺り起こされて気がつくと、瞼越しに朝日が燦々と降り注いでいる。気温の上昇を考慮にいれても、確かになかなか気持ちがいい。朝日は幸福感を増すことがある。それは理解したし、いつになく幸福を感じたので、少しの間寝たふりを続けることにした。
「諦めて起きてください」
 束の間だが幸せだった。起こしてくれた礼とともにそれを伝えると、彼は「俺も幸せだと思います」と言ってくれた。
 だがこんな日にも仕事かと思うと、何ならいつもよりうんざりする。そしてさっきまでくっついていた温もりが消えた途端に幸福感も半減したので、やはり朝日そのものに温もりはないんじゃないか、と考え始めている。
 だがまあ、少なくとも昨日より自分は幸せだ。きっとこれからも。

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