「ねえ、私と一緒に死んでよ。」
幼馴染の千帆にそう頼まれたのは、今にも雪が降り出しそうな寒い日だった。
今は学校も離れて疎遠になりつつあったけど、目の前に現れた彼女を見れば、その言葉の理由は察するに余りある。
制服のスカートから覗く千帆の脚には、傷があった。痣があった。タバコの跡のようなものがあった。
そして何より恐ろしいのが、首にうっすらと赤く残った圧迫の跡だ。
「…私が無口だから、大人しいから、抵抗しないから、みんな私には何しても良いと思ってるんだ。このままじゃ、いつか殺される。だからその前に、唯一信用できる相手と逃げたい。一緒に死にたいの。」
彼女の声と、暗闇に閉ざされた瞳が、震える。取り乱しているのかと思ったら、千帆は冷静に僕の返答を待っていた。まるで、幼馴染の無理な頼みに対してどんな反応をするのか、試されているみたいだった。
「…いいよ。死ぬか、一緒に。」
僕がそう答えると、千帆は黒い目を見開いた。僕の返事が意外だったようだ。自分から言い出したくせに。
「僕が一緒に死んであげる。本当にその気があるなら、いつだって。」
今は、君が欲しい言葉をあげる。たとえ嘘でも。思ってもいないことでも。
君が、可哀想だから。
最近、面白いサイトがSNSで話題だ。
その名も『〇〇から届いた手紙』。任意の相手への手紙の文面を入力すれば、AIがその相手からの返事を手紙形式で生成してくれる、というものだ。
例えば、普通なら返事が来るわけがない好きな有名人へのファンレターや、片想いの相手へのラブレターなど。実在しないアニメキャラとの文通まで疑似体験できるという嬉しいサービスだった。
友達もインフルエンサーたちも、こぞってこのサイトで手紙のやり取りを試しては「めちゃくちゃクオリティ高い!」「これはトンチンカンすぎる笑」などと投稿しているので、それをSNSで眺めるのも楽しみの一つだ。
私は、このサイトを使って10年後の自分に未来のあれこれを聞いてみることにした。誰とでも文通ができるなら、10年後の自分からも返事が来るのではないかと、試してみたくなったのだ。
どんな仕事をしているのか、恋人はいるのか、芸能人の誰彼はどうなっているのか──思いつく限りのことを書き連ねて、私は未来の私に宛てて手紙を送った。
少しのローディング時間のあと、画面に結果が表示される。
「…えっ?」
映し出されたのは、手紙ではなかった。
『申し訳ありません。手紙を生成できませんでした。この方は存在しません。』
「カズキくん、これ受け取ってくれる?」
そう言って袋に入った小さなカップケーキを差し出したのは、いつもクラスメイトに囲まれている人気者、梨花だった。
「みんなには内緒だよ。先生に没収されちゃうから。」
口元に人差し指を当てて、梨花はまつ毛の長い目をぱちぱちさせる。カズキは信じられない気持ちながら、たどたどしくお礼を言って受け取った。
もちろん、義理チョコ以上の意味はないと分かっている。それでも、自分とは無縁の可愛い女の子だと思っていた彼女が、わざわざ用意してくれたというだけで感に堪えなかった。
バレンタインの翌日、梨花は救急車で病院に搬送された。なんと彼女の水筒に、虫よけ剤が混入していたというのだ。
突然のことに教師やクラスメイトたちが混乱する中、カズキだけは驚かなかった。
カズキは知ってしまったのだ。クラスの女子たちは、大人しくて抵抗もできないような男子に、バレンタインを利用したとあるイタズラを仕掛けたのだと。女子たちのリーダー格である梨花は、陰で心底可笑しそうにこう言っていた。
「ねえねえ、あのキモい奴にさ、塩がめちゃくちゃ入ったチョコあげたらどうなると思う? あはは!」
『ごめんごめん! いま電車乗ったからさ、もうちょっと待ってて!』
目にもとまらぬ速さでスマホを操作して、久しぶりに会う友達の沙綾にメッセージを送る。待ち合わせ時間は11時だったのに、スマホが示すのは、とっくにレストランが家族連れで賑わっているであろう時間だ。
電車の座席に腰を落ち着けてスマホを見ていると、沙綾から返信があった。
『チカ、私、決心がついた』
決心。一体なんのことだろう。
なに、どうした?──と打とうとしたところで、沙綾から連続でメッセージが送られてきた。
『ごめん』
『勝手に賭けてたの、チカに』
『今日、約束通りチカに会えたら思いとどまろうって』
『もし、いつも通り遅刻してくるなら、その程度の縁だったと思おうって』
『チカに会いたかったから』
『ごめん。もう来なくて大丈夫だよ。じゃあね』
その日から、私は遅刻が恐ろしくなった。世界で一番、恐ろしくなった。
私は今でも、遅刻した私を恨み続けている。