「ねぇ、綾瀬くん。もしもタイムマシンがあったなら、君は何をしたい?」
博士が突然そんなことを尋ねてくるのでギョッとする。
「……完成しそうなんですか?タイムマシン」
「いやぁ、全く!身近な人の想いとか聞いたら、なんか上手くいくかもなぁと思ってさ」
「なんですかそれ」
(なんだ、やっぱり完成は無理なのか)
このダメ博士の助手を始めてもうすぐで5年になる。
-5年前-
何もかも上手くいかなくて、全てを捨てて夜道で泣きじゃくっていた時、声をかけてきたのが博士だった。
「働き手がないなら、うちで働いてみない?ちょうど助手が欲しかったんだぁ〜」
自販機で買ったお茶を差し出しながら、ヘニョっとした笑顔で笑う博士を見て、居場所を求めていた私は深く考えずに着いていくことにした。
その後、後悔することになるんだけど。
博士とは言っても発明が趣味のニートみたいなものだから、業務の半分はシール貼りなどの内職だった。
発明品も、すごく聞こえやすい糸電話とか、空を飛べる道具(失敗作)とか、自分そっくりの人間型ロボット(動かない)とか。
とにかく失敗作ばかりで、博士としてダメダメだ。
それでも驚くほど人がいいから、なんだかんだ5年も助手を続けてきた。
様々な失敗作を生み出してきた博士だけれど、3年ほど前のある日を堺にタイムマシン作りに没頭し始めた。
何があったのかは教えてくれなかったけれど「どうしても作りたいんだ」というので、黙って手伝うことにした。
そして今に至る訳だけれど、どうにも上手くいかないらしい。
「タイムマシンがあったらしたいこと、ですか」
「なんでもいいんだよ?過去に行きたいとか、未来を見たいとか!」
「うーん、強いていうなら「未来が見たい」ですかね」
「未来かぁ、どんな未来?」
「未来の博士の様子が気になるので。現状あり得ないですが、はたまた世界に認められる発明家になっているかもしれませんからね」
「あははっ、それは愉快な未来だねぇ」
そうやって博士は、いつもの人のいい笑顔で笑う。
「……そういう博士は、タイムマシンを作って何がしたいんですか?」
ずっと気になっていた疑問。今なら教えてもらえるような気がした
少し間をおいて、博士がぽつぽつと語りだす。
「僕はねぇ、3年前のとある日に戻りたいんだ」
「とある日?」
「5分でも1分でもいいからあの日に戻って、どうしても会いたい相手がいるんだ」
何がしたいのかは教えてくれなかったけど、博士の悲しそうな目線はいつもデスクに置かれている黒猫の写真に向けられていた。
(……これ以上、聞かない方がいいよね)
なんとなく、博士の会いたい相手を察した私は、これ以上の追求はしないことにした。
「それじゃあ、頑張って完成させなきゃですね」
「だね〜。今日も頑張るぞー!」
そう言って博士は、真剣な眼差しで発明に取り掛かるのだった。
お題『もしもタイムマシンがあったなら』
「今、一番欲しいものをなんでも差し上げます」
突然、現れた仮面をつけた男性。
話していくうちに、近頃噂になっている「贈り物屋さん」だと分かった。
「贈り物屋さん」というのは、学校で広まっている噂。
1人で歩いていると何処からともなく現れた仮面姿の男性が、そのとき一番欲しいものを贈り物としてくれる。
そんな、一歩間違えれば通報案件の噂が流行っていた。
まぁ、実際に身近に贈り物をもらった人がいるって話は聞いたことがなかったから、洞話だと思っていたけれど……。
目の前にいるのは、完全に噂の「贈り物屋さん」そのものだった。
「一番欲しいもの、ですか……?」
「はい。命のあるもの、ないもの。目に見えるもの、見えないもの。何でもお申し付けください」
(あ、怪しい……)
欲しいものがないわけではなかったけれど、どうにも目の前の不審者を信用できない。
「ふむ……。どうにも信頼されていない様子ですね」
「当たり前です!知らない人から物をもらっちゃいけないって言われていますし、それに、なんかとても怪しいですから」
「それでは仕方ありません。この件は無かったことにしましょう」
「無かったことに……?」
「はい。貴方様は今日のことを綺麗さっぱり忘れ、私はまた別の方にお声掛けします」
「えっと、その場合、今後私に声が掛かる事は……」
「ありません。お一人様一度のサービスとなっていますので」
(つまり、これを逃したら欲しいものが手に入らなくなるんだ……)
『欲しいものは自分の努力で手に入れたい』
そんな思想の私だけれど、どうしても自力で手に入らない物もある。
「では、失礼しま「ちょ、ちょっと待ってください!」」
「なんでしょう?」
「……本当に、欲しいものを何でもくれるんですね?」
「もちろんでございます」
まだ疑わしかったけれど、本当になんでも手に入るならと欲が出た。
「……去年他界したおばあちゃんに会うこともできますか」
「可能ですよ。ただ、この世に存在しない生命と対面するとなると、少々リスクを伴いますが」
「リスクって……」
「命には命を。貴方自身、もしくは他の人一人分の命と引き換えになります」
「えっ」
流石にそれは飲み込めない。
私にはまだやりたいことがたくさんあるし、他の人の命をなんてもってのほかだ。
「……それはダメです。おばあちゃんには会いたいけど、できないです」
「かしこまりました。他に欲しいものはございませんか?」
「他、ですか……」
コスメ、本、アイドルのグッズ、テストの点数。
欲しいものはたくさんあったけど、どれも自分で手に入れられないこともないから、なんだか勿体無い気がした。
「……あっ!」
「おや、何か思いつきましたか?」
1つ、思いついたものがあった、
「名刺」
「……はい?」
「あなたの名刺をください!」
「なんでまたそんなものを……」
「今は特に欲しいものがないので、またいつか、欲しいものができた時にあなたを召喚しようかなって」
「……名刺があっても召喚はできませんよ」
「それは残念です」
「まぁ、貴方様にはまたお会いする気がしますので」
そう言って、スッと差し出された黒い名刺。
そこには見たことのない文字が書いてあった。
「これじゃ名前わからないじゃないですか!?」
「いずれ分かりますよ。その時が来たら」
「その時って……」
「では、私はそろそろお暇します。忙しいので」
「ちょっと……!」
そう言って闇の中に消えようとする贈り物屋さんに手を伸ばしたけど……。
「……あれ?」
目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
何か夢を見ていた気がするけど、どうにも思い出せない。
「わっ!もうこんな時間!?」
慌てて身支度を始めようとした時、ベッドサイドに置かれた、一枚の黒い名刺が見えた。
お題『今一番欲しいもの』
私の名前はきなこ。
……と言っても、本名ではない。
本名は美桜と言うのだけれど、「美」という漢字が似合うほど可愛い外見ではないし、完全に名前負けしている。
初めての人に自己紹介する時、名前を名乗ると少し「えっ」と言う顔をされることもあるくらいには、外見と名前にギャップがある。
両親に由来を聞いたら「妊娠中、2人で見た桜がすごく綺麗で、この桜みたいに綺麗で立派な子になってほしいって思ったんだよ」って言われたけれど、期待のしすぎだと思う。
その上コミュニケーションが苦手だから友達も少ないし、教室の隅っこで寝たふりをしているような人間だ。
私は、この名前も私自身も好きではない。
きなこと言うのはネット上で使っている、所謂ハンドルネームで、昔飼っていた犬の名前だ。
きなことしての私は、美桜としての私と違って、たくさんの友達がいた。
毎日たくさんの人とチャットでやりとりして、創作物を投稿するとみんなに褒められて。
現実の私とは違って人気者だった。
きなことしての自分はむしろ好きで、こっちが本当の自分だったら良かったのになと思った。
外見じゃなくて中身を見てもらえる環境が心地いい。
「現実の方が大事」と言う人もいるけれど、素の自分でいられる環境はやはり必要だと思う。
私の名前はきなこ。
ネットにいる間だけでも本当の自分のことは忘れて、きなことしての私を好いてくれる人を大切にしたい。
お題『私の名前』
窓際の席に座る僕の好きな人は、よく窓の外を見つめている。
どんな顔をしているのか、何をそんなに熱心に見ているのか、此方からは分からない。
彼女の視線の先には、一体何があるのだろう。
体育の授業をしている人たち?
校庭に忍び込んだ動物?
もっと遠くの建物とか?
それとも、僕と同じく好きな人を見つけて眺めているのかな。
何にせよ、その対象はきっと彼女にとって大切なものなのだろう。
だって、視線を前に戻した彼女の横顔は、いつもすごく楽しそうだから。
お題『視線の先には』
「外国人」
小さい頃は、名前で呼ばれるよりも、そうやって呼ばれることの方が多かった。
金色のウェーブのかかった髪。
青みがかった瞳。
クラスのみんなは髪も瞳も真っ黒だから、私だけ浮いていた。
まるで、みにくいアヒルの子の逆バージョン。
「あの子は日本人じゃないから」
「お父さんとお母さんも外国人だよ」
みんなから向けられる好奇の目は、なんだか仲間はずれにされているみたいに見えて、居心地が悪かった。
小学校を卒業してからは、直接そういうことは言われなくなったけれど、やっぱり珍しいものを見る目を変わらず向けられた。
中学生は特に"周りと違う"ことに敏感だから、余計に目立っていたと思う。
髪を染めそうかとも思ったけれど、母に止められた。
「お姫様みたいに可愛いんだから」と言うけれど、私がなりたいのはお姫様じゃなくて、大多数みんなと同じであることなのに。
そんな学生時代を過ごしてきた私も、なんとか就職して、しばらくして恋人ができた。
同じ会社の同期の彼は、出会ったその日に「綺麗ですね」なんてナンパじみた言葉をかけてきて、最初こそ警戒していたものの、なんだかんだ気があって打ち解けた。
「こんな見た目だけど、いいの?みんなと違うんだよ」
付き合ってすぐのころ、そんなことを聞いた時があった。
彼は不思議そうに「何がダメなの?」と言った。
「その髪も瞳も、君だけの魅力だから、俺は好き」
そんな彼のまっすぐな言葉に涙が溢れた。
彼は、私だけ違うんじゃなくて、私だけの魅力として捉えてくれる人なんだ。
今もまだ少し、見た目を気にしてしまうことはあるけれど、その度に彼の言葉を思い出す。
みんなと違う、私だけの個性を大切にしてみてもいいかなと思った。
お題『私だけ』