「今、一番欲しいものをなんでも差し上げます」
突然、現れた仮面をつけた男性。
話していくうちに、近頃噂になっている「贈り物屋さん」だと分かった。
「贈り物屋さん」というのは、学校で広まっている噂。
1人で歩いていると何処からともなく現れた仮面姿の男性が、そのとき一番欲しいものを贈り物としてくれる。
そんな、一歩間違えれば通報案件の噂が流行っていた。
まぁ、実際に身近に贈り物をもらった人がいるって話は聞いたことがなかったから、洞話だと思っていたけれど……。
目の前にいるのは、完全に噂の「贈り物屋さん」そのものだった。
「一番欲しいもの、ですか……?」
「はい。命のあるもの、ないもの。目に見えるもの、見えないもの。何でもお申し付けください」
(あ、怪しい……)
欲しいものがないわけではなかったけれど、どうにも目の前の不審者を信用できない。
「ふむ……。どうにも信頼されていない様子ですね」
「当たり前です!知らない人から物をもらっちゃいけないって言われていますし、それに、なんかとても怪しいですから」
「それでは仕方ありません。この件は無かったことにしましょう」
「無かったことに……?」
「はい。貴方様は今日のことを綺麗さっぱり忘れ、私はまた別の方にお声掛けします」
「えっと、その場合、今後私に声が掛かる事は……」
「ありません。お一人様一度のサービスとなっていますので」
(つまり、これを逃したら欲しいものが手に入らなくなるんだ……)
『欲しいものは自分の努力で手に入れたい』
そんな思想の私だけれど、どうしても自力で手に入らない物もある。
「では、失礼しま「ちょ、ちょっと待ってください!」」
「なんでしょう?」
「……本当に、欲しいものを何でもくれるんですね?」
「もちろんでございます」
まだ疑わしかったけれど、本当になんでも手に入るならと欲が出た。
「……去年他界したおばあちゃんに会うこともできますか」
「可能ですよ。ただ、この世に存在しない生命と対面するとなると、少々リスクを伴いますが」
「リスクって……」
「命には命を。貴方自身、もしくは他の人一人分の命と引き換えになります」
「えっ」
流石にそれは飲み込めない。
私にはまだやりたいことがたくさんあるし、他の人の命をなんてもってのほかだ。
「……それはダメです。おばあちゃんには会いたいけど、できないです」
「かしこまりました。他に欲しいものはございませんか?」
「他、ですか……」
コスメ、本、アイドルのグッズ、テストの点数。
欲しいものはたくさんあったけど、どれも自分で手に入れられないこともないから、なんだか勿体無い気がした。
「……あっ!」
「おや、何か思いつきましたか?」
1つ、思いついたものがあった、
「名刺」
「……はい?」
「あなたの名刺をください!」
「なんでまたそんなものを……」
「今は特に欲しいものがないので、またいつか、欲しいものができた時にあなたを召喚しようかなって」
「……名刺があっても召喚はできませんよ」
「それは残念です」
「まぁ、貴方様にはまたお会いする気がしますので」
そう言って、スッと差し出された黒い名刺。
そこには見たことのない文字が書いてあった。
「これじゃ名前わからないじゃないですか!?」
「いずれ分かりますよ。その時が来たら」
「その時って……」
「では、私はそろそろお暇します。忙しいので」
「ちょっと……!」
そう言って闇の中に消えようとする贈り物屋さんに手を伸ばしたけど……。
「……あれ?」
目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
何か夢を見ていた気がするけど、どうにも思い出せない。
「わっ!もうこんな時間!?」
慌てて身支度を始めようとした時、ベッドサイドに置かれた、一枚の黒い名刺が見えた。
お題『今一番欲しいもの』
7/22/2024, 9:35:11 AM