パリン
「わっ!ど、どうしよう!!」
弟と家の中で遊んでいた時のこと。
走って逃げていた弟が、お母さんのお化粧机にぶつかって、その衝撃で手鏡が落下した。
お母さんがいつも大切にしていた手鏡。
パリンという小さな音だった。
でも、聞いた瞬間、背筋が凍るような儚くて苦しい音でもあった。
「おにいちゃん、どうしよう、ぼく……」
弟は今にも泣き出しそうで、俺もどうしたらいいかわからなくて。
パッと時計を見ると、お母さんがもうすぐ帰ってくる時間だと気づいた。
このまま破れた手鏡を隠すか。
それとも正直に謝るか。
どっちにしろお母さんに怒られると思った俺たちは、2人とも泣いていた。
「と、とにかくかたづけなきゃ!!」
そう思って、破れた鏡に触れようとした時だった。
ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音。
間も無くしてお母さんの「ただいま」と言う声が聞こえた。
「おかあさんだ……!!」
慌てて破片を拾おうとすると
「いてっ!」
小さな痛みが指先に走って、少しすると赤い血が流れた。
「どうしたの!?」
と慌てて駆け寄るお母さん。
破れた鏡と俺の手を見た途端、血相を変えたお母さんを見て怒られるんだと思って身構えたけれど……
「大丈夫!?」
「へっ……?」
怒る時と同じくらい大きな声でかけられた、俺たちを心配する言葉。
「このくらいの怪我で済んで良かったけど、これからは割れたものには触っちゃダメ。お母さんが片付けるから」
「お、おこらないの……?」
「鏡はまた買えばいいし、あなたたちが無事ならそれでいいんだよ」
その後はよくわからない気持ちになって弟と2人で大泣きした思い出がある。
あれから数年経った今。
実はあの手鏡は、俺たちが生まれる前に亡くなったおばあちゃんの形見だったと知った。
そんな大切なものを壊してしまったのに、優しくしてくれた母を思い出して、罪悪感でいっぱいになった。
母の優しさが、怒られるよりも、切れた指よりも痛かった。
お題『落下』
以前の私は、将来のことを考えるのが嫌いだった。
自分は大した人間じゃなくて、それに反して世界はすごい人で溢れている。
そう気づいてからは、器用な人と食べな自分をよく比較するようになっていて
「あぁ、あの人たちは立派に大人になって就職して、いい人と結ばれて幸せな人生が待っているんだろうな」
なんて、這いあがろうともせずに嫉妬して。
将来のことどころか、明日のことすら考えたくない毎日だった。
そんな、どうしようもない私のことを好きだというもの好きな人もいて
「あなたが気づいていないだけで、あなたも十分素敵な人ですよ」
そんな、もったいない言葉をかけてくれた。
彼はよく私の良いところを見つけてくれた。
自分じゃ悪いところしか目につかなかったからそれが新鮮で、知らなかった自分をたくさん知った。
そうして少しずつ、彼と過ごす明日が楽しみになっていった。
この先、未来永劫変わらぬ愛を永遠を誓う日。
「これからあなたと歩む未来が楽しみで仕方がない」
涙ぐみながら、心底嬉しそうにそう告げた彼につられて涙が溢れた。
私も、あなたと歩む未来なら怖くないよ。
お題『未来』
1年前のあの日、ちゃんと気持ちを伝えられていたら、今が変わっていたのだろうか。
「今までありがとう!またね!」
1年前、高校の卒業式。
勇気を振り絞って、ずっと好きだった女の子と一緒に写真を撮った。
卒業アルバムの最後のページにメッセージももらって、気持ちも伝えられてないのに浮かれて。
「またね」と言う言葉が、最後の言葉になるって、心のどこかでは分かっていたのに。
もうこれで疎遠になってしまうと分かっていたのに。
結局意気地無しな僕は、最後まで好きだと伝えられなかった。
1年経った今でも忘れられなくて、彼女が上げるインスタのストーリーを見てしまう。
ある日、彼女のストーリーに映る知らない男。
頭を強く殴られたような感覚。
お揃いのネックレスを着けて、彼女は今まで見たことのないような幸せそうな笑顔で。
1年前のあの日、素直に気持ちを伝えられていたら、僕もこの笑顔を隣で見れていたのだろうか。
どれだけ後悔しても戻れないあの日。
お題『1年前』
本を読むのは苦手だった。
長い文章を読んでると眠くなっちゃうし。
漫画ならスマホで読んでるけど、絵がない本は私には難しい。
でも、最近気になる彼は逆みたいで。
教室でも電車でも、いつも分厚い本を読んでいてすごいなーって思ったんだ。
それに、本を読んでる時の表情がすごく真剣で楽しそうで。
私が知らないだけで、そんなに面白いものなのかと。
私も読んで見たら、ワンチャンお近づきになれるかも!?とか考えちゃって。
とりあえず学校の図書館に行ってみることにした。
彼もよく通っている図書館。
(本って色々あるんだなぁ、どれも難しそう。面白くて読みやすい感じの本があればいいんだけどな)
どこに何の本があるかもよく分かってないけど、とりあえず図書館をウロウロしてみた。
(……彼は、どんな本が好きなのかな。やっぱり分厚いやつがいいのかな)
そんなことをぼーっと考えていると
「田山さんも本読まれるんですか?」
「へっ!?」
小さな声で話しかけて来たのは、まさに今考えていた彼。
「あっ、驚かせちゃってすみません。図書館にいるの珍しいなと思って」
「う、ううん!全然平気!!なんか読んでみたくなっちゃったんだ」
いつも目で追うだけだった彼と話している。
静かな図書館だからか、ドキドキと鳴る心臓の音が五月蠅いほど頭に響いた。
「どんな本読むんですか?」
「それが、普段読まないから、何を読んだらいいのか分からなくって……。島崎くんは、いつも何読んでるの?」
「僕ですか?色々読みますけど、最近は近現代の文学なんかにハマってよく読んでます」
「きんげんだい……。何だか難しそう」
その本のことはよく分からないけど、きっと難しい本なのだろうなと思った。
「たしかに難しいのもありますが、読んでみると意外と面白いですよ。それに、漫画で読めるものもあるので、長い本が苦手ならそれもおすすめです」
「本当!?漫画なら私でも読めそう!」
「たしかこの図書館にも置いてあったはずなので、見に行きましょうか」
そうして、島崎くんにオススメされた中から一冊選んで借りることにした。
また明日と別れの挨拶をして、借りたばかりの本を胸に抱いて、ワクワクしながら帰った。
初めて自分から読みたいと思った本。
好きな人が選んでくれた特別な一冊。
島崎くんの言う通り、読んでみると結構面白いもので、その本は私の好きな本第1号になった。
お題『好きな本』
明日はついに運動会当日!
それなのに、空模様はあいまいで、天気予報も雨になったり曇りになったり。
「せっかく練習したのに、延期になるなんて嫌だ!」
と、クラスの全員が口を揃えて言っていた。
みんなの心模様も曖昧みたい。
「みんなでてるてる坊主を作りましょう!」
という、担任の藤崎先生の提案で、帰りの会にみんなで作ったてるてる坊主。
ニコニコしてたり、白目をむいていたり、変顔をしていたり個性いっぱい。
下校時間になっても空模様は変わらず曖昧だったけれど、てるてる坊主を作っている間に、みんなの心模様は晴れになってたね。
「明日、きっと晴れますように」
お題『あいまいな空』