NoName

Open App
2/6/2024, 10:07:02 AM

 君は泣かない。
 きっと泣かない。
 たぶん泣かない。

「君たちの仲間である××健治くんが、夏休み中に不慮の事故で……」
 校長先生が難しい顔で全校集会を開いたときも。

「この度はご愁傷さまでございます」
 母さんの押し殺した声が響く葬儀場で、僕に焼香してくれたときも。

「まだ中学生だったのに……」
 近所のおばさんたちが通学路で僕の噂話をしているときも。

 君は全然泣かなかった。


 だのに、ごめん。僕がうっかりしていたせいだ。

 終業式の朝一番に君の下駄箱に突っ込んだ、夏休みの予定表。
 今日から毎日遊ぶぞ!って。
 じいちゃん家に帰る日以外全部に赤丸してた。
 君は季節外れのインフルエンザで学校に来なかったのに、僕はうっかりそれを忘れて帰った。

 下駄箱の奥に押し込められてたソレに君はとうとう気がついてしまった。
 自分の部屋でぐしゃぐしゃになったソレを開いた君の目が、ぐっとうるむのを僕は見た。それでも、唇の端をワナワナさせて耐えていた君の目から、転がるように一滴涙がこぼれる。
 それに慌てて目を閉じたせいで、今度は両目から涙の筋が伝ってきた。君はその事実によりいっそうショックを受けて、その後ボロボロに泣き出してしまった。

 ごめん。本当にごめん。
 夢の中では泣けないんだって僕の冗談を、君は信じてくれていたのに。

2/4/2024, 3:57:24 PM

「ね、チューしよ」
「なんだ、古いな。もはや懐かしいと言えるんじゃないか、それ。キスを求めているように聞こえるが、実際は『熱中症』をゆっくり言ってるというアレだろ」
「ねぇ」
「そういうくだらないコトを誰が考えるんだろうな。合コンとかで盛り上がるんだろうな。初対面の異性と軽い下ネタでワイワイキャッキャッと。そういう文化圏にいたことがないから、推測だが」
「ねぇってば!」
「なんだ急に大声を出すな」
チュッ
「…………なんだ、急に。そういうことは……ちゃんと、予告をしてからだな。……言った? いつだ? 熱中症? 何の話だ? 話をすり替えるな。まったく」

2/4/2024, 2:27:09 AM

- 何してるの?
 呼びかけに驚いて、私は端末も閉じないまま声の方を振り向いた。いたのは、話したこともない同級生。
- 文字、たくさんだね。
 彼女は無遠慮に私の手元をのぞき込む。
 たしか彼女とは国が違うから、文字は読めないのだ。翻訳をあてられる前に、私は端末を閉じた。
- あ、ごめん。
 彼女は自分したことに気がついたようで、バツが悪そうに一歩離れた。
- みんなVRを見てるのに、あなただけ何かしてたから。
 ちょっと気になって。彼女はもごもごと言い訳を言いつのる。
 教室を見渡すと他の生徒は自分の席でゴーグルを付け、一様に薄ら笑いを浮かべている。はたから見ると少し不気味だ。
 人はたくさんいるのに、話しているのは私達だけで、その妙な連帯感に私は口を滑らせた。
- 小説?
 彼女は初めて聞いたみたいに目をパチパチさせた。
 授業で習ったことだってあったはずなのに。
 彼女は古い記憶を取り戻すために、こめかみのあたりをコツコツ叩いて、視線をさまよわせる。
- 1000年ぐらい前の文学? 文字情報なんだ……。
 出てきた言葉をそのままつぶやくと、彼女は私に向かって微笑んだ。
- 好きなの?
 ばく然とした問いに首を縦に振る。私が反応したことに彼女は瞳を輝かせた。
- 小説ってどんなものなの?
 文字でお話を作るの。
- どんなときが楽しい?
 頭の中でお話を考えてるときかな。
- VRや立体映像にはしないの?

 彼女のその質問に私は少し言葉に詰まる。授業で習ったこともあるし、1000年前には難しかったVRも立体映像も作ろうと思えば今は簡単にできる。
 でも、私は小説を書く。どうして。
 私は悩みながら、少しずつ言葉にした。
「好きな小説があるの。人生の辛いときに出会って、その小説が私を救ってくれたの」
 頬に熱が上ってくる。自分の夢。小さな夢。話すのは、とても恥ずかしい。でも、それに気づかないふりをして、私は続けた。
「私もそういうものを作りたいの」
 彼女は笑わなかった。ただ驚いたように口元に手をあてて、相変わらず輝く瞳で
- 素敵
 とそうこぼした。

2/2/2024, 5:32:21 PM

 なつかしい夢を見た。
 もう会えない人の夢を見た。

 目が覚めた私は天井を見つめて、しばらくぼう然とした。
 夢の中の、胸が優しくしめつけられるような暖かさと、冷たい現実の温度差にしばらく何も考えられなかった。

 もう一度目を閉じて、同じ世界に帰れるならいくらだってそうしたけど、私は布団を抜け出して、冬のフローリングに立つ。

 今からどんなに粘ったところで、同じ夢は見られないだろう。
 私はこの上なくはっきりと、あの人が死んだことを思い出してしまった。
 もう同じ空の下にあの人はいない。同じ空気を吸ってもいない。どこか遠くで頑張ってもくれない。

 あの日笑ってくれた顔も、握ってくれた手だって、もうとっくの昔に骨になった。
 骨壺をひっくり返したって、どれがどこの骨かなんて私に分かりはしないのだ。

 私はベッドから起き上がって、洗面所で顔を洗い、朝ご飯を食べる。それから仕事にいって、ほどほどに働いて、帰って、また、眠る。

 日常を繰り返して、その中で私は少しずつあの人を忘れていく。
 そして、あの人が死んだってうっかり忘れたその夜に、また夢であの人に会いたい。