- 何してるの?
呼びかけに驚いて、私は端末も閉じないまま声の方を振り向いた。いたのは、話したこともない同級生。
- 文字、たくさんだね。
彼女は無遠慮に私の手元をのぞき込む。
たしか彼女とは国が違うから、文字は読めないのだ。翻訳をあてられる前に、私は端末を閉じた。
- あ、ごめん。
彼女は自分したことに気がついたようで、バツが悪そうに一歩離れた。
- みんなVRを見てるのに、あなただけ何かしてたから。
ちょっと気になって。彼女はもごもごと言い訳を言いつのる。
教室を見渡すと他の生徒は自分の席でゴーグルを付け、一様に薄ら笑いを浮かべている。はたから見ると少し不気味だ。
人はたくさんいるのに、話しているのは私達だけで、その妙な連帯感に私は口を滑らせた。
- 小説?
彼女は初めて聞いたみたいに目をパチパチさせた。
授業で習ったことだってあったはずなのに。
彼女は古い記憶を取り戻すために、こめかみのあたりをコツコツ叩いて、視線をさまよわせる。
- 1000年ぐらい前の文学? 文字情報なんだ……。
出てきた言葉をそのままつぶやくと、彼女は私に向かって微笑んだ。
- 好きなの?
ばく然とした問いに首を縦に振る。私が反応したことに彼女は瞳を輝かせた。
- 小説ってどんなものなの?
文字でお話を作るの。
- どんなときが楽しい?
頭の中でお話を考えてるときかな。
- VRや立体映像にはしないの?
彼女のその質問に私は少し言葉に詰まる。授業で習ったこともあるし、1000年前には難しかったVRも立体映像も作ろうと思えば今は簡単にできる。
でも、私は小説を書く。どうして。
私は悩みながら、少しずつ言葉にした。
「好きな小説があるの。人生の辛いときに出会って、その小説が私を救ってくれたの」
頬に熱が上ってくる。自分の夢。小さな夢。話すのは、とても恥ずかしい。でも、それに気づかないふりをして、私は続けた。
「私もそういうものを作りたいの」
彼女は笑わなかった。ただ驚いたように口元に手をあてて、相変わらず輝く瞳で
- 素敵
とそうこぼした。
2/4/2024, 2:27:09 AM