私は今、部屋のすみっこで宿に置いてあった本を読んでいる。
何故角に?いや、特に理由があるわけでは無い。
ただ、部屋の隅は何故かとても落ち着くのだ。
そんなことを頭の片隅で考えながら本を読んでいたら、部屋の扉が開き誰かが入ってきた。
顔を上げて見ると、そこには片目を前髪で隠している少女………ロコさんがいた。
「あ、ロコさん。おかえりなさい」
「ただいま。………あの2人はまだ戻ってきてないの?」
「はい。たぶんまだ宿の庭の池にいるんだと思います。」
「まったく、明日もあるのに………」
「そ、そうですね」
(2人は寝付くのがすごく早いから、意外と大丈夫な気もするけど………)
「ところで、なんで部屋の隅で本読んでるの?」
「え?えーっと………お、落ちていくから……ですかね?」
突然聞かれた私は何故か疑問形で返事をしてしまった。
「なんで疑問形なのよ………」
「す、すみません………」
ロコさんにも呆れられてしまった……
「………まあ、わからなくはないけど」
「え?」
そういうとロコさんは私の隣まで来て座った。
「部屋の隅って、何故か落ちつくのよ。慣れているからかしら」
「慣れ………」
そこまで言われて気がついた。部屋の隅は、私にとっての居場所の様な場所だったのだ。
母が怖くて、私はいつも部屋の片隅で縮こまっていた。
だからこんなにも落ち着くのだろうか?
「………ロコさんも本、読みますか?」
「そう……ね。ちょっととってくるわ」
「はい」
そう言うと露光さんは一階へ本を読んでいたらを取りに出ていった。
(ロコさんも、いつも部屋の隅に逃げてたのかな)
そう思うと、なんだかんだ更にロコさんに親近感が湧いてきた。
(もっと、ちゃんと話してみよう)
そう、人相手に思うことができた。
ー部屋の片隅ー
リース・リリィーナ
昔はとても冷たかった。
お母さんは毎日のようにわたしに罵声を浴びせて来た。
お父さんは顔すら知らない。
学校の皆はわたしが変だっていじめてきた。
結局車にはねられて死んだ。
今はとても暖かい。
お母様もお父様もとても優しくしてくれた。
村にもいい人ばかりで。
そして、頼れる………かは分からないけど、大切な仲間にも出会えた。
ーでも、怖い
この暖かさがなくなるのが。
冷たくなってしまうのが。
わたし
私 はまだ光と闇の狭間で揺れ続けている。
ー光と闇の狭間ー
リース・リリィーナ
落ちていく、深い沼の中へ。
怖いとは思わない。だってそっちのほうが楽だから。
それでもやっぱり、時々人肌が恋しくなることがある。
その度に大切な人ができて、消えて。
その度に堕ちていく、深い沼の中へ。
おちることは怖くない。でも、忘れることは、凄く怖い。
シーマが忘れれば、もうその人のことを想うことも感じることもできなくなってしまう。
それに、その人が生きていたという事実まで消えてしまいそうで………怖い。
もしかしたら、もう忘れてしまっているのでは?そう考える度に泣きそうになってくる。
だから、シーマは落ちる。
独りぼっちの、深い深い場所まで。
………いつかまた繰り返すと分かっていても。
(ああ、抜け出せないなぁ………)
ーこの沼からは。
ー落ちていくー
シーマ・ガーベレル
最初は凄く混乱した。
死んだはずなのに気がつけば知らない場所に、知らない人。そして知らない自分。
たがすぐに自分が生まれ変わったのだと気付いた。
比喩じゃなくて、物理的に。
神様もずいぶんといたずらっ子なようで、おれは“おれ”ではなくなっていた。これも比喩じゃなく、物理的に。
おれはこの世界の知識を得るために城の中にある図書館に籠もり、歴史などの書物を読み漁った。
しかし、そこで気づいてしまった。
本当に自分が普通ではないことを。そして、普通でなければいけないことを。
おれが普通じゃないことがバレればどうなるか分からない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう………
ーおれは、どうすればいいの?
そう問いかけ、すがりつける相手などいるはずもなく、その問いが口から出ることは無かった。
…………………演じなければ。
“おれ”がバレないように。“私”を演じなければ。
大丈夫、きっとできる。
ろくに人と関わって来なかったけど、唯一一人だけ、女性としての人物像が撮れている人がいる。
彼女のようになれるとは微塵も思わない。それでも、演じよう。
見てくれだけでも繕って、“私”をー
ーロコ・ローズを演じよう。
ーどうすればいいの?ー
ロコ・ローズ
?? ??
一人きりの部屋の中、小さい炎が揺れる。
この前買ったばかりの灯りが灯ったキャンドルからは、仄かにラベンダーの香りがしてくる。
香りに満たされる部屋とは反対に、シーマの心はどうしようもない虚無感に満たされる。
どうせシーマには時間がいくらでもあるのだ。無くならないキャンドルの研究でも始めてみようか。
そんなことを考えながら、ただただ揺れる炎を見ていた。
(何だか人ってキャンドルと似てるな)
不意にそう感じた。
火が灯っている間はとっても綺麗で、まるでずっと輝き続けているように思てくる。
しかし、必ず終わりが来て、二度と戻って来る事は無い。
(あーあ……)
独りって、こんなに寂しいんだ。
ーそれからまた数年後、リースと出合い、意味ない研究なんかよりもワクワクな旅が始まることを、シーマはまだ知らない………………
ーキャンドルー
シーマ・ガーベレル