みずくらげ

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7/29/2025, 9:00:03 AM

『虹のはじまりを探して』

また今度書きます

7/26/2025, 11:02:02 AM

『涙の跡』

朝、目が覚めると窓の外は雨だった。
粒が小さくて、風にまじって斜めに落ちている。強い雨ではないのに、妙に寒々しい空気が部屋の中まで染み込んでくる。

彼女はベッドの中でしばらく動けずにいた。
起きる理由が見つからない。行かなくてはいけない場所はあって、返さなくてはいけないメールもある。
けれど、その「しなくてはいけない」という重さだけが頭の中でぐるぐると回って、ついには何もできなくなってしまう。そんな朝が、最近は多い。

ようやく布団から這い出ると、冷えた床が足を刺した。
キッチンに立って昨日の残りのパンを口に運ぶ。パサパサとしていて、とても美味しいとはいえないな。

窓の外では、雨が止む気配を見せない。

出かけなくてはならない。頭ではわかっている。
玄関に立ち、置きっぱなしの傘に手を伸ばす。
それは黒いビニール傘で、特に思い入れのあるものではなかった。スーパーで買った、安いもの。学生時代の通学に使っていたが、しぶとく持ちこたえてくれた。

つい先日までは、今年に入ってから買った晴雨兼用の傘を使っていた。だが不運にも、先日の暴風雨にやられて使い物にならなくなってしまったのだ。
幸いにもこの黒い傘がまだ残っていて助かった。


手に取った瞬間、妙な違和感があった。

持ち手のあたりに、白っぽいしみがある。何かが乾いたような跡。
それが、雨の跡ではないように思えた。いや、きっと水なんだろうけど、どうしてかそれだけではない気がした。

まじまじと見つめる。
しみは、不規則なかたちをしている。何かをこぼしたような、不意に涙が触れたような。
そこに、なにかの「痕跡」がある気がした。

最後にこの傘を使ったのはいつだったか。
ふと蘇ったのは、雨の日に見知らぬ誰かと相合い傘をした記憶だ。駅で立ち往生していた人に、ふと差し出したことがあった。あれはもう、半年も前だろうか。

そんな些細なことが、しみとして残っていた。
そのことを思い出したとたん、胸の奥にほんのわずかな熱のようなものが灯った。

自分は、時々誰かに傘を差し出すような人間だった。
忘れていたけれど、それは事実だった。
そして、ふいに降りてきたこんな些細な記憶が、少なくとも私の駆動力となった。

傘を開く。
黒いビニールの内側で、雨音が柔らかく響いた。

その音を聞いたとき、自分がまだ世界とつながっている気がした。

7/25/2025, 5:39:15 PM

『半袖』

朝、カーテンの隙間から差し込む光がやけにまっすぐで鋭かった。

季節は夏に近づいていたけれど、心の中はまだ春の終わりで止まっている。
自分の輪郭が曖昧で、誰とも言葉を交わしたくなくて、だけど誰かの声が無性に恋しくなる。


鏡の前に立ち、引き出しから白い半袖のシャツを取り出した。
腕を通すと、薄くてやわらかな布が肌に触れる。
その瞬間どこか不思議な違和感が走った。

ずっと覆っていたものが、なくなった感覚。

世界に対して、自分が少しだけ“開いて”しまったような感覚。
肌を出すという行為がこんなにも無防備だったなんて、前は思いもしなかった。

けれど、駅までの道、腕に風がふれたとき、その不安は一瞬やさしく撫でられたように消えていった。

風が自分を知ってくれているような。
陽の光が、自分に「おはよう」と言ってくれているような。
誰にも話しかけられていないのに、世界と少しだけ話をしているような。

電車に揺られながら、ふと目に入った他人の半袖。
隣に座った子どもの、絆創膏の貼られた細い腕。
それらがまるで、誰もが少しずつ世界と接続している証のように思えてくる。

降車駅でドアが開いた瞬間、また風が吹き抜けた。
少し暑くて、でも涼しくて、心の奥のほこりを吹き飛ばしてくれるような風。

半袖の袖口から入ってきたその空気を、体中で受け止めた。

「世界に触れる面積が増える」という感覚は、時に怖くて、でも確かにあたたかい。

7/22/2025, 9:28:05 AM


『星を追いかけて』

また今度書きます

7/20/2025, 12:55:01 PM

『今を生きる』

午前十時。冷えた光がカーテンの隙間から差し込む。
私はその光を背に、キッチンの椅子に座っていた。マグカップの中身はもうとっくに冷めている。口をつける気にもならず、ただ指で縁をなぞっていた。

目の前のシンクには、昨夜の食器がまだ残っている。大した量ではないが、動く気力が湧かない。
テレビの音も、外の車の走る音も、どこか膜の向こう側で鳴っているように思える。
こういう日は珍しくない。それどころか、そんな日々が年を重ねる毎に侵食してきているのだ。

理由のわからない疲れを抱えて生きていた。

それは、明確な出来事に由来するものではなかった。ただ、毎日を通り過ぎる何百もの「なんでもないことたち」が、いつのまにか心の縁に重なって、削れて、風化して、気がついたときには「疲れ」という名前でしか呼べない何かになっていた。

日々は静かに続いているのに、自分だけがそこにうまく置かれていないような、少しだけずれている世界を眺めているような、あの奇妙な浮遊感。

笑えることもあるし、笑っている瞬間もある。
それでも、そのすぐ後に訪れる、言葉のない沈黙がいちばん重かった。

ただとにかく今日は「頑張れない日」だった。

そんなとき、不意に窓辺の方で音がした。

視線を向けると、小さなコップが揺れていた。
昨夜水を飲もうとして途中でやめたままのガラスのコップ。中には少しだけ水が残っていた。引っかかりを感じたその時にはもう、コップは何事もなかったかのようにそこで静止していた。

なぜか、その揺れが妙に印象に残った。ただ、理屈ではない何かが胸をくすぐった。

近づいて見てみると、水面がほんの少しだけ波打っていた。まるで何かがそこに息づいているように見えた。

ガラス越しに差し込む光が、水を透かして机に落ちる。揺らめく影が、小さな波紋を広げていた。それだけのことだった。

「生きているみたいだな」

思わず口にした言葉に、自分で少し驚いた。私はコップを手に取り、流しに運んだ。蛇口をひねって、水を足してみる。

それから、少し冷たいそれを一気に飲み干した。たったそれだけのことなのに、なぜか胸の奥にわずかな呼吸が戻ってくるような気がした。

その日は結局、何か特別なことがあったわけではない。
掃除もしていないし、誰かと連絡を取ったわけでもない。
けれど、夕焼けが差し込むころにはシンクに残された食器を片づけていた。

いつもより綺麗なキッチンは、じんわりと暖かいものを胸に広げた。

ほんの少し、自分の輪郭が確かになった気がした。

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